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悪魔に身をやつしても


次の日。


いつものように学校へ向かった。本当にいつも通りだった。

昼休みに机を囲んでお弁当を食べた。ありさは相変わらずまひる君の話ばっかり。つむぐはそのまひる君の席でお弁当と雑誌を広げて何やら話していた。隣の席の七門君と玉木さんがそれに混ざって話をしていて、その奥には船河君とあの女だ。ありさは少し、あちらが羨ましそうだ。

「いいよありさ、まひる君とこに行ってきたら?」

「え、何言ってんの、ののか、別にそんな、いいし、別に!」

さっきからチラチラまひる君を見ている。今日はいやに積極的だった。

「ありさ、まひる君と何かあったの?」

「え?!無いよ、無い、ただ、その、えっと、昨日、一緒に帰っただけ…しかもつむぐも一緒だったし!」

しかし顔は正直だ。緩んでいる。何にもなくとも、一緒に居られるだけでよいのだろう。私もまひる君の方を見てみる。おにぎりを口一杯にほおばって、しれっとつむぐのタコさんウインナーをかっさらって行く彼は、お世辞にもかっこいいとは思えない。しかしありさにはかっこよく映っているのだろう。世の中分らないものだ。ありさの方がよっぽどかっこいいに。


私はお弁当を食べることに集中することにした。すると廊下の男子の声を拾った。

「なあ、今日って、貝原休みなのかよ?」

「ああ、そうだぜ。ちなみに宿木も。」

「やった、あの二人いないの、まじか~今日はじゃあ、カツアゲまがいの事されないのが、一番平穏。」

「七門がいないとあの二人やりたい放題だからなー。」

カラカラを笑う隣のクラスの男子たち。最後の一言は少しトーンを落としてぼそぼそと言っていた。


「ねえ、聞いた?昨日の夜、学校に忍び込んだ生徒がいるらしいよ。21時くらいに用務員さんが屋上で発見したんだって。」

「えーちょっと夜って、何してんのよ。肝試し?」

「寝てたらしいよ。」

「まだ6月でしょー寒いでしょ。と思ったら今日から7月だったね。」


小さな噂話。何気なくまた、ありさが熱心に見ている方を見る。つむぐがまひる君のから揚げをひったくった所だ。

「そういやあ、サトシも鈴之助も返信がねーんだけど。」

七門君がスマホをぱたんと机に置いた。その手で髪をかき上げる。そんな仕草にも負けずアホ毛が頑固にもぴょこっと元に戻った。

「おやまあ、そうですの。」

「帰りに寄るか。」

さえぎがお茶を飲みながら一言言った。

「さえぎは夏祭りの準備がありますの。行けませんわ。わたくしが船河と行って参りますわ。お二人のお家。」

さえぎは渋い顔をした。

「どんな具合か見てきますわ。行きましょうよ、ねえ、いいでしょう船河。」

「ええ、行きましょう。」

私は見てしまった。

あの女が目を細め、昨日のウサギと同じ顔で笑ったのを。

あの女が、あの女が昨日の事を寸分たがわず覚えていると、直感した。

背中に嫌な汗が伝う。突然、手が、昨日のように、虫の腕になる感覚が戻ってきた。鮮明に思い出した。昨日のあれは夢、そう、夢。現実にはありえない現象だ。

放課後になったらあの女より先に、二人の様子を確認しよう。一応メールも入れておく。




授業が終わり、一番に宿木の家に行く。本当はサトシの方が近いのだが、あの女はきっと、近いそっちからいくだろう。だったら、貝原の事も知っているかもしれない鈴之助の方に行くべきだと思った。

しかしだ、そんな小手先の考えは読まれていたらしい。宿木家の前で船河君が片手をあげてヤッホーと言っていた。こちらをチラとせずにあの女は歩き出した。

「…、どうして。」

「まひるが直接宿木の方に行けばって言っていたから来たんだ~。こっちの方がきっと重症だろうしね。」

「きっと…?」

船河君がニコッと笑った。答えてくれる気はないらしい。

あの女は誰しもが二の足を踏む、重厚な門のインターフォンを躊躇なく押した。

『どちら様です?』

低い男の人の声が聞こえた。

「わたくし、宿木君の、ああ、鈴之助くんの同じクラスのものですの。どんな容体か見に来ましたのよ。わたくし、病気に詳しいですの。」

『若の、クラスの、お名前お聞きしても?』

「エレちゃんですの!」

なんだそのお馬鹿な自己紹介は。

「船河です。それから―――」

船河君は私の背を押し、インターフォンに映る位置に私を連れてきた。

「お久しぶりです、ののかです。」

「―――、ののか嬢…。組長に話を通します。少々お待ちくだせぇ。」

それからしばらくして、門が開いた。


「ののか嬢ちゃん…。」

「貝原のおじさん…。」

いつもは威勢のいいおじさんが今日は眉を下げ、少し汗をかいていた。何年振りかなぁ、と少し嬉しそうにしてくれているおじさんに、なんだか寂しさがこみあげてくる。

いつもの客間に通されて、少し緊張しながら庭を眺める。二人は大きな庭ね、と縁側に堂々と座り、何やら話している。隣のふすまが開き、和装の女性がお茶とお菓子を持ってきた。しばらくして貝原のおじさんと宿木のおじさんがやって来た。

