第44話 反社会的集団によくあるシステムだ
細い路地は隣の大通りに抜けるためのものらしく、両側に壁が作られていて店舗や家屋は見当たらず、しばらく進んだ先で右に折れていた。
壁面や壁の上には、近隣の店へと誘導する看板があり、その上からまた別の店がポスターを貼っていたりもする。
それらを横目に走り抜け、曲がり角の先で待機している私の耳に、広い歩幅で地面を蹴る軽い足音が――どうやら、追ってきたのは子供が一人だ。
「何か用かな、私に」
不意に姿を現わして尋ねれば、「しまった」と言いたげな顔で固まる。
何を言ってるんだ、くらいの態度で無視できる器用さはないようだ。
数瞬迷ってから、こちらに背を向けて逃げようとする十歳くらいの子供。
しかし、看板の陰に潜んだミナがフワッと飛び降り、退路を塞ぐ。
詰まれたガラクタを踏み台にして、いつの間にか壁に登っていたらしい。
「うぎっ……あー、勘違いさせたならゴメンだけど、敵じゃねえから」
「敵でも味方でも構わんが、まずは名乗るがよい」
「オレはレオン……山猫団の所属だ」
鉄色の髪と茶色の目をした少年は、意外と素直に正体を明かす。
迷わず口にしているので、普段から用意している偽情報かもしれないが。
服装や雰囲気からして、下働きの子供らよりマシな生活をしていそうだ。
愛想笑いのようなものを浮かべているが、どうにも表情が硬い。
敵意のなさをアピールするにしては、人畜無害なフリが下手だな。
「山猫団、というのは初耳なのだが」
「ああ、簡単に言うなら東牧会の身内ね」
「おそらく、下請けや孫請けの仕事を回されてるのでしょう」
背後から飛んできた言葉に、レオンの作り笑いが歪む。
ミナの遠慮のない推測は、概ね当たっているようだ。
「で、東牧会の下っ端が何の用かな」
「下っ――や、別に用ってワケでもねえのよ。貴族らしいのが街に入り込んだから、何事もないよう見守るように、命令があってさ」
「なるほど、それは手間をかけたな……もう帰っていいぞ」
「よくねえよ! あんたらに何かあったら、罰を受けるのはオレなんだぜ?」
そう言い募るレオンは、これが演技なら称賛に価するレベルで必死だ。
貴族が犯罪に巻き込まれれば、東牧会の頭越しに憲兵が動く可能性もあるから、警戒するのも理解はできる。
ただ、私たちを貴族と認識しながら態度が雑なのは、少し気になるな。
何かしらの信念に由来していたり、貴族への憎悪に根差していたりすると、少しばかり面倒になるかもしれない。
真意はどうあれ、今すぐ攻撃を仕掛けてくる意志はなさそうだ。
それに、追い払ってもまた別の監視がつくだろうから、このまま同行させるか。
「ついてくるのなら、案内人でもせよ」
追い払われると思っていたのか、私の言葉にキョトンとするレオン。
それでも、すぐに気を取り直して質問を返してくる。
「お、おう……それで、あんたらは何しにココに?」
「故あって、東縁地区に地所を得たのでな。現地の視察だ」
「観光気分で来る貴族や金持ちは時々いるけど、仕事で来るのは珍しいなぁ……しかも若いお嬢さんが」
「面白そうなら何でもやるだけだ。遊びも仕事も、男も女も関係ない」
「はー……まぁ、あんたが変わりモンなのは、何となくわかった」
感心してるのか馬鹿にしてるのか、不思議なものを見る目を向けてきた。
そんなレオンに、ミナが腹を立てていないかチラッと確認するが、特に感情を乱している気配はない。
ラッドたちと行動を共にする機会も増えたし、色々と慣れてきたのだろうか。
最近の私が身分差を意識的に無視するので、それに合わせているのかも知れないが。
ともあれ、まずは路地から抜けて、レオンに目的地を伝えて先導させる。
「山猫団の構成員は、何人ほどいるのでしょう」
「正式メンバーが、オレを入れて八人。メンバーじゃないけど団の仕事をしてるのが、えぇと……十五、六人だな」
指折り数えながら、レオンがミナの質問に答える。
計算は一応できるようだが、正直すぎるのは今後苦労しそうだ。
「団員は、貴方のように若い人たちが中心ですか」
「まぁね。団長も十三とか十四だし、メンバーみんな同年代か、ちょっと年下。副長は十八ぐらいだったかな」
