第3話 十四歳は希望に満ちた年頃、でも俺はもう成人している
「私のかわいい子、やっと会えたわ!」
反射した姿を見つめて、俺が戸惑っていると。
聞き覚えのある女性の声がした。
あれは恵子の声じゃない?
「エプロンが汚れちゃった?
待っててね、かわいい子。
先に新しいのへ着替えるから!」
その優しい声を聞いた瞬間、
エプロン姿でコーヒーを淹れる恵子の姿がふっと浮かんだ。
でも俺はすぐに冷静になる。
もう別の世界にいるのだから、きっと別の女性のはずだ。
それでも俺は、少しだけ都合のいい願いを抱いてしまう。
相手の見た目が、俺の知っている人に似ていてほしいと。
知っている顔を見れば、それだけで不安が少し和らぐからだ。
そこで俺は顔を上げた。
やはり見えたのは、見覚えのある姿だった。
そこにいたのは、小主管の座を俺と争っていた先輩だ。
しかも体にはエプロンしか着けていない。
先輩は満面の笑みで、俺を見つめていた。
「かわいい子、どうしたの?
まだ環境に慣れない?
どうしてそんな敵意のある光を出してるの?」
先輩は慌てて近づいてきて、
俺を毛布で包み込んだ。
視界はすっかりふさがれてしまう。
そのまま俺は、優しい声を聞いていた。
「ちゃんと休んでね。私は桃星、この家の主人よ。
あなたは私の子で、名前は桃晝。しばらく一緒に暮らすの......。」
球みたいな今の俺に涙腺があるのかは分からない。
でも今の俺は、たぶん涙だらけの顔をしていた。
これはきっと悪夢だ。
しかも、一刻も早く目が覚めてほしいタイプのやつだった。
再び俺のタオルが外されると、
目の前には見知らぬ女性が立っていた。
「環境への順応が早いのね、桃晝。
さっきのは間違った見本だったのよ。
幻化するときは、知性ある種族なら
声と姿を一致させないといけないの。
たとえば私みたいに、
この優しい声にはこの見た目を合わせるのよ!」
俺は目の前の「人」を見つめた。
声も着けているエプロンも、さっきの先輩と同じだ。
なのに今の彼女には、何の違和感もない。
三十代くらいの女性にしか見えなかった。
「理解が早くて本当に助かるわ。
さっきのぴかぴかした光は、分かったって意味でしょう?」
桃星は嬉しそうな顔を見せると、
俺をそっと胸の中へ抱き上げた。
「じゃあ次の段階へ進みましょう。
少し予定より早いけど、あなたは私の子だもの。
その賢さも才能も、
完璧に私を受け継いでいるわ。ふふっ。
だからあなたに一つ、『身分』をあげる。」
そう言うと桃星は俺を一度見て、
またタオルで包み直した。
「そんなにすぐ敵意を出さないで。
敏感な子ね!
『身分』があれば、あなたは形を持てる。
話せるし、いろんな感覚も得られるわ。
私が何を言っているのかは、
体験すれば分かるはずよ。」
彼女は少しだけタオルを開いた。
俺はまた、あの優しい笑顔を見た。
「目覚めて数時間で理解できるなんて、
本当に才能があるわ。
ティフスネ女神の夢は、やっぱり本当だったのね。
そうだわ。
このことは村の他の人に話さないでね。
この村は、夢魅族の英雄カイオスだを信仰しているから。
約束よ......。」
桃星が優しく俺の外側に触れる。
すると温かい流れが、俺の体の中へ入ってきた。
「そうでないと、あなたの核を壊すしかなくなるわ。
さっきのは私の魔力よ。
あなたが隠れても、私はすぐ見つけられる。
だから約束しましょうね!」
桃星は俺をまた布で包み直した。
俺はこれから、自分の核を壊す方法でも考えるべきなのか?
突然、俺の全身に異変が起きた。
もともと軽く漂うだけだった体に、
重い鎧を無理やり着せられたような感覚が走る。
「あなたの『身分』は、近くの墓地から取ってきたの。
ちょうど身寄りのない年老いた魔道具技師が死んでいてね。
埋葬の日を知っていたから、
魔力が消えきる前に取り出して封じておいたのよ!」
ようやく俺は、全身が毛布に包まれている感覚を覚えた。
それに、茶の香りまで少し漂ってくる気がする。
「記憶を流し込まれるような感覚があるかもしれないわ。
それは、その技師の記憶よ。
うまく使えば、あなたも集団に馴染めるわ。
見た目は精神年齢に合わせて幻化するから、
心が成長すれば姿もそれに合わせて変わっていくの。
あなたは賢いもの。
一年もしないうちに話して歩けるようになるんじゃないかしら?
私でも二年かかったのよ。
だから、あなたにはとても期待しているわ」
まずい。
俺の記憶は消えていない。
精神年齢で幻化するなら、
俺はいきなり大人の姿になってしまうんじゃないか?
さっきの桃星は、あれほど危うい気配を放っていた。
俺が成人の姿に幻化したら、異常だと判断されるかもしれない。
でも、核を壊されたら終わりだ。
俺はやり直しになるのか?
緊張しすぎたせいで、
喉の奥に唾を飲み込む感覚まではっきり伝わってきた。
「桃晝、まさかあなた……。」
気づけば俺は、もう立っていた。
視線の先には床がある。
木目には少し距離があるのに、
不思議なくらいはっきり見えた。
桃星の驚いた声からして、
きっと信じられないものを見ているんだろう。
自分の子が、たった一時間で
大人に幻化したと思ったはずだ。
俺は少し怖くなった。
核を壊されるのって、痛いんだろうか。
「あなた、そんなにすごいの!」
「え?母さん?」
まさか桃星がここまで
あっさり受け入れるとは思わなかった。
俺が顔を上げると、
そこには誇らしそうな笑顔があった。
どうやら今のところ、
俺は安全らしい。
「桃晝、あなた、少年の姿になれるのね。
見たところ十四歳くらいかしら!
本当に才能が高いわ!」
桃星はそう言って、
俺の頭を優しく撫でた。
俺はやかんの金属の反射に映った自分を見た。
そこには金色の長髪をした少年がいた。
顔立ちも、どう見ても十四歳くらいだ。
え?
どうして十四歳なんだ?
俺はもうすぐ三十歳の誕生日を迎えるはずだった。
しかも成功者になる予定だったのに。
じゃあ今の俺の精神年齢って……え?




