↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
1章 青き日々に正解を求める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/47

第37話 どうやら、反撃の御膳立ては整ったらしい

「フハッ……ァハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 幼子《おさなご》のような小悪党のような、感情が剥《む》き出しになった哄笑《こうしょう》。

 王族にあるまじき品のなさで嗤《わら》うガスパールの顔は、信じ難いまでに醜悪《しゅうあく》だ。

 仮にも十年以上、婚約関係にあった相手に向けるものではない。

 ここまでの憎悪《ぞうお》や怨嗟《えんさ》を向けられる落ち度が、私にあったのか。

 訊いてみたところで、まともな答えは期待できないだろうけど――


「ぁがっ」


 ガスパールを睨《にら》んでいると、不意に頭部に衝撃を受けた。

 視界に映るものが、自分の膝と板張りの床に強制的に変更される。

 どうやら、頭を踏まれて強引に四《よ》つん這《ば》いにさせられたようだ。


「いいザマだなぁ、ベレンガリア……端女《はしため》だろうが町娘だろうが貴族だろうが、やはり女には這《は》い蹲《つくば》って男に傅《かしず》く姿が似合う……そう思わんか」


 クソボケ(ガスパール)の空疎《くうそ》な御高説《ごこうせつ》が、私にだけ聞こえる小声で語られる。

 こんな妄言《もうげん》は誰の賛同も得られない、と理解できる程度の知能はあるらしい。

 それにしても……どんな手品を使って私の断罪を完遂《かんすい》する気なのか。

 この場で学生たちの支持を獲得し、王太子アルブレヒトに承認させたならば、投獄《とうごく》までは持ち込めるだろう。

 しかし、そんな暴挙を父は看過《かんか》せず、王や大貴族らも許しはしない――


「小賢《こざか》しいお前のことだ……どうせこんな状況はすぐ終わる、とでも思ってるんだろ? だがなぁ、そんな腑抜《ふぬ》けた幕引きにはならんぞ」


 ガスパールの囁《ささや》きに、背筋をゾワッと悪寒《おかん》が走り抜けた。

 濃厚な悪意を含んだ宣言に、無数にある可能性から一つが急浮上する。

 こいつ、この場で私の処刑を強行しようとの腹積《はらづ》もりなのか。

 まさかそこまでの暴挙はない、と思いたいし周囲も止めに入るだろう。

 しかし、阿呆の思考は時に常識の外へ飛び跳ねるので、油断はできない。


「お集りの諸君! 何事が起きているのか、さぞ戸惑っていることだろう!」


 朗々(ろうろう)と語りかけながら、ガスパールは私の髪を掴んで顔を上げさせ、学生らの方へと晒《さら》す。

 一人一人の表情はよく見えないが、伝わってくる気配は同情や心配よりも、嘲笑《ちょうしょう》や嫌悪《けんお》の方が圧勝している。

 よくもまぁ、碌《ろく》に知りもしない相手に苛烈《かれつ》な反感を抱けるものだ。

 かつての自分も散々に利用したが、人の感情の操縦《そうじゅう》し易《やす》さには呆《あき》れる。


「此度《こたび》の騒動は全て、この者……愚かにて哀れなるベレンガリア・メービウスの、驕慢《きょうまん》と嫉妬《しっと》に端《たん》を発している! まずは――」

「戯《たわむ》れは、そこまでにしてもらおう!」


 演説を始めようとしたタイミングで、聞き覚えのある声の横槍《よこやり》が入る。

 高位貴族が集まるテーブルから歩み出てきたのは、兄のルーカスだった。


「何が戯れか! 黙って最後まで聞けぃ!」

「聞くに堪《た》えませんな! どのような非を鳴らすにしても、場所と方法は選んで頂きたい! ベレンガリアに如何《いか》なる疑惑があろうと、この処遇は不躾《ぶしつけ》が過ぎる!」

