第40話 その方が有意義だろうし、何より――面白い(★)
※今回はテオドール(テオ)視点、1章ラストから10日後(39話と同日)になります
「うぁーっ、疲れる! どうして何度も何度も呼び出すの、もう!」
「あの日の出来事にちょっとでも関わりがあれば、貴族も平民も関係なく色々と訊かれてるみたいだね」
朝から憲兵隊の本部に呼び出され、十日間で通算五度目となる事情聴取を受けたリカは、流石にウンザリして不機嫌を爆発させていた。
皆が似たような目に遭っている、という事実を語って気を逸らせようとするが、リカの顰め面は崩せない。
「コッチは最初っから、全部の質問に答えてるじゃん! なのに繰り返し同じこと訊いてくるって、アレは何なの!?」
「質問の仕方を変えながら繰り返し同一の内容を訊いて、答えが変わったら嘘をついてる可能性が高い、みたいな尋問のテクニックがあるんだ」
「でもさぁ、それって犯罪者用でしょ? どうしてアタシらにそんな……」
「王太子や高位貴族も巻き込んだ大騒動の調査、だからね。慎重にならざるを得ないんだと思うよ」
「丸ごと全部ぶっちゃける、ってワケにもいかねぇしな」
ボクと同じく聴取八回目だったラッドが、やや悪い顔をしながら話に加わる。
あの騒ぎが一段落した後、本物の憲兵隊がやって来る前に短い話し合いをして、ボクらは「ベルに指示された通りにしただけ」という設定に。
ガスパールの計画を察知し、その阻止に動いていた事実は伏せる方向だ。
なので、憲兵や学園の衛兵たちに「何があったか」の事実は語っているが、「何だったのか」の真実は語っていない、とも言えた。
まだ納得いかないのか、リカはこの部屋での定位置にしている一人用ソファに置いた、自作のクッションをポカスカ殴っていた。
幼馴染の不毛な八つ当たりに、ボクとラッドは顔を見合わせて苦笑する。
ここは貴族や富豪の屋敷町にも、小規模な住居が密集した下町にも近い、ニースベルグの東商業区の外れで営業している商店の二階だ。
父から任された『ヴェルス商会』の支店の一つで、異国の変わった品々や普段使いもできる骨董品や美術品を扱い、ついでにリカの作品も置いていた。
住居兼店舗の住居部分はボクの私室兼倉庫となっているので、ラッドやリカも日常的に出入りしている――商売に関わる前から溜まり場として利用していたが、まぁそれはそれとして。
「二人がニセ憲兵に変装してた、ってのも状況を面倒にしてるのかもね。あの制服、全部が本物だったらしいし」
「そうなのか……となると、自殺したリーダー役が現役の憲兵で、しかも結構なエラいさんだった噂にも信憑性が出てくるな」
「ちなみに、フロアにいたニセ衛兵は、本物の衛兵を殴り倒して服を奪ったみたいなんだけど、殴られた方が『顔見知りの憲兵にやられた』って証言したとか何とか」
「えっ……それはちょっと、シャレになってなくない?」
「この件は一から十まで全部、シャレになってない気もするけどね」
ボクの言葉に何か反論しようとするリカだが、すぐに諦めて勢いよくソファに腰を下ろす――というか尻を落とす。
その振動で、壁に飾ってある戯画化されたナマズの絵が揺れる。
いずれ商会のトレードマークとして提案しようと、数年前にリカにデザインを依頼したものだ。
しかし、釣りが趣味だった祖父が、地元近くの沼や池で無限に獲れたナマズをフライにする露店が成功したのがウチの商売の始まりとはいえ、名付けが安易すぎるな。
「憲兵にしてみたら、現役士官が関わっていたのが確定して、自分らの不祥事にはしたくない。衛兵にしてみたら、ロクに調べずニセ憲兵を素通りさせて、王太子や貴族の子弟を危険に晒した責任を取りたくない。だから、全部の罪を背負わせる相手を探すのに躍起になってんだろ」
思い付きを口にしているようなラッドだが、その分析は概ね正しい。
そして、真に罪を負うべき人間はガスパールで確定なのだが、王族の立場にあるアレが表向きに罰せられることはまずない。
おそらくは、奴の命令によって半強制で参加させられた連中と、その家族や親族が愚行の代償を支払わされるのだろう。
その可能性に思い至ったのか、リカが苦々しさを低い声に乗せて吐き出す。
「やっぱガスパールはお咎めナシ、なんだよね?」
