第36話 運否天賦になるが、勝ちの目は十分ある
蹴破られたドアを踏み越え外に出ると、部屋の前で待機中だったらしい偽憲兵の一員が、ラッドに背中を踏まれ地面に突っ伏している。
その傍らでは、口から血を流した寮の用務員をリカが介抱していた。
聞けば、強引に踏み込もうとした連中を止めたら、問答無用で殴られたそうだ。
呆れるほどの荒っぽさだ――とにかく私の身柄さえ確保できれば、後はどうとでもなると考えていたのか。
「それで姫さん、この憲兵モドキは何なんだ」
「ほう、よくパッと見で真贋がわかるな、ラッド」
「ああ、コイツのイヤリングだよ。勤務中の憲兵は宝石や貴金属、それに多額の現金の所持が禁じられてる」
「ん……なるほど、賄賂や強請の防止策か」
この頃には、そんな規則が存在していたのか。
未来で王妃となる頃には、影も形もなく消滅していたが。
それはさて措き、偽憲兵が現れてからの流れと、その後に起こると思しき展開を簡単に説明する。
「マルガレーテ暗殺の嫌疑で姫さんを拘束して、パーティの最中に断罪劇を繰り広げる、か……その可能性については、テオも言ってたけど」
「でも全部でっちあげだし、ベル様に反論されたらお終いじゃないの?」
リカの疑問は尤もなのだが、人は己の都合で常識を捻じ曲げる。
「どうかな……私は発言を封じられるだろうし、ガスパールもそれらしい証拠や証人を用意してくるだろう。何より学生の大半は、非道の限りを尽くしてきた悪虐令嬢――つまり私に正義の裁きが下されるのを、喝采を持って迎えるはずだ」
「そんな……ベル様は何もしてないのに!」
「実際にどうか、は問題ではないのだ。様々な事件への私の関与など信じてなくとも、私が消えて騒動が収まるならば皆はそれを歓迎し、話はそこで終わる」
私の言葉にリカは泣きそうな顔で黙り、ラッドは興味深そうな微笑だ。
どんな感情なのだそれは、と思いつつ睨めば、小さく手を振って言う。
「いや、すまん。言い方はちょっと違うが、テオも自分が姫さんを追い込むならそんな感じの状況を作り上げる、って言ってたんでな」
「フハハッ――あれがそう言うなら、きっと敵も似たような罠を用意しとるな」
「あぁもう! こんな大変な時に、テオはどこ行ってるの?」
「あいつはあいつで、姫さんのため色々動いてる。今はたぶん、行方不明のエミール……何とかを救出中だ」
エミール・グリッツバッハか……居場所がわかっているなら、ガスパールらが手下をパーティ会場に集めている今は、救出には絶好のタイミングだとは思うが。
ただ、私が黒幕との欺瞞情報を信じていた場合、助けてやっても敵側に立って発言する危険がなくもない。
「拘束されての連行は避けられたが、このままパーティに乗り込んでもガスパールの号令一つで捕らわれかねん……かと言って、逃げれば今度は本物の憲兵が追ってくるやも」
「ここまで大掛かりな工作をしてくる相手だからな……でっちあげの暗殺容疑でも、強引に事を進めてくる危険はある」
「だったら、捕まったフリしてみるのはどう?」
ここからどう動くか私とラッドで頭を悩ませていると、リカが思いがけない一言を放り込んでくる。
「それだ! 俺とリカが憲兵に扮して、姫さんを会場に連れてけば……」
「予定通りの進行だと判断して、ガスパールが茶番劇を開始する可能性が高い」
「そこで拘束を解いて、一暴れして敵を黙らせてから、裏のカラクリを明かす」
「ふむ……理屈としては上手く行きそうだが、会場の学生たちの反応が読めん」
「そこらは無視できねぇな……ガスパールが扇動用の手下を用意してたら、空気を都合よく染め変えられるかも」
穴の多い計画に迷いが生じていると、リカが声を張りながら言う。
「でもでも、何をするにも失敗の確率は残るんだからさ、一番よさそうなのに賭けるしかない! ……と、アタシは思うんですけど」
後半でトーンダウンしてしまったが、言ってることはその通りだ。
最初から、こちらが圧倒的に不利なルールに付き合わされているのだ。
だから心配したって仕方がないし、逃げられないなら闘うしかない。
それに、帝国軍が圧倒的有利な状況を何度も逆転してくれた、最強最悪のコンビであるコンラッド・ヴェンゼルとテオドール・ユンカーが、今は味方にいる。
この二人なら、どんな状況でも何とかなると期待してもいいだろう。
「よし、リカの案を採用だ……ミナ!」
「はい、既に憲兵の制服は準備しておきました。所持品の方はあちらに」
所持品はサーベルの他に刃先の湿ったナイフ、覆面や謎の薬瓶など。
覆面は二人の正体を隠すのに役立ちそうだが、ナイフや薬瓶は私を冤罪に陥れるために用意されたアイテム、という気がしなくもない。
