↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
間章 嵐の後始末、或いは下準備

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/47

第41話 やがて毒花が芽吹いて狂い咲く(★)

※今回はダミアーニ・デッラ・ポルタ(憲兵士官。一周目では帝国保安庁――秘密警察の長官。名前のみ登場)視点、1章ラストから15日後になります

 ニースベルグ西商業区、歴史のある――と表現すれば聞こえがいいが、平たく言えば古びた建物が並ぶ一角《いっかく》。

 そこで目立たずひっそりと、会員制レストラン『ローフィスの碑《いしぶみ》』は営業されている。

 大陸西方各国の郷土料理の源流である、ローフィス王国時代の家庭料理。

 それを最高級の食材と現代風のアレンジで提供する店として、好事家からの高い評価を得ているのだが、この店にはもう一つの顔があった。


「ようこそ御越《おこ》し下さいました、ダミアーニ・デッラ・ポルタ様……本日のお部屋は三番になります」


 銀のトレイで差し出されるのは、金輪《かなわ》に繋がれた大小二つの鍵。

 オーナーの意向によって、店では厳重なセキュリティが採用されていた。

 客席のある部屋に続く扉には特別製の錠《じょう》が設《しつら》えられ、大きい鍵でしか開かないそれは定期的に交換される。

 各室の前にある控《ひか》えの間では給仕《きゅうじ》兼警備員が常駐しており、客が連れてきた護衛の待機も可能。

 そして小さい方の鍵は、室内に作られた脱出路を開くためのもの。


「いらっしゃいませ……皆様、既にお待ちで御座《ござ》います」


 馴染《なじ》みの給仕に帽子とサーベルを預け、渡された鍵で分厚い扉を開く。

 扉の先には、室内の会話を漏らさぬ工夫か、十歩ほどの短い廊下《ろうか》がある。

 そこを足早に進んで重たい金属製の扉を押し開ければ、この店のオーナーであり私の主《あるじ》でもある人物――ザッカリー・アイゼンシュミット伯爵と目が合う。

 見るもの全てを見透《みす》かすような、それでいて何も見ていないような、硝子玉《がらすだま》めいた彼の瞳には、いつまで経っても慣れることがない。

 伯爵の背後に並んで侍《はべ》る、覆面《ふくめん》姿の従士《じゅうし》二人組には多少慣れてきたが。


「珍しいじゃん、ダミちゃんが遅れるなんてさ」

「すまん。職場が未《いま》だに上も下も、ゴタゴタの真っ最中でな」


 憲兵の制服から着替える手間もあり、指定の時間から三十分ほど遅れてしまった。

 六人掛けの円卓に着いた私を軽口で出迎える顔と声がいい男は、私と同じくザッカリーの配下として行動しているイグナシオ・カスタネダ。

 また別の任務を与えられたか、先日までの黒髪ではなく赤毛になっている。

 伸ばしたままの不精髭《ぶしょうひげ》まで赤く染めていて、中々に芸が細かい。

 前回の会合では南方風な印象だったのに、今回はウィンデン系にしか思えないから、その変装術は見事と言えるだろう。


「ま、ゴタゴタの原因作ったのは俺らだし、文句も言えねぇか。こういうのも自業自得って扱いになるんですかね?」

「ダミアーニには苦労を掛けることになりましたが、今回の件で王都管区《おうとかんく》の憲兵司令官は交代が確実で、後任には我らと近しい志《こころざし》を抱いた人物が選ばれる可能性が高い……総合的に考えればプラスでしょう」