「流石にもう学園には来ないと思うけど。でも、ベルさんやマルガレーテ嬢にしたことを理由に、アイツが裁かれるのは期待できない……というか絶対ない」
そう断言すると、リカは顔中をシワだらけにしてラッドを見る。
ラッドはゆっくり頭を振り、ポケットから紙袋を取り出してリカに投げた。
「まぁ、それでも食って落ち着け。疲れた時には甘いものが、イラついてる時には果物が効く、と姫さんも言ってた」
「お菓子を出しときゃとりあえず黙る、とか思ってない? ねぇ?」
不満を表明しながらも、リカは渡された袋から砂糖漬けの干し果物が乗った丸いクッキーを抓み、二枚三枚と続けて頬張る。
ラッドも手を伸ばしてクッキーを持っていくので、ボクもつられて一枚もらう。
一口ごとに甘酸っぱさが広がり、サクサクの生地がホロホロとけていく。
かなり高級な菓子を買ったのかな、と包みを確認するが店名が見当たらない。
「もしかして、ベルさんからの貰いもの?」
「おう、昨日会った時にな。焼いたのはメイドさんで、姫さんも生地を練ったとか」
「へぇ……そいつは中々の珍品だね」
男でも女でも、子供時代に家の仕事を手伝うのは当然のこと。
しかし、貴族の殆どはその当たり前を無視して育つ。
家事やそれに属する作業は、どれも使用人の仕事だから。
なのに平然と菓子作りに参加するベレンガリアは、やはり変わり者だ。
元は伯爵令嬢らしいのに、メイド五人分と護衛三人分の働きを平然とこなしている、ヴィルヘルミナも相当どうかしているが……
「ところで、ラッドは休みが明けてもベルさんの護衛を続けるの?」
「さぁ……バルハウス師範からは何も言われてない。姫さんからも特には」
「色々と片付いたからハイさよなら、ってこともなさそうだけど……」
「だよなぁ。貴族なら平民は使い捨てが当たり前だろうけど、アイツは違う」
ラッドもリカも、随分とベレンガリアを信頼しているらしい。
ボクとしても、彼女が大貴族には稀有な「自分らの特権を当然と思っていない」タイプの、特異な精神性の持ち主なのは認める。
しかし、いくら相手と親密になろうと、そこには厳然たる差異が――両者を隔てる階層の壁があるのだ。
それを越えるなり壊すなりして、真に対等に並び立つのは至難の業だろう。
「貴族といえば、ガスパールんトコから助けてやった、アイツはどうした」
「エミール・グリッツバッハね。男爵の名義で礼状は届いたよ。妙に偉そうというか、召使いを褒めてるような内容だったけど」
「フザケてるなぁ……下手すりゃ死んでたのにさ」
ラッドは呆れ顔で溜息を吐き、リカは菓子で立て直した機嫌がまた傾く。
個人的には、こうした思い上がった貴族の愚かしさに触れると、ベレンガリアに揺さぶられた認識が落ち着くので、今は少しばかり有難い。
「まぁ、エミールくんには後々、たっぷり恩返しをしてもらうよ」
「あの陰険な性格じゃ、あんまり期待できなくない?」
「陰険さならテオの圧勝だし、恩返しじゃなくて取り立てだろ、実質」
十年の付き合いだけあって、ラッドの推測は大筋でその通りだ。
監禁から救出する前、限界状態のエミールに何枚かの書類にサインさせた。
あまり遠くない内に、そいつを活用する場面も来るだろう。
そんなことより気になるのは、貴族相手に平民のボクが高圧的かつ無理な要求をしても、制止も注意もせず半笑いで見ているだけだった、あの――
「そういえばテオと一緒に来た子って、ガスパールの弟なんだね」
「ああ……彼はジークムント・ブラウトリーン。大公家の次男で王位継承権もある、歴とした王族だよ」
「アイツも何ていうか、だいぶらしくない貴族サマだな。あの落差からの飛び蹴りなんて、俺でもだいぶ躊躇するぞ」
「迷うけどやるんだ……お? 何だろ、これ」
クッキーを食い尽くしたリカが、袋の底から二つ折りの紙を取り出す。
それに視線を落としたリカは、目を細めてラッドにそれを回した。
「ハハッ――姫さんからの御指名だ。俺たちを休ませる気がないらしい」
「たち、ってことはボクやリカも入ってるんだね」
「もしかして、休暇中に何か予定あったりしたの、テオ?」
「いや……どんな先約があっても、たぶんベルさんの用件を選ぶよ」
きっと、その方が有意義だろうし、何より――面白い。
そこまでは言葉にせず、ボクはラッドから畳まれた手紙を受け取った。




