第46話 やはりこいつら、ややこしい裏事情を抱えているな
軽い食事を済ませ、露店と屋台が雑然と並ぶマーケットを離れる。
再びレオンに先頭を任せて、元ホテルを囲む高い壁をぐるりと一周。
分厚い壁には歩哨が移動するための通路や、監視塔が設えられていた。
主な客は上流階級の連中であるし、建物内に賭博場も存在している。
犯罪者の侵入を警戒して、往時は軍事施設並の警備だったのだろう。
「通用門が無いようだな」
「防犯面を考えますと、出入口は少ない方が宜しいかと」
私の呟きに、ミナが正論で応じてくる。
歓楽街の宿であるし、娼婦などを部屋に呼ぶケースも多かったはず。
そうした者たちは裏口を通らせるのが慣例、と聞いていたが。
もしかすると、ホテル側で専属の女たちを雇っていたのだろうか。
「この辺りは、壁沿いが仮設小屋だらけだ」
「一面だけでも頑丈な壁があれば、小屋も作りやすいでしょうね」
「ここらに住んでんのは大体、親のいねぇガキ共ばっかだよ」
レオンの表情には「だから見逃してくれ」とのメッセージが滲んでいた。
私は曖昧に頷き返して、生活感たっぷりな集合住宅を眺めて歩く。
何人かの子供が、好奇心と警戒心を綯い交ぜにした視線を向けてくる。
衛生状態も栄養状態もだいぶ悪い、というのが一目でわかってしまう。
聖女とやらは、子供らをこの環境から救い出そうとはしないのか。
そんなことを考えながら正門近くに戻ると、怪しげな連中が屯っている。
「……あれが善導隊か」
憲兵の制服に似たデザインの、茶色系な服を纏った男が五人。
黒い帽子と暗灰色のマスクも装着し、聞いていた通りに揃いの姿だ。
これは偶然の遭遇ではなく、待ち構えていたと考えるのが自然だろう。
足を止めずに進んで行くと、複数の足音が近付いてくる。
「後ろからも四人――いえ、五人来ます」
「たぶん、あんたらに用があんだろうけど……どうする?」
レオンに訊かれて、どうしたものかと迷う。
マスクで表情が読みづらいが、雰囲気からして友好的とも思えない。
逃げてもいいのだが、いずれにせよ善導隊とは接触する必要がある。
最初から対立してしまうと、何をするにも手間が増えそうだ。
「とりあえず、話してみるか……お前は逃げても構わぬぞ」
「あんたらを無事に帰さないと、オレが怒られるんだって」
因縁のある相手だし、本音では関わりたくないのだろう。
自分も残ると宣言したレオンは、わかりやすく顰め面だ。
そして正門前に辿り着けば、善導隊は私たちを遠巻きに囲んできた。
コチラを逃がすまいとする姿勢が露骨すぎるな――
警戒を一段階強め、胸のワッペンが一人だけ他と違う奴に声をかける。
「我らに何の用か」
居丈高に問われると思わなかったのか、相手は僅かに怯んだ様子を見せた。
しかし、すぐに気を取り直したようで、一歩進み出て応じてくる。
「不審な女の二人連れが、野良猫団のガキと一緒にウロついてる、との通報があったんでな。どこの誰が何しに来たのか、確かめさせてもらわんと」
「お前らにそんな権利などあるまい。憲兵の真似事で遊ぶにしても、時と場合を選ばねば本物が出てくるぞ」
偉そうな態度が腹立たしかったので、冷えた目で見据えて警告を発する。
破滅的に察しが悪くなければ、貴族を相手にしているのだと気付くはず。
そんな計算もあっての対応だったが、善導隊の連中は引く様子を見せない。
強気の理由は数を恃みにしているからか、女子供を相手にしているからか。
レオンの事前情報からすると、誰に対しても不躾な可能性も否めないが。
「当方はメービウス侯爵家の関係者で、本日は新たに侯爵家の所有となった物件の確認に参りました。そちらの手を煩わせることは御座いませんので、どうぞお引き取りを」
このままだと拗れるだけだと判断したのか、ミナはホテルを指し示しながらメービウスの家名を出す。
大貴族の名を騙るのは文字通りの自殺行為だし、家紋の入った指輪と短剣もあるので私の身分は証明できる。
ここに至っては、謝罪するなり有耶無耶にするなりして、サッサと退散するしかないというのに、善導隊の連中は不遜さと不穏さが丸出しのままだ。