 皮肉な口調のイグナシオに、伯爵はいつもと変わらぬ平坦《へいたん》さで応じる。

 現役の憲兵を王族の暴挙に関与させれば、結果はどうあれ組織内の人事は大きく動く――ならばその動きを予測し、次に頭角《とうかく》を現す人物を取り込めばいい。

 考え方はシンプルだが、実現するには周到《しゅうとう》で面倒な用意が必要となる。


 王都勤務の憲兵士官である私からも、少なからず情報提供はしていた。

 しかし、トップクラスの高官人事を操るには、より広範囲で大量の情報が必要だろうし、それを活用するための環境づくりも必須《ひっす》になる。

 そんな問題をものともせず、軽々と望ましい結果へと辿り着かせるザッカリーの鮮《あざ》やかな手際《てぎわ》は、毎度タネのわからぬ奇術を見せられているようだ。


「盛大に祝杯を挙げるような成功でなくとも、十分な収穫はありました……なので、まずは貴殿らを労《ねぎら》わせてください」


 二人の従士が卓上にグラスを並べ、冷えた白ワインを注いで回る。

 前王国《ローフィス》時代から続く老舗《しにせ》ワイナリーが、十年前の当たり年に製造した一本だ。

 華やかな香りが広がったところで、伯爵はグラスを掲《かか》げて立ち上がり、自分とイグナシオも少し遅れて続く。

 従士が元の位置に戻ると同時に、伯爵が歌うように言葉を紡《つむ》ぎ出す。


「僭王《せんおう》を戴《いただ》く虚飾《きょしょく》の国は、また一つ破滅へと歩《ほ》を進めた……怠惰《たいだ》を貪《むさぼ》る貴族共と迷妄《めいもう》から醒《さ》めぬ愚民共を、膺懲《ようちょう》の雷霆《らいてい》が焼き尽くす日も遠くはないであろう」


 イグナシオと私は、同時に頷《うなず》いて主たる伯爵を眺《なが》めた。

 情報部の要職にある王国貴族でありながら、笑顔で王と国への呪いの言葉を述べる、矛盾《むじゅん》の塊《かたまり》のような存在。

 彼がグラスを乾《ほ》したのを見て、私たちもワインを口にする。

 美味い――はずなのだろうが、何故か酸味ばかりが舌に残った。


 祖国の滅亡を宿願《しゅくがん》とするこの怪人は、腐敗の種子を蒔《ま》き、破綻《はたん》の契機《けいき》を作り、不満の小火《ぼや》を煽《あお》る。

 それらの工作で生じた亀裂《きれつ》からは、やがて毒花が芽吹《めぶ》いて狂い咲く。

 ザッカリーの真の目的は未だ見えないが、彼の行動がブラウトリア王国の終焉《しゅうえん》を後押しするならば、私は粛々(しゅくしゅく)と指示をこなすだけだ。

 空になったグラスを置き、伯爵が腰を下ろすのを待って席に着くと、従士に二杯目を要求しながらイグナシオが言う。


「しかし、こうも計画が狂うのは予想外というか何というか」

「ええ……万が一に備《そな》えて復旧策と回避策は何重にも用意してありましたが、最初の一手から『それ』が生じるとは流石《さすが》に読めませんよ」

「ベレンガリア・メービウス侯爵令嬢、ですか……十年前から王族の婚約者であり、悪い意味で貴族らしい貴族との評判だったのですが」


 だからこそ、無礼を働いた平民に苛烈《かれつ》な処罰を要求する、と予想した。

 そして、ガスパールからどんな仕打ちを受けても耐える、とも想定したのだ。

 どちらもザッカリーに仕組まれた状況なのだろうが、詳しい説明は受けていない。

 ともあれ、あの侯爵令嬢と大公家のボンクラ嫡子は、我らに都合よく動いてくれる予定だったのに――


「いやぁ、突き抜けた暴れっぷりでしたなぁ。母親も大概《たいがい》じゃじゃ馬でしたが、娘の方が手に負えない」

「何年も不当な扱いに甘んじておきながら、突然に逆上して全てを捨て去る暴挙に出るなど……発生確率としてはゼロに等しく、まさに虚《きょ》を衝《つ》かれました」


 自嘲《じちょう》気味に語るザッカリーのグラスにも、二杯目のワインが注がれる。

 あらゆる問題を解決する奇跡的存在と、上流階級で噂になった謎の人物。

 ガスパールによる今回の騒乱で、決行までの準備の大半を担《にな》った『導師』。

 その正体は、膨大《ぼうだい》な情報と広大な人脈を駆使できる、目の前にいる男。

 奇跡を形にするためには、私が同僚の憲兵士官に思考誘導を仕掛けたり、イグナシオがダヴィッド・モレノとして大公家に潜入したりの工作があったのだが、複雑極まりない計画の全体像を描けるのは、ザッカリー・アイゼンシュミットただ一人。


