第34話 アイツへの気持ちは――同情とかそういうものだな(★)
※今回はコンラッド(ラッド)視点、寮の部屋でのテオドールとの会話です
「なぁ、テオ……昼に言ってたアレは本当か?」
「どれのことかな? 色々と話してたけど」
「敵さんがパターンを変えてくる、っての」
「ああ。十中十二、三そうなるね」
「100%をあっさり超えてくるなよ」
苦笑しながらの抗議に、テオは何とも言えない曖昧な表情を返す。
この感じは、冗談ではなく本心を語っている時のやつだな。
「何をしてくる、って予想してんだ」
「アチラの目的にもよるけど、基本は直接攻撃だろうね」
「闇討ちされる対象が、姫さんや俺たちになるってことか?」
「じゃなくて、反論や否定の手段を封じた状態で弾劾や告発を行い、全ての元凶がベルさんだと既成事実化する……だろうね、ボクだったら」
「ここまで悪評が広まってるなら有効だろうが……皆が信じるか?」
ちょっと仕込みが雑じゃないか、との疑念も含みつつ訊いた。
するとテオは、僅かの迷いもなく即答してくる。
「不安や恐怖を増幅させるのは『わからなさ』なんだよ。誰がやってるのか、何が起きてるのか、いつまで続くのか、どこまで激化するのか。それがわからないままの宙ぶらりんに、人はそう長く耐えられない」
「まぁ、何をやるにも情報不足なのは困るが……」
「わからなさに怯えて、迷妄状態に陥ってる連中の前に、いかにもそれっぽい『真相』を放り投げれば、飛び付くに決まってるよね」
「信じるかどうか、じゃなくて信じたいかどうか、ってわけか」
俺の理解に対し、テオは「正解」と言いたげに指を差すポーズをとる。
怪事や凶事の全てがベルの仕業、ってことにできれば話はシンプルだ。
悪役令嬢を吊るすなり追放するなり、とにかく排除するのに成功すれば、学園の平和は取り戻せる……と、考えても不自然ではない。
そう思考を誘導されているのは不自然なんだが、動揺して鈍麻した頭ではラクな方へと流されがちなのだろう。
「姫さんを断罪するにしても、その茶番を開催する場はどうするんだ」
「何かしらのイベントに捻じ込むか乗っとるか、辺りかなぁ」
「近々でそれに使えそうなのは……あるな。王太子の誕生パーティが」
学園の教育課程は前期と後期に分かれ、学期が終わると長期休暇が始まる。
で、王族や大貴族の子弟が在学中だと、そいつら主催で何かしらのパーティが休暇前に行われる場合があった。
今回は、二学年上の王太子の誕生パーティが企画されている。
そこに便乗して何かある、ってのが予想されるが――
「効果的なのは間違いないが……王太子の面子を潰すことになるし、途中で阻止されるんじゃないか」
「止めるに止められない相手なら、どうにでもなるよね」
「ガスパールが出てきたら、止められるのはアルブレヒトだけか」
「だね。あの無能には何も出来ないだろうし、要するに無理」
不敬な態度で王太子を斬って捨てる、テオの言葉は否定できない。
国王グスタフ5世は凡庸そのものだが、王太子アルブレヒトもその血脈を見事に継いだ感のある、非才の片鱗を至る所で発揮していた。
温厚で善良な人柄は評価できるが、能力面ではだいぶ不安が残る。
ガスパールよりはマシだろうが、主君として仰ぐのはどちらも遠慮したい。
「会場警備の衛兵に根回し……は、俺らじゃ無理だな」
「というか、相手側が色々と仕込んでる可能性も高い」
「頼れそうな貴族の知り合いもいないし、姫さんも友達いなそうだからなぁ……参加せずに避難する、ってのはダメか」
「ダメじゃないけど、また別の機会を狙われるだけだ。ついでに、その間も各種攻撃は続くハズだ」
「最悪だな……なら、仕掛けられた罠を食い破るのが、一番被害が少なくて済むか」
俺の言葉に、テオは眼鏡の位置を直しながら応じる。
「ボクらは、自分の身くらい守れる。ベルさんも、まず大丈夫だ。でもリカはそうじゃない。四六時中ずっと護衛はできないし、侯爵家の庇護もいつまで続くやら」
「いや、姫さんは半端なところで見捨てたりはしない、と思うが……」
「彼女はだいぶマシ、というか学内では指折りの開明派だろうね。でも、結局は貴族だ。根本の部分では、自分らと平民を別の生き物と認識してる。連携や共闘は出来ても、信用や信頼するのは危うい」
唐突に蟠りを吐き出す幼馴染の姿に、傷の深さを再確認させられた。