「侯爵サマの一族を名乗るとは、何とも恐れ入ったな。こいつは予定よりたっぷりと、詰所で取り調べる必要がありそうだ。二日や三日は寝かせてやれんなぁ」
指揮官らしい男の言葉に、下卑た響きの追従笑いが広がった。
破落戸のような口ぶりなのだが、あまり板についていない。
どことなく演技臭いというか、作為的な雰囲気が見え隠れしている。
やはりこいつら、ややこしい裏事情を抱えているな。
正体を知るには、詰所とやらについていくのが手っ取り早い気もするが、不確定要素が多くてリスクが高すぎる。
「マズい雰囲気だけど、どうするよ?」
「こうなる前に、この場を脱して団の仲間を呼ぶべきだったな」
「うっ――」
小声でされた質問に答えれば、迂闊さに気付いたレオンが言葉に詰まる。
場馴れしているとは言え、子供にそこまでの機転を求めるのも酷か。
慰める意味で頭をポンと軽く叩き、銀のコップが入った包みを預けた。
そうして両手を自由な状態にしてから、先方がどう動いてくるかを窺う。
「……何事だってんだ、オォイ?」
緊迫した雰囲気の中に、妙に気の抜けた発言が放り込まれた。
見れば、買い物帰りらしい中年男が、訝しげにコチラを見ている。
スキンヘッドに、伸び放題のヒゲ――これがレオンの言っていた管理人だろう。
状況を把握できずにいるそいつに、指揮官が怒鳴るようにして問う。
「こいつらはどこぞの貴族サマで、そのホテルの新しい所有者なんだとよ! 事情は聞いてるか、フロリアン!?」
「いや、そんな話は知らんぞ、まったく」
トボケているのか本当に知らないのか、判断が難しい感じに応じてくる。
すると指揮官は、マスク越しにもわかる満面の笑みで、私の方へと向き直って言う。
「だ、そうだが……申し開きはあるか?」
「どう説明しようと、端から聞く気もなかろうに」
呆れ気味に返せば、指揮官は私の背後を見ながら何らかの合図を出す。
肩越しに振り返れば、手枷らしきものを持った隊員が近付いてくる。
二つの金属の輪を鎖で繋いである、見るからに重たそうな代物だ。
他の隊員たちも、ジリジリと包囲網を狭めてきている気配。
指揮官は目を細めながら、浮かれた調子を隠しもせずに言う。
「わかっているだろうが、抵抗しない方が身のためだぞ」
「まぁ、お前らの身についてはその通りだ」
言い捨てながら上体を捩り、背後から伸ばされる右手を躱す。
「ふぉっ――」
透かされてバランスを崩した隊員が、片足立ちでトトッとつんのめる。
肩を掴もうとしていた相手の右手首を握り、捻りながらの足払い。
手首が極まったままに倒れた男は、右の肩から異音を発した。
「んがぁああああああああっ、はぅ」
けたたましい悲鳴は、後頭部を踏み潰して強制停止に追い込む。
この事態にどう対処するべきか、私の行動で理解したミナは即座に動いた。
そして、最も近い場所に立っていた隊員の下腹に、左の踵をめり込ませる。
私は地面に転がった手枷を爪先で跳ね上げると、空中でキャッチ。
それをクルクル回して勢いをつけると、サーベルを抜こうとする長身の隊員の側頭部を横殴る。
「ぇげっ!」
こめかみを弾き飛ばせば、受け身も取らず無様に転がった。
どいつもこいつも、反応がやたらと鈍い。
それなりに鍛錬はしているようだが、実戦経験には乏しいようだ。
三十秒ほどで三人の部下が倒されているのに、指揮官は呆然とするだけ。
このまま流れで制圧できるか、と思ったところで怒声が響く。
「手加減は考えるな! まずは無力化しろっ!」
別動隊の方にいた筋肉質の巨漢が、見た目に似合わぬ冷静な指示を出す。
そこで我に返ったかのように、他の隊員たちは戦闘態勢を整え始める。
単体での危険性は低くても、集団が相手だと何が起こるかわからない。
投げ矢を持ち出しているのもいて、中々に対処が厄介そうだ。
さてどうする――善導隊の連中を見回せば、不意に包囲の輪が二箇所で途切れた。
「あれ、こいつら殴っても大丈夫なヤツか!?」
「殴ってから言うのはどうなのかな」
赤髪の少年の疑問に、暗茶髪の眼鏡が疑問で返した。
コンラッドとテオドールのコンビは、二手に分かれての奇襲で一人ずつを沈め、間髪を入れずに次の標的に向かう――




