17時50分②
貝原サトシ ののかのお父さんの知り合いの子。中学に入ってからはチンピラみたいだった。
宿木鈴之助 ののかのお父さんの知り合いの子。髪は黒いがピアスは開けている。サトシとつるんでいる。
玉木麻世 たまよちゃん。三つ編みで眼鏡の地味なクラスメイト。
つむぐが保健室の扉を引いた。
「あ、おかえりー。」
船河君がのんきに手をゆらゆら振っていた。おもむろにカーテンを引き、まひる君を招き入れていた。担いでいた貝原を、ベッドの上に下ろし寝かせた。目をつむったままの貝原は、不自然なほどの金髪がスポーツ刈りに似合っていない。
「あらまあ、えっと、この方確か貝原君では?」
もう6月も終わりに差し掛かっているが、この女の認識はその程度のようだ。同じクラスだよ。まあ口に出してはやらないが。
「んんー?貝原とあいつら、一緒じゃなかったの?」
船河君が言うあいつら、というのはきっと、割りあいよくからんでいる、七門君と宿木鈴之助の事だろう。
貝原サトシ、それから宿木鈴之助は、こちらも私とは小さい頃からの知り合いだ。というかお父さん同士が知り合いで、仕事をしているらしい。小さい頃には二人が家に来たり、お父さんと一緒に二人の家に行ったりしていた。父親同士が仕事の話をしている時に、私たちはよく遊んだものだ。小学校が違ったのも、すんなり仲良くなれた由縁だろう。同じ中学校になってからはなんだか気まずくて疎遠になってしまったが、二人は相変わらず仲が良く、一緒に居るところを見た。しかしその時あたりから貝原の服装は乱れ、ピアスなんかも開けるようになった。髪だって染めていた。何があったかは知らないが、チンピラのようで余計に声がかけづらい。宿木の方は髪こそ染めていないが、地味にピアスはしているし、ブレザーの下に校則違反のパーカーを着ていた。
もっとも、その二人を凌駕して、七門君がド派手なのだが…。
「七門がいないな。」
さえぎが眉間にしわを寄せていた。
「大方、二階の家庭科室だろう。たまよと帰る、とか言っていた気がする。」
「ああ、そうか、玉木と一緒か。」
玉木麻世ちゃんは、これまた同じクラスの女の子で、引っ込み思案で控えめの、三つ編み眼鏡っ娘だ。なぜかは知らないが、赤毛、オールバックで長身の、一見不良の七門君と仲が良かった。からまれていたところを助けたとかなんとか聞いた気がする。下校は一緒に帰っているらしい。二人は付き合っているともっぱらの噂だ。たまよ、というのも七門君が彼女につけたあだ名だった。
「ありさちゃんこっちに来て、お怪我ありませんの?大丈夫でしたの?」
あの女はありさを自分が座っていた長椅子に座らせて顔を覗き込んでいる。
「大丈夫よエレちゃん。ただなんか、ちょっと体が重いような…?」
「ああそれ分る。俺も座っていいかなー?」
ありさの隣につむぐがどさりと座り込んだ。うんちょっとだるそうだ。
「大丈夫か?」
さえぎは眼鏡を押し上げて腕を組み直した。今なら聞けるかも…。
「ああ、あの、そういえば、船河君、船河君は時間までここから出られないって言っていたよね?あの、それってなんでかなーって、思ったり、して。」
船河君がこっちを見た。ああそう言えば、と長椅子の端に置いてあった、二つ折りの紙を手に取った。
「これこれ、廊下に落ちていたんだよ。まひるに見せる前に行っちゃたから帰ってからでいいやって。」
そこには『時間まで出られない』と書いてある紙だった。あまりに簡素な紙を受け取ったまひる君はさえぎに見せながら何の役にも立たんな。と呟いた。
「でも、まひるたちがどっか行ってから、動いてなかった時計が5分進んだよ。適当に学校内を歩いていたら時間が進むのかな?君たちは何をしていたの?」
船河君がのんびりと首をかしげると、まひる君は面倒くさそうに話しだした。
「はた迷惑な黒いうねうねをたたきつぶしたら、貝原が出てきた。」
「ふうん?」
首をかしげた船河君は、そっか、と元気良く返した。説明がおおざっぱ過ぎではないだろうか?