「ですが、予定された学内の不安定化工作を前倒しに実施し、ガスパールからベレンガリア嬢への復讐計画と併《あわ》せ、あの大混乱を生じさせたのは見事でした」

「それなぁ……イチから練り直すんじゃなくて、ベレンガリアの変化まで取り込んで筋道を作ってみせたんは、伯爵にしか出来ない神業ですって」


 私とイグナシオの称賛《しょうさん》にも、ザッカリーは苦笑するばかり。

 グラスの中身を再び乾すと、テーブルに両肘をついて顔の前で指を組んだ。


「そこまでやったのに失敗した、その事実にこそ注意を払うべきです。最低限の目的は達したものの、事前に期待された結果には程遠い……甘く採点して三十点ですね」

「ガスパールと取り巻きが無能すぎたのもあるけど、最大の誤算はベレンガリアの立ち回りの見事さ、かねぇ」

「ああ……ノイマイア伯爵家出身のメイド、アレが優秀との報告はあったが、参謀的な能力には触れられていない。護衛役としてついた平民や、その仲間が小知恵が回るのやも知れません。コンラッド・ヴェンゼルにテオドール・ユンカー、でしたか」

「それと、ベレンガリアに染料をぶちまけた芸術科の娘も」


 我らの言葉で、ザッカリーのガラス玉の目に微妙な揺《ゆ》れが現れる。

 おや、と思って視線を向けるが、顔を伏せてしまい表情が窺《うかが》えない。

 違和感ある挙動《きょどう》は数秒で終わり、いつも通りの落ち着きを戻して言う。


「彼《か》の令嬢が、自身と関係ない学内の問題に嘴《くちばし》を突っ込むようになると厄介ですね……関係者も含めて、監視と警戒を強化せねばならないようです」

「あの嬢ちゃん、貧民街の方でも何か始めてるみたいだし、できれば首輪をつけときたいかな」

「学園やメービウス侯爵家の周辺から、使えそうな人材をピックアップしますか」


 ザッカリーは私とイグナシオを順に見て、ゆっくり首肯《しゅこう》する。

 そして、姿勢を変えて背もたれに身を預けながら告げた。


「あの学園には、まだ『役割』を果たしてもらわねばなりません……休暇の間に、より相応《ふさわ》しい環境を整えるとしましょう。アルブレヒトの方への浸透《しんとう》はどうです?」

「そちらは順調です。どいつもこいつも鼻薬《はなぐすり》の効きが良すぎて、逆にコチラを探られているのでは、と疑いたくなるほどに」

「簡単に裏切るヤツは、取扱注意になるわなぁ」

「この地の未来のためにも、あの無能は無能のまま王にする必要があります。暗殺や廃嫡《はいちゃく》の動きには気を付けませんと」


 この人にかかれば、王太子ですら駒の一つでしかないか……

 何とも言えない重圧感に、深々と溜息を吐いてザッカリーを見据えた。

 無言で微笑を返した主は、従者に料理を運ばせるよう指示を与える。

 

「話の続きは、食事の後にしましょうか。今回はシュシュロン地方のガチョウ料理に、料理長が新解釈を加えた一品がメイン、だそうですよ」

「そういえば、そこら辺に所領《しょりょう》がある……あの男爵はどうします?」


 マルガレーテ嬢の父、バーゼル男爵の話をイグナシオが持ち出す。

 あの父娘も、もっと上手い身の振り方があったろうに、どうにも間抜けすぎる。

 無能であるが故の不幸に軽く同情していると、ザッカリーが静かに言った。


「あの者にも、もう一働きしてもらいましょう。どうにも私は、使い捨てができない吝嗇《りんしょく》な性格でしてね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ版『壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~』は、コチラで連載中です!

◎ニコニコ静画

◎カドコミ

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。