「控《ひか》えろ、ルーカス! 妹を庇《かば》うのなら、お前も裁かねばならぬ!」

「何様のつもりだ、ガスパール! 貴様は王でも大公でもないのだぞ!」


 堂々と反駁《はんばく》するルーカスの態度に、ガスパールは顔に朱《しゅ》を上《のぼ》らせる。

 私からの評価は高まったが、ガスパールからの評価は底に落ちたようだ。


「ルーカス・メービウスは乱心したか、でなければベレンガリアの共犯だ! 速《すみ》やかに拘束《こうそく》せよ!」


 ガスパールの言葉が終わらぬ内に、覆面姿の憲兵か偽憲兵が三名駆け出し、ルーカスを床に捻《ね》じ伏せて手錠をかける。


「なっ――血迷《ちまよ》ったか、ガスッ!」


 かつての呼び方でガスパールを詰《なじ》るも、すぐに猿轡《さるぐつわ》で口を塞《ふさ》がれ強制的に沈黙《ちんもく》。

 目の前で展開される暴力に、学生たちからは悲鳴や怒声が上がる。

 ルーカスの友人らしい上級生――確か伯爵家の次男が、憲兵に抗議するが無言で殴り倒された。

 貴族の子弟が平然と拘束され、更には打擲《ちょうちゃく》される異常事態に、講堂内は不穏《ふおん》さを増していく。


「邪魔が入ったが、改めて説明を続けよう! このベレンガリア・メービウスは、侯爵令嬢という出自と、エンラント大公家が嫡子《ちゃくし》である私、ガスパール・ブラウトリーンの婚約者である立場に驕《おご》り、近年あらゆる面での逸脱《いつだつ》が目に余っていた!」


 阿呆なのに随分《ずいぶん》と滑《なめ》らかに喋《しゃべ》っているが、どれだけ練習を重ねたのだろう。

 不思議に思っていると、奴の視線は傍《かたわ》らの護衛の提《さ》げた紙に向けられていた。

 この見せ場でカンニングとは、どこまでも落胆《がっかり》させてくれる男だ。


「未来の王族の義務である研鑽《けんさん》を放棄し、財貨《ざいか》を浪費しては享楽《きょうらく》に耽《ふけ》り、挙句の果てには平民の男どもを侍《はべ》らせ女王気取り! 私は幾度となく放埓《ほうらつ》を諫《いさ》め、共に未来を歩んでいけるよう説得したのだが……ベレンガリアには届かなかった」


 ガスパールの行動と私の行動が、完全に逆になって語られている。

 それは冗談なのか? と問いたくて仕方ない私の気持ちを置き去りに、フザケた演説はまだまだ続く。


「悩んだ私は、ある人物に相談を持ち掛けた。聡明《そうめい》にして勇敢《ゆうかん》なマルガレーテ・バーゼル男爵令嬢だ……彼女は止まらないベレンガリアの暴戻《ぼうれい》を憂《うれ》い、身分差をものともせずに常《つね》から苦言を呈《てい》していたのだ! そんなマルガレーテ嬢や、忠勇なる友クリスティアン・ネルディンクと協力し、婚約者との絆《きずな》を修復せんと試みていたのだが……」


 自然体で大法螺《おおぼら》を吹きつつ、自分らを被害者の立場に置くガスパール。

 あの尻軽女(マルガレーテ)の下品な媚態《びたい》や、クリスの傍若無人《ぼうじゃくぶじん》な言動は皆も覚えているだろうに、それでも強弁《きょうべん》してくるか。

 どんなデタラメな主張でも、大公家にはそれを真実に変える程度の権力がある、というのは間違いないが……


「ベレンガリアは差し出した手を払い、剰《あまつさ》え理不尽な暴力沙汰に及んだ! そして侯爵家の力を借りて我らを咎人《とがびと》に仕立てると、学園を恐怖で支配すべく暴虐《ぼうぎゃく》の限りを尽くし始めたのだ! 皆も見知っているであろう数々の怪事件は全て、この者が引き起こしていたのだと――ここに告発するっ!」


