第39話 愚かな婚約者に翻弄された悲劇の美少女(★)
※今回はメイドのヴィルヘルミナ(ミナ)視点、1章ラストから10日後になります
「どうにかこうにか落ち着いた……と言っていいか」
「言うだけでしたら、まぁ」
「しかし、あの騒乱の直後に巻き起こった大混乱に比べたら、十日が経った今は平穏そのものであろう」
「それは『首を斬られるより腕を斬られた方がマシ』みたいな、無意味な比較ではないでしょうか、ベルさま」
わたしからの反論に、ベルは少し不貞腐れた様子を見せて、銀の髪をワシャワシャ掻き混ぜる。
学園は長期休暇に入っているので、我々が現在いるのは寮の部屋ではなく、首都ニースベルグの貴族街にあるメービウス侯爵家の館だ。
簡素な部屋着で、行儀悪く自室のソファに背を預けている姿は、髪の短さも相俟って彼女の幼い頃の姿を思い出させた。
あのクソガキのせいで失われたのだと諦めていた、かつての自由で明るく表情豊かな姿へ徐々に戻っているようで、何とも喜ばしい。
強いられた無表情と無愛想から生じた『人形姫』の綽名も、数ヶ月とせずに皆の記憶から消えるのではないか。
そんなことを考えていると、ベルは不意に動きを止めて髪を手櫛で梳き、小さく溜息を吐く。
「にしても、随分と大事になったものだ」
「実際に大事なのですし、仕方ありませんね。あのボケ――失礼、ガスパールの野郎に関しては完全に自業自得です」
「言い直しても失礼が居残っとるぞ。礼を尽くすような相手ではない、という点には同意しかないが……王家では、まだ貴人として扱ってるようだな」
「大公《王弟》の嫡子で継承権も四位、と肩書だけは重要人物ですから。その地位も遠からず剥奪されるでしょうけど」
「アレは処置なしだが、巻き込まれた連中は少しばかり哀れだ」
ベルの眉間に浮いたシワが、心中に渦巻いた憂いを伝えてくる。
「マルガレーテ嬢、ですか?」
「ん……あの女は巻き込まれたのではなく、自分から飛び込んどるから同情に値せんな。貴族社会の歪んだ価値観に踊らされた末の選択、という意味では犠牲者でもあるのだろうが」
ベルの下す審判は、死者に対しても容赦がない。
婚約者である侯爵令嬢を差し置いて、下級貴族の娘が王族の寵愛を受ける状況が、どんな波紋を起こすかに無頓着すぎたバーゼル男爵の愚かさがまずある。
それはそれとして、ガスパールと取り巻きらによるベルに対する嘲弄や虐待に嬉々として参加したマルガレーテは、年齢を考慮しても問題外なのは否めない。
「確かに……道具扱いで処理されたのは気の毒ですが、あの万年発情期の雌犬がベルさまに重ねた無礼を考えれば、相応しい末路とも言えます」
「他人に見せられん表情になっとるぞ、ミナ。それに使い捨て度合いであれば、ニセ憲兵として駆り出された奴らの方が更に悲惨であろう」
ガスパールに従って行動し、パーティをぶち壊した犯人は総勢十五名で、一人を除いて全員が勾留中。
逃れた一人は、我々を拘束しに寮へと現れた、ニセ憲兵のリーダー。
仲間と共に本物の憲兵に身柄が引き渡されたが、取り調べのために移送される最中、唐突に馬車の前に倒れ込んで轢かれ、その場で死亡が確認された。
事故と結論づけられたが、覚悟の自殺か口封じの暗殺でほぼ間違いない。
憲兵や衛兵に扮して潜入したのは、大公家に仕える騎士家の者やガスパールの元護衛などが十名、大公家の執事ダヴィッド・モレノが集めてきたのが、轢死したリーダーを含めた五名。
尋問に対し、部外者四名は「仕事の内容は知らなかった」「余興のための演技と聞いていた」「金のために仕方なかった」などバラバラな供述をしているそうだ。
「いずれ主となる相手からの命令では、騎士に拒否権はないでしょうね」
「それについては、元護衛らもだな。大公と父上の不興を買ったとなると、この国に身の置き場がない。そこで焦って、ガスパールに賭ける悪手を選んでしまった」
ちなみに、執事のモレノは騒乱の前夜には逐電していた、とのこと。
結果を確認する前に逃げているのは、失敗するとわかっていたのか、或いは騒ぎを起こすのが主目的だったのか。
いずれにせよ、当人を捕らえねば真相は不明のままだろう。
「冷静になれば、逃げるのも含めて選択肢はいくらでもあるのに……」
「ふふっ――追い詰められて貴族令嬢の立場を捨てたミナが言うと、説得力があるのだかないのだか」
「わたしは……十分考えて選びましたよ。冷静だったかはともかく」
人の悪い笑みを見せるベルに対しては、曖昧な表情を返すしかない。