これらは現場に持ち込まないとして、今後の計画をザックリと決めていく。
綿密に決めたところで、どうせ計画通りには運ばない。
だいぶ運否天賦になるが、勝ちの目は十分ある。
「どんな優秀な参謀が背後にいようと、相手はガスパールだしな」
何と言っても、私が築いてやった帝国をあっさり滅ぼした無能だ。
未来を知らないラッドたちは、笑う私に怪訝な目を向けてきた。
※※※※※
開始から一時間ほど経過したパーティ会場――学園の大講堂は、陽性の騒がしさに満ちていた。
そこへ現れた五人に気付いた者は口を閉ざし始め、場内に緊張感のある静寂が広がっていく。
覆面を着用した四人の憲兵と、後ろ手に縛られ腰縄を打たれた標準服の女。
口には猿轡を噛まされ、白銀の断髪は乱れて汚れが目立っている。
この場でも話題になっていたであろう、学園を混乱させている張本人。
ベレンガリア・メービウスが連行される姿に、皆は驚きを隠せずにいた。
憲兵が顔を隠すのは、後の報復が危惧される状況での出動時のみ。
それはつまり、私が公権力によって捕縛されたのを示している。
事情を察した者たちは、悪意や侮蔑や憐憫を言葉にして突き刺す。
「あれは、メービウス家の……」
「高位貴族でありながら、何と無様な姿だこと」
「おお、ついに悪が報いを受ける日が来たか!」
「災厄令嬢も、これで終わりですわね」
背後からギリッと歯軋りが鳴る――腰縄を持つリカが御立腹のようだ。
ここで暴れたら予定が盛大に狂うので、しばらくは我慢してもらわねば。
中身がラッドの憲兵は、リカの肩を叩き小声で何らかの注意を与えている。
前を歩く二人――会場入りの直前に合流した本物の偽憲兵は、今後の展開を知っているのか興奮で息が荒い。
あの後、偽憲兵のボスを尋問して、知る限りの情報を吐かせた。
こいつらの雇い主はガスパールで、主な任務はパーティの行われている大講堂に、開始からしばらく経ったタイミングで私を連行すること。
薬瓶の中身は毒物で、私の部屋で発見されマルガレーテ暗殺の証拠品となる。
ナイフにも毒が塗られており、断罪の場で私が隠し持っているのが発見され、容疑は更に濃厚に――
「どうした!? 何事だっ!」
「王太子殿下の御前であるぞ! 何だ、その者らは!?」
異変に気付いたようで、王太子の側近らしき連中が怒鳴る。
仕事できる感を出すなら、まず出入口の警備を固めろ、と言いたくなるが。
参加者たちが避けて作られた道を進み、私たちは講堂前方へと辿り着く。
王太子アルブレヒトを中心に、高位貴族の子女が集まっているエリア。
私の兄ルーカス、今はアルブレヒトの婚約者で後に王妃となる、内務卿トヴィアス・ブンメル侯爵の娘マルティナ、私を敵視している後のガスパールの側妃ペトロネラといった、見覚えのある顔が並んでいた。
護衛たちが、何か起きた時に備えて壁を作る。
アルブレヒトは、いつもの曖昧な表情ではなく明確に不快を示している。
ルーカスには変事が起きる可能性を伝えていたが、予想を上回るものが出てきたのか顔色がおかしい。
マルティナを始めとする他の面々は、困惑や嫌悪や好奇の目で私を見据える。
ペトラだけは品のない笑顔を向けてくるが、ガスパールから事情を知らされているのだろうか――
「諸君! 騒がせてしまったようだな……だが、もう少し時間をくれ!」
アルブレヒトらの背後にあるステージから、朗々とした声が放たれる。
皆の視線の先に現れたガスパールは、無駄に端整な顔に満面の笑みを貼り付けていた。
計画の成就を確信し、これから繰り広げられる茶番劇の主演俳優として、喝采を浴びるのを夢想しているのか。
その両隣に控えている二人の覆面偽憲兵は、どうやら護衛役のようだ。
「この数ヶ月、学内で続く怪事を皆も憂いていたことだろう……しかし、それも今日で終わる! 全ての元凶である、陰謀の主は既に囚われの身だっ!」
熱に浮かされたように述べると、スッと腕を上げてコチラを指差す。
そんな芝居がかった仕草に吹き出しそうになるが、猿轡が失笑を防いでくれた。
皆の視線はガスパールから私に移り、静寂を破ってざわめきが広がっていく。
「そいつを連れてこい……罪の重さ、そして深さを思い知らせる!」
偽憲兵と偽偽憲兵に囲まれた状態で、私はステージに上げられた。
衛兵たちは、止めた方がいいだろうとは思いつつも、相手が王族なので手出しを躊躇している様子。
側近たちがアルブレヒトに何か言っているが、王太子は首を振って拒絶。
従弟のやることに口を挟めないのは、この頃から始まっていたらしい。
そしてガスパールは、ラッドに膝裏を蹴られて跪かされた私を見下ろし、腹の底からの高笑いを響かせる――