俺やリカにも同じ傷があるが、テオのそれは未だに血を流し続けている。
「テオ……流民街と孤児院を焼いたのは、姫さんじゃないぞ」
「わかってる。でも、彼女と同じ貴族共の仕業だ。ミーシャ、レーカ、ギゼラ、それにスタン……あいつらは今どこにいる? 焼け落ちた瓦礫に埋もれ、ゴミとして捨てられ墓標もない。ボクらが忘れたら、もう存在した事実すら残らない」
表情を消してではなく、柔和な笑顔でこれを言ってくるのがテオだ。
反論しても論破されるのは間違いないので、黙って小さく頭を振る。
「それとね、ついさっき耳にした情報で真偽不明なんだけど……マルガレーテ・バーゼルが死んだ、って話がある」
「マルガレーテ、って……ガスパールの愛人だった男爵令嬢か!」
「瀕死の重態説もあって、どちらが正しいかわからない。共通してるのは、毒を飲んだらしいって点だね」
「実際には自殺や事故でも、誰もそんなの信じないだろうな」
「婚約者のいる男を寝取ったカスなのに、悲恋の主人公だって裏話が何故か流されてたのも、この最期を踏まえての計画だったのかも」
この状況でマルガレーテが死んだ、という結果に対して人々が求める原因は、ベルによる暗殺しかないだろう。
タイミングが絶妙すぎて、普通ならば何者かの工作だと疑ってかかる。
しかし、学園で起きている一連の事件をベルの仕業と認識しているなら、マルガレーテの怪死もその流れに組み込むのが自然だ。
そして、こんな大事件を引き起こしたからには、侯爵令嬢とはいえ引導を渡される瞬間も近い、と予想する――
「しかしなぁ……姫さん一人を追い込むのに、そこまでするのか」
「大貴族なんてのは殆どが、自制心がゼロで自尊心が天井知らずだ。大公の嫡子で王位継承権もあるようなヤツなら、恨み骨髄な相手をどんな手段を使ってでも始末するだろうね」
「でも、ガスパールにとってマルガレーテは特別、だったんだろ?」
「どうだかね。本当に恋愛感情があったのか、単なる欲望の捌け口だったのか。どっちにしても、使い捨てられる程度の利用価値しかなかったんだね」
「真相がその通りなら、ガスパールの野郎はテオの貴族観まんまな、驚きのクズ思考で動いてるってことになるが」
皮肉交じりに言えば、テオは否定も肯定もせずにジッと目を見てくる。
たまに見せるこの態度は、内心を見透かされているようで昔から苦手だ。
「ベレンガリア・メービウスに、特別な感情を持つのは構わない。だけど、優先順位を間違えないでくれよ、ラッド」
「そんな感情は――」
ない、と断言するのはちょっと難しいな。
護衛を担当した当初は、反感や悪印象しかなかった。
だが、共に過ごしてきた日々でそんなものは消滅している。
「評価はしても、期待はするべきじゃない。裏切られたり底が見えたりの時、残るダメージが違ってくる」
「それは、そうだろうが……まぁ、大丈夫だろ」
「ベルさんが貴族令嬢として異端で、その外れ方がボクらにとって好ましいのは間違いない。でも、好感を踏み越えて好意になってしまうと、判断を誤らせるかもしれない。そもそも顔が良すぎる時点で、周囲を幻惑してると言えなくもないし」
「気を付けてどうなるモンでもなさそうだが……気を付ける」
俺からベルに向けての感情は、果たして好意なのだろうか。
身分差ある相手に対する隔意のなさと、貴族令嬢らしからぬ豪胆で大雑把な性格に、惹かれてはいる。
だが、彼女との関わりを深くしたいと思わせた最大の理由は、表面上の眩しさの奥に潜むものへの興味だった。
何気ない会話の中に混ざってくる、血を吐くかのような悔恨。
不意に浮かんではすぐに消える、絶望を見据えたような表情。
どちらも、取り返しのつかない『何か』を抱える奴に特有の、無意識での感情の漏洩だ。
俺たちと同じく、ベルにも塞がらない傷が、きっとある。
だから、アイツへの気持ちは――同情とかそういうものだな、うん。
「とにかく、誕生パーティに合わせて仕掛けてくる前提で対処しよう。ボクはまず、行方不明のエミール・グリッツバッハを捜してみる」
「俺は、姫さんとリカの警護だな……なぁテオ、もしパーティをぶち壊すような流れになったとしたら、止まるべきか?」
「それも『優先順位を間違わないでくれ』だよ、ラッド」
王太子がどうなろうと、心の底から興味がない。
テオの姿勢のブレなさを見せられ、ただ頷くしかなかった。