「とりあえず七門と合流が先ではないか?ちょっと行って来る。」
そう言ってまひる君は扉に手をかけた。俺も行く、とさえぎも出て行こうとする。ちょっと待って、私も行く!ここで離れてはいけない。そんな気がする。
「私も行く。」
そう言って、強引について行った。
まひる君とさえぎは、廊下で顔を見合わせ、頷いた。
二階へ行く階段を、黙々とのぼる二人の後ろについて行く。もともと物静かな性格の二人に加え、私だっておしゃべりじゃない。
私にとっては長い沈黙だった。
「さえぎ、さっき結界の中のようだ、と言っていたが、具体的にはどんな結界だ?」
まひる君が二階の階段の一番上に着いた時にぽつりと言った。
「ここの中が結界の内側、だろうと。外から結界を張ったんだと思う。かなり難しいだろう。」
さえぎが廊下を右に曲がった。ここから2年生のクラスがあり、その先に家庭科室があった。
廊下の真ん中に白いウサギが待っていた。
「あ、あのウサギ…。」
「白い・・・使い、だな。」
ウサギはさえぎの足に駆けよりすり寄って見上げていた。
「そう言えばまひる、さっきは、その、ありがとう。あれを射てくれて…。」
さえぎは下を向いて小さく言った。照れている。意地っ張りなのに珍しい。まひる君は無言でさえぎの両頬を包み込んでほっぺを引っ張った。
「別に良いぞ。大した事してないからな。」
「大したことだ!というかやめろ!」
まひる君の手を掴んで離した。なんというか彼のスキンシップは独特らしい。
「なんか、仲良いんだね、二人とも。」
あまり知らなかったかもしれない。彼らが来て、さえぎが表情豊かになったのは、事実だった。ああそうか、お父さんが亡くなってからきっとずっとこうだったんだ。小さい頃の事だったから、さえぎがこんなに楽しそうにする子だと、忘れてしまっていたのだ。
なんだか胸が苦しくなった。しかし心臓は一定のリズムを刻んでいる。
「息子みたいなものだ。」
同い年なんだが。胸を張って答えたまひる君はやっぱり人と感覚がずれている。
「あ、そうなの…。」
なんだよ息子って、と愚痴愚痴言っているが、いやではないらしい。拒否しなかった。
白いウサギの後について行くと家庭科室についた。
扉を開けて一歩中に入った時にまた浮遊感を感じた。
今度は何だろう。
「お空から、人が?」
「そうだよ。屋根からふわーって下りて来た。」
必死に話す彼は、ずいぶんと幼い。声も今より高く身長は私の半分ほど。しかしすぐに、あの後ろ姿はさえぎだってわかった。
神事のために伸ばしている髪も、いつも神社の手伝いをがんばっていることも、私はちゃんと知っているのだ。
「あの位の高さだった。」
さえぎは目の前の小さな女の子に、指で公園から見える2階建ての建物を示し説明している。
あの女の子、あれは、私だ。
「でもさえぎ、人があのくらいの高さからおりたら、しんじゃうよ。」
「でも、見たもん。」
さえぎはがんばり屋だ。そしてたまにこういうことを言った。何もないところを見つめていたり、誰もいないところに向って、返事をしたり。
この時だって、朝から祝詞の練習をずっとさせられていた。さえぎのお父さんは、そういうことは厳しい人だったから。覚えられなくて落ち込んでいるさえぎを、私は何度も見ていた。でも、いつも朝早く起きて、神社の仕事を一生懸命していたのだ。
そんな時にさえぎのお父さんは亡くなった。
町では知らない人がいない宮司の死に、近所の人は大騒ぎになったものだ。大勢の人が神社に詰めかけていた。お姉ちゃんのあおいちゃんも、お母さんも、さえぎに構えないくらい忙しくなってしまった。
タイミングが悪かったと思う。
さえぎのお父さんは最後まで、間の悪い人だった。
精神的に追い詰められて、変な事を言うこともしばしばあり、髪型もあって、小学校でも浮いていた。だからなるべく一緒に居ようと思っていた。学校に行けないのが悔しくてたまらなかった。いつも一緒に居たありさとつむぐが羨ましくて仕方なかった。
小さなさえぎは本当に見たもん、と呟いて、俯いてしまった。
「えっと、どんな人だったの?」
ああ、そうかこの時の記憶か。
さえぎは顔をあげた。少し頬に朱がさして、久しぶりに見た笑顔だった。幸せそうな顔だった。
「すごく、きれいな人だった。」
この顔を私は生涯忘れない。
この綺麗な顔を、絶対に忘れられない。
私には分かった。きっとさえぎはその人の事がすき、なのだ。
そう直感した。
聞かなければよかった。
今までさえぎの不思議な話は、嫌いではなかったけど、その時から嫌いな話になった。
大嫌いな話になった。
さえぎはこの事を覚えているのだろうか。何となく聞きたくない。きっと覚えているに違いない。だって好きな人の事だもの。
忘れてしまえばいいのに。