「ののか嬢ちゃん、」

「宿木のおじさん、鈴之助くんはどうしたの?サトシは?」

「その前に、一つ聞きたいんだが、鈴之助の容体、と言ったな、そこの嬢ちゃん。どこで知った?」

宿木のおじさんはキリリとした目じりをさらに吊り上げて、庭を見ていた女を睨み付けた。髪をふわりと靡かせ、にっこり笑った女に、眉間のしわをさらに深くした。

「昨日、学校の屋上で倒れたのでしょう?誰があなたにご連絡したかご存知?」

「…教師だったと記憶している。」

「和田先生ですわ。」

私はなんとなく理解した。この女が和田先生に指示を出したんだ。立ち上がり、おじさんたちに対峙する。

「わたくし、彼の容体さえ確認できればそれでよいですの。すぐ帰りますの。今日なぜ来かたと言えば、気にしている人がいたからですわ。」

「…直せるのかぃ?」

「見なければ何とも言えませんし、というかこんな小娘に頼むのは筋違いではなくて?」

宿木のおじさんがう、と詰まった。

「あなたご自慢の息のかかった病院にでも連れて行けばよいでしょう?わたくしは診るだけ。それしか出来ませんの。そこがわたくしの“譲歩”ですの。」

「ほう、何をするかもわからねえって輩に、頼らなければならなきゃならねぇってほどみじめな事はねえぜ。」

「あらその程度があなたの惨め?でしたらもっともっと惨めにしてあげてもよろしくてよ。息子の命なんてその程度よね。」


ああ、これはまずい。貝原のおじさんが木刀抜き放ち、女の頭に向って振り下ろす。しかし船河君が素早く割り込み鞄で受け流した。そのまま流れる動きで、軸足を右足にひっかけ、体格のいい貝原のおじさんを畳に投げ飛ばした。一瞬の出来事で、眼で追うだけで精いっぱいだった。彼の静かな青い瞳が印象的だ。

「お嬢様はこう見えて、今怒っているんです。どう見ても病院じゃ手当てできないと、わかっているのに苦しむ息子を放置しているあなたたちに。悪魔に身を窶しても、神仏には頼れない。皮肉ですね。悪魔に頼るのは簡単ですから。簡単に頼って、悪魔の手先となる。そういう人を始末するのも我々の役目ですが、お嬢様にあたるのは筋違いです。」

いつも明るい彼が、見せた激情はなんだか冷たすぎて火傷をしそうだ。

「興が覚めましたわフブル。帰ります。」

「はい。お嬢様。」

「あなたたちは、来ても助けません。いいこと?わたくしは譲歩しましてよ。」

オレンジ色の眼光だけを残して、二人は帰って行った。


「ののか嬢、あいつら何なんだ?」

「はあ、私ね、あの女子生徒嫌いなの。だからノーコメントで良い?やっぱり家に入れるんじゃなかった。船河君はああ見えて明るくて無害な子よ。」

「俺は投げ飛ばされたんだけど。」

「うん、まさか船河君もあんなに喧嘩ができるとは思わなかった。」

「なんなんじゃいあいつら。コケにしおって。連れてきたくてもお手上げだっての。」

「そう、鈴之助君とサトシ君の容体はどうなの?」

「ああ、ののか嬢ちゃん、来てくれ。」




すっとふすまを開け、二人のいる部屋に案内された。

「…ののか。」

サトシがつぶやき、鈴之助が目を開けた。二人とも座敷に敷いた布団の中に居るのだが、ぐったりと動けず、鈴之助は右腕が黒く変色していた。

「体どう?」

「俺は良い。起き上がれるくらいになってきた。」

サトシは鈴之助の方を見る。あの黒い腕は、まるで昨日の夢で見た、黒いサナギの様ではないか。先ほど二人が言った言葉が脳裏によぎる。

―――病院ではどうしようもない。

―――わたくしは診るだけ…。

サトシは、黒いサナギからまひる君が弓で助けた。鈴之助はさえぎが榊で助けた。

まさかあの女、助ける方法知っていて帰った?診なければ直しようがない…。

鋭い痛みが背中に走った。思わずその場に座り込む。背中が痛い。おじさんたちの声がする。サトシの声がする。弱弱しい、鈴之助の声がする。

ごめん。

何となく、そう思う。

サトシと鈴之助を、巻き込んでしまった。

私は意識を手放した。


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