「団長さんは東牧会の所属だったのでしょうか」
「そぅそぅ。団長が独立する時、副長とかオレとかも一緒についてきて」
おそらくは、独立させた下部組織に一定の自由裁量権を与え、その代わり利益を吸い上げたり便利に使ったりする、反社会的集団によくあるシステムだ。
表向きは治安組織だが、実態はギャングと化している東牧会ならば、そんな構造になっていてもおかしくない。
年少者ばかりの山猫団だと、普通に警備や連絡の任務に使われていそうだが。
ともあれ、この時代から既に肥大化の下地は出来上がっていたようだ。
「やはり、余所者が起こす騒動は多いのか」
「そりゃなぁ。ココで暮らしてりゃココの常識で生きてるけど、そうじゃない連中は外のルールとか身分の良し悪しとか持ち出して、勝手なマネをしたがるから」
「例えば、どんなことが」
「目立つのはまぁ、無理な注文を通そうとするヤツや、従業員に暴力を振るうヤツ、それと流民に悪さしするヤツだな……どうにも、東縁を何でもアリだと勘違いしてるのが多すぎ」
権力や財力は自由を与えてくれるが、それは無制限でも無条件でもない。
その程度の道理すらわからない阿呆だらけになったのが、この国が滅亡への道を邁進した原因の一つだった。
不意に口の中に苦さが湧いてくるのを感じながら、レオンが並べる如何ともし難い実例の数々を聞いていく。
「各種トラブルは東牧会が対処するのでしょうが、手に余る事態は起こりませんか」
私がやや食傷気味なのを察してか、ミナが不意に話題をズラす。
訊かれたレオンは、言おうか言うまいか短く逡巡する挙動を見せた。
そして、私とミナの顔色を窺った後で、軽く溜息を吐いて語り始める。
「なるべくあんたらに協力しろ、って団長から言われてるし……あいつらのスパイじゃないんだろうけど……」
「あいつら、とは?」
「最近……ここ数ヶ月くらいで、急に伸してきたグループがいんだよ。別の地区から流れてきたんだけど、いつの間にか結構な人数を集めて好き勝手やってる」
「東牧会は、それを放置しているのか」
「そうなんだよ! ウチもそいつら『善導隊』――正式には『王都善導浄化隊』だったかな? とにかく、何度か揉めたんだけど、上からの指示で毎度コッチが引く形になってさ。意味わかんねぇ」
確かに不自然ではあるが、善導隊とやらと東牧会が協力関係にある組織だとすれば、不思議ではない。
レオンのような末端にまで伝わらない、上層部での交渉や契約が成立している可能性は十分あり得た。
そこに思い至るが敢えて指摘はせず、話の続きを促す。
「しかし、地元を荒らす連中を咎めねば、東牧会の評判が下がりそうだが」
「それなんだけど、他にも妙なのが出てきてんだよ……で、その一味がウチらに代わって善導隊とやり合ってる感じ」
「その妙なのも、暴力集団なのか」
「も、って何だよ、もって……ま、そいつは『棄民街の聖女』って呼ばれるくらいだし、ちょいと毛色が違うんだ」
「聖女、だとぅ……?」
唐突に出てきた珍妙な肩書に、ついつい変な声が出てしまう。
ミナも何とも言えない、味わい深い表情を浮かべている。
かつて教会が王位継承に関与した結果、内戦寸前に陥った歴史があるブラウトリアでは、教会権力は大幅に制限されており、分派や新派などが伸張する余地も皆無だ。
「キナ臭くなってきましたね」
暗い響きのあるミナの言葉に、渋い顔が直らないまま頷き返した。
もし、大衆の支持を集める宗教指導者が出現する兆しがあれば、確実に危険視されて何らかの措置が行われるはず。
自称にせよ他称にせよ、聖女や聖人などと呼ばれる者の名声が高まれば、少なくとも憲兵に拘引され「説得」を受けるのは不可避。
なのに無事だとすれば、宗教色のまるでない慈善活動家か、何らかの思惑を持った大貴族が背後にいるか、教会が密かに勢力を再拡大しているか――
「どうにも読めんな……調査の必要がありそうだ」
「善導隊や聖女について知りたいなら、オススメの情報源があるぜ」
人の悪い笑顔のレオンが「カネ次第」を意味するハンドサインを作る。
こいつに話を聞くのが一番早いのは確かだろうが、何だか癪だ。
どうしたものかな、と考えている内に目的地が近付いてきた。