わたしは十年ほど前、予期せぬタイミングで窮地に立たされたことがある。
原因は伯爵家の嫡男で、わたしの婚約者だったルドルフ・デュケイン。
互いに特別な感情の介在しない、家の都合のみで交わされた婚約だった。
とはいえ、五年間でそれなりに関係を築けていると思っていたのに。
ルディ――ルドルフは、得体の知れない女に篭絡されていた。
ただの浮気なら許せなくもなかった……たぶん、ではあるが。
真実の愛を見つけた、と世迷言を吐くなら慰謝料を貰ってサヨナラだ。
だがあの男は「世界に平和をもたらす崇高な使命」とやらに目覚め、内務省の高官だった父親の保持する機密情報を盗み、それを謎の女へと定期的に届ける、言い訳できないスパイ行為に手を染めていた。
「ミナの場合はまぁ……避けようもない事故だな」
「婚約者が特大の災厄、という意味ではベルさまとお揃いですね」
自虐的な物言いに巻き込めば、苦味が強すぎる苦笑で応じられる。
ルドルフが親の持つ情報を横流していただけなら、本人とデュケイン伯爵家だけが処罰され、わたしもベルと同じく愚かな婚約者に翻弄された悲劇の美少女となっただろう。
しかし学業では凡庸なルドルフは、スパイとして意外にも優秀だった。
友人知人を経由して広範な情報を集め、更には同志となる人材をスカウトするなどの活躍で、あっという間に大物ポジションを獲得した。
そうなった理由としては、まるで彼を疑わなかったノイマイア伯爵家――わたしの実家から、軍事に関する重要機密を多数持ち出した手柄もある。
将軍として師団を指揮する身だった父は、将来は参謀を目指していると語ったルドルフを気に入り、わたしにも可能な限りのサポートをしろと命じていた。
だからわたしは、「見識を深めるための資料にしたい」という婚約者の求めに応じ、自宅に保管してあった書類を差し出した――いや、それどころか自分なりの分析や補遺を加え、よりクオリティの高い情報に仕上げて渡していたのだ。
「結局、ルドルフが何者に情報を流していたのかも不明なままか」
「はい……相手の女が凄腕だったのか、あの男がマヌケすぎるのか、詳しい内実はわかりませんが」
わたしの努力は盛大に仇となり、ルドルフの共犯者であるとの容疑で憲兵に連行されてしまう。
家族も捜査対象となり、積極的に協力していたとの疑惑は晴れたものの、スパイ活動に加担したノイマイア家には有形無形の懲罰が押し寄せた。
父は師団長を解任され予備役へと編入、二人の兄も中央官僚ルートから外され、地方の閑職へと左遷される。
彼らはルドルフに騙された己の迂闊さを認められず、社交界から締め出された母と共に「何もかもわたしが悪い」と決めつける方法を選んだ。
この手のトラブルに巻き込まれた令嬢の常として、自分も修道院に送られるのかと考えていたが、それは甘かったとすぐに思い知らされる。
あいつらは最初は遠回しに、やがてあからさまに「ノイマイア家に同情を集めるため、お前は死ね」という圧を掛けてくるようになった。
このままでは偽装自殺で始末されるのも時間の問題と判断し、ロクな準備もないまま家から逃げ出すハメになり――
「ミナを私の所へと導いたのは、ルドルフの功績と認めてやらんでもないが」
「彼の無銘の墓に、唯一の善行として刻んでおきましょうか」
本気で検討している様子のベルを眺めながら、雪の日にわたしのスカートを掴んだ小さな手を思い出す。
まともな冬服も用意できず、古びた鞄と僅かな路銀と深い諦念を抱え、行く宛てもないのに寒空の下で乗合馬車を待っていた、十六歳のわたし。
そんなワケアリ丸出しの娘に駆け寄って、「そんな格好じゃ風邪ひくよ? どこ行くの?」――と話しかけてきた、モコモコなコートで着膨れした五歳のベル。
「あの時……『行く場所なんてない』と答えたのは、正解でしたね」
「んぁ? 何か言ったか、ミナ」
小声での呟きに反応したベルに、頭を振りながら答える。
「いえ、別に何も」
「ともあれ……人生の最期には、自分の選択が正しかったと思いたいな」
「シッカリ聞こえてるじゃないですか」
カクヨムでの連載中は、この回の更新と同時に受賞をお知らせしました……何もかもが懐かしい……
受賞の結果として始まったコミカライズがコチラになりますので、未読の方は今すぐどうぞ!
※カドコミ
https://comic-walker.com/detail/KC_020406_S
※ニコニコ漫画
https://manga.nicovideo.jp/comic/85514




