第33話 寒気のする仮説が浮かんだ
昼休みに私の自室でラッド、アンジー、テオドールと共にテーブルを囲む。
ミナに用意させた、鶏肉のシチューと白パンをメインにした簡単な食事が大体終わったタイミングで、相談すべき用件を切り出した。
「で……何事が起きている?」
「闇討ち、だね。ボクが把握してるだけで、この一週間で七件」
「日に一人ペースかよ……学園の方では対策してねