第45話 この肉は何の肉なのだろうか
「ふむ……思ったより荒れてない」
「管理者がいるのかもしれませんね」
目的地の外観を眺める私の感想に、ミナも同意してきた。
高い壁に囲まれた敷地には、広い庭と大小二つの建物が見える。
砦のような大きい方はホテル、木造の小さい方は従業員寮らしい。
この場所のウリは、ホテルの地下にあった賭博場だ。
初代オーナーだったルンゲ伯爵は、かなり荒稼ぎしたようだが――
「元の持ち主だったルンゲ伯パウルが急死、その子フランツが爵位と共にこの地を継いだものの、色々あって手放した曰く付きの物件……か」
「運営を任せていた部下に、だいぶ資金を横領されたそうですね」
「ああ。果ては、従業員が結託して宿泊客の貴族をまとめて誘拐だ。その賠償やら何やらでフランツは破産、ここは何人かに権利が移動した後にエンラント大公家の所有となり、現在は私の名義だ」
ミナと話していると、レオンが微妙な表情で首を傾げている。
「どうした、何か言いたげだな」
「ココの管理人、大公家が雇ってるにしちゃ、だいぶガラ悪いんでね」
「そいつと面識があるのか」
「ていうか、一方的に知ってるだけ。フロリアンとかいう、つるっぱげでヒゲもじゃのオッサンだ。何年か前から出入りしてる」
管理人の存在については聞いてないが、治安の良くない地区でもあるし、無人にしておく危険性はわからなくもない。
それにしては、庭の手入れがあまりされていないのが気になる。
建物に続く道は維持されているが、それ以外は各種雑草が伸び放題だ。
大公は、この土地の存在すら認識していなかったようだし、家宰が適当に処理していたのだろうか。
「書類によれば、この隣にある空地も、私の所有となっているのだが」
「……空地が見当たりませんね」
「あー、ここらはだいぶ前から、こんなんだ」
それなりの広さがある土地に、多数の露店や屋台が集まっていた。
最初からここにありましたが何か、みたいな自然さで賑わっている。
どう対処するのかは、中々に頭の痛い問題になるかもしれない。
「とりあえずは周辺を視察して、それから内部の確認だ」
「そうですね。壁に穴など開いてないかも、見ておきましょう」
「引き続き、案内は任せてくれ。何なら、美味いモン出す店も紹介するけど」
「では、それも楽しみにしておこう」
私が答えると、レオンは困り顔で曖昧に笑う。
言ってはみたものの、提供して大丈夫か心配になっているのだろう。
そんなレオンに硬貨を一枚、親指で弾いて渡す。
「っと――おい、金貨かよ!? 釣りが足んねぇって、露店の」
「釣りはお前が取っておけ。聖女と善導隊の情報料だ」
「オレの話にそこまでの価値あるか、自信ないぜ?」
「その場合、私が欲しがりそうな別の情報を追加するがよい」
コチラと手元の金貨に視線を何往復かさせ、レオンは小さく溜息を吐く。
そして金貨を懐に入れると、露店の方に歩きながら語り始めた。
「まず、善導隊だけど……団長や副長が言うには、素人集団じゃないって」
「メンバーが何らかの訓練を受けているとか、そういう話か」
「そうそう。元軍人とか元憲兵とか、でなければ――」
「現役の連中が、反社会的組織に偽装している、ですか」
ミナの述べる推測に対し、レオンがパキッと指を鳴らして言う。
「それ! 傭兵隊の可能性もある、とか何とか。とにかく、個人の能力が高いし、仲間内の連携も取れて、行動も撤収も素早い……ま、オレらには及ばないけどな」
「総勢で何人ぐらいの集団だ」
「どうだろ……あいつら、揃いの隊服に帽子に覆面ってカッコで、誰が誰だかわかんねぇんだ。大雑把に数えて二十から三十人、ってとこかな」
その程度の人数で存在感を発揮できているのは、レオンの言う通り集団としての質が高いからだろう。
こいつらも、東牧会と同様に敵に回すと厄介そうだ。
「隊のリーダーは?」
「ああ、ヴァンサン・ガルニエってのが頭だ。こいつは覆面してないんで、見ればわかる。三十前くらいの黒髪の男で、妙な棒術を使う」
「棒術、ね……槍のように使うのか」
「じゃなくて、途中で折れて二つに分かれてるような……それが鎖で繋いであって、そいつをこう、ブン回して殴る」
「ああ、連接棍かその変種ですね」
ジャスチャーを入れながらのレオンの説明に、ミナが見当をつけた。
戦闘術の師匠であるマリノフスキ先生に、使い方を教わった記憶がある。
ただ、戦場で実際に使われているのは、前世でも目にした記憶がない。
「で、そいつらは東縁地区で何をしとるのだ」
「それはまぁ、東牧会の仕事を横取りするような、そんなん」
「具体的には?」
「あー……トラブルの仲裁、不審者の尋問、借金の回収、悪質業者の摘発、犯罪者の拘束、賭博場の警備、その他もろもろ」
「随分と手広いな。いきなり現れて、そこまで派手に活動すれば反発……というか、復讐されるのではないか」
私の疑問に、レオンがまたパキッと指を鳴らして応じる。
「最初はね、結構モメてたんだよ、実際。でも、いつの間にか善導隊がココにいるってことに、誰も文句言わなくなってんだよ。黙って従うとか、そんなんじゃないけど」
「それに加え、東牧会も手出しをしない、というのは……いますね」
「いるな、後ろ盾に大物が」
ミナも自然と、私と同じ結論に辿り着いていたようだ。
貴族か商会か、誰が何の目的でやっているにせよ、油断はできない。
どこまで食い込んでいるのか、と思いつつ食器を並べている露店を覗く。
ただ古いだけのガラクタに混ざって、骨董と呼べそうなものを見つけた。
ウィンデンが王国だった時代の品であろう、銀製のコップが二つ。
手入れされず黒ずんでいるので、価値が無いと判断されたと思われる。
「おっ、イイ目の付け所だ、嬢ちゃん! そいつはゼーンの有名な工房で作られた、百年ほど前の酒器だ。ちょいとくたびれてるが、磨けば光るハズだぜ! 買ってきな!」
「ほう……いくらで売る」
デタラメを並べて売り込んできた初老の店主は、私の身形から「金がある」と踏んだようで、悩んだフリをした後で値段を告げてくる。
「大サービスで、銀貨一枚! セットで買うなら何と銀貨三枚だ!」
「どういうシステムで五割増しになるのだ」
「いやぁ、そのまま払ってくれたら儲けモンってことでよ!」
「よかろう、乗ってやる」
笑いながら三枚渡すと、店主は受け取ったものか迷う表情を見せた。
セットで銀貨一枚でも高すぎる、と思いつつの軽口だったのだろう。
実際は一つが銀貨五枚でも安すぎるのだが、そこまで教えてやる義理もない。
「ま、まいどありっ!」
結局、店主は値引きを申し出ることなく、商品をボロ布に包んで渡してきた。
いい買い物をしたな、と思いつつ店を離れると、レオンが小声で告げてくる。
「おいおい……そんなガラクタ、銅貨二枚がいいとこだ。そもそも、ココじゃ銀貨が要るようなモン扱ってねぇっての。いくら何でも、世間知らずが過ぎるぞ」
「物の価値など、あってないようなもの。私が銀貨三枚に値すると思えば、それは間違いなく銀貨三枚のコップなのだ」
「はぁー……貴族の理屈ってのは、よくわかんねぇわ……」
「そんなことより、聖女についての話を頼む」
「お、おう。じゃあ、軽く食いながらにしよう。そこで待っててくれ」
ベンチを指差したレオンは、軽食を売っている屋台へと走る。
そしてすぐに、魚や肉の串焼きを何本か手にして戻ってきた。
魚はよく見かける川魚のようだが、この肉は何の肉なのだろうか。
若干の不安を感じて魚を選べば、ミナも魚を選んで私より先に齧りつく。
前のめりな食いしん坊なのではなく、毒見役としての行動だ。
「これは……不思議な味ですね」
ミナの反応からして問題なさそうなので、私も口にしてみた。
なるほど、地元民がわざわざ勧めてくるだけあって美味だ。
元は淡泊な白身魚なのに、スパイスの効いた辛めのソースによって、複雑な味わいを生み出している。
レオンは同じソースを使った謎肉を頬張り、一串を食べ切って語り始めた。
「棄民街の聖女なんだが……名前はイルマっていうらしい。見た目は二十歳くらい、背は高めで修道女みたいな服装をしてる。あんたらには負けるが、中々の美人だ。常に三、四人の取り巻きと行動を共にしていて、これがバカみてぇに強い」
「斬り合いでもしたか?」
「いや……揉め事になった時、あっという間に相手を失神させるのを何度か見た。こいつらもまぁ、素人じゃない。元兵士どころか、元騎士かも知れねぇ」
「聖女と呼ばれる理由は、どうだ」
二本目の肉串を手にしながら、レオンが答える。
「そいつはアレだ、何つっても施しだな。貧乏人に食料を配り、ワインを配り、小銭を配る。週に何度か、孤児や浮浪者に炊き出しもする。それと、病人を奇跡で治したって噂もあったが、こいつはデマ……というか高い薬をタダで使ったらしい」
「何なのだ、それは。どこぞの富豪の道楽なのか?」
「さぁね……ウチらも探ったけど、得体が知れないまんま」
二串目を平らげて、「お手上げだ」みたいなポーズを取るレオン。
そこで魚を骨だけに変えたミナが、ハンカチで口を拭ってから問う。
「善導隊と聖女の対立は、どのように」
「さっき言ったように、善導隊は東縁で好き勝手やってて、それを誰も止めない状態なんだけど、聖女だけは正面切って立ち塞がる。で、借金のカタに女が連れてかれるのを止めたり、盗みをして殴られてる子供を助けたり」
「わかりやすい聖女ぶりだな」
「だから、住民に支持されてる。オレらも、敵の敵ってことで静観中」
まるで、聖女が活躍するための脚本が用意されているかのようだ。
敵対するか協力するか、どちらにせよ正体を把握しておかねばなるまい。