 とうとう開幕した断罪劇に、講堂内は大きくどよめいた。

 皆は不安げに顔を突き合わせ、各所で何事かを語り合っている。

 少し考えれば、ガスパールの言い分が破綻《はたん》しているのは理解できるはず。

 しかし、理性や知性より感情が優先される場面というのはある――今がそうだ。

 そろそろ反撃に転じるべきか、もう少し待ってボロを出すのを待つべきか。

 決めかねていると、大きな手でポンポンと右肩を優しく二回叩かれた。


「許し難い罪を重ねたベレンガリアだが、それでも私は信じていた! いずれ正道に立ち返り、己の前非《ぜんぴ》を悔《く》いる日が来ると! しかし、その信頼は裏切られた……考え得る限り最悪の形でだっ! 諸君らも噂として耳にしているだろうが……自宅での謹慎を強《し》いられていたマルガレーテ嬢が、何者かによって毒殺された」


 重々しくガスパールが言えば、ステージを注視している皆が息を呑《の》む。

 噂や憶測《おくそく》として周知されていても、それが事実として語られたのを受け止められない、という雰囲気だ。

 ステージからの光景を見て、満足気に頷《うなず》いたガスパールが私に顔を向ける。

 最前《さいぜん》より醜さに磨《みが》きを掛けた、見苦《みぐる》しさの極《きわ》みに達したような笑みだった。


 元が貴公子然とした端整《たんせい》さなのに、よくもまぁ崩れ切ったものだ。

 どこまで性根が腐り果てれば、こうも悍《おぞ》ましい表情を作れるのだろうか。

 珍獣を観察するような気分で眺《なが》めていると、ガスパールが私の襟首《えりくび》を引っ張って強引に立ち上がらせた。


「諸君は既に、この蛮行の首謀者を察しているだろう! だが私は、敢《あ》えてその名を告げて罪を明らかすべきと考える……冷酷無比《れいこくむひ》にして陰険卑劣《いんけんひれつ》な、唾棄《だき》すべき人物の名を! それは――ぁん?」


 恍惚《こうこつ》の表情で溜めに入ったところで、偽憲兵の一人が私の腕を取ってガスパールから身柄を引き離す。

 自らが主演の断罪劇が最高潮を迎えようとする瞬間、突然の妨害を受けることとなったガスパールは、困惑して固まるばかり。

 そして覆面を脱ぎ捨てたラッドは、私の肩をもう一度ポンと叩くと、空気を震《ふる》わせる大音声《だいおうんじょう》を放つ。


「ガスパール・ブラウトリーン、お前だっ!」


 ここに居合わせた殆どが思い浮かべたのは、おそらく私の名だろう。

 なのに、それと異なる――しかも告発者だったガスパールの名が叫ばれ、講堂には衝撃が広がっているようだ。

 見事なタイミングで放り込まれた一喝《いっかつ》は、流れを変えるのに十分な破壊力を有していた。

 そして今度は、聞き慣れぬ金属音が打ち鳴らされ、皆の視線は音の発生源である上方に誘導される。


「兄上ぇ! 衆目《しゅうもく》の中で自らの罪を告白するとは、潔《いさぎよ》さに感動でぇす! 僕も微力ながらお手伝いしたくて、我が家の納屋《なや》に監禁されてたエミール・グリッツバッハ殿をお連れしましたぁ!」


 イベント時に貴賓席《きひんせき》が置かれたりする、講堂上部のギャラリーからとんでもない報告をしてくるのは、ガスパールの実弟であるジークムント(ジギー)。

 一緒にいるのはエミールらしき少年と、彼に肩を貸しているジギーの護衛、そして円形の鐘のようなものを掲《かか》げたテオだ。


 どうやら、反撃の御膳立《おぜんだ》ては整ったらしい。

 軽く力を込めて両手を縛った縄を解《ほど》き、噛んでいた猿轡を投げ捨る。

 乱れた髪を手櫛《てぐし》で整え、体のアチコチを叩いて埃《ほこり》を払う。

 そして、顔中を引き攣《つ》らせて後退《あとずさ》る男に、和《にこ》やかに告げた。


「さて……笑えない道化芝居《どうけしばい》を終わらせようか、ガスパール」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ版『壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~』は、コチラで連載中です!

◎ニコニコ静画

◎カドコミ

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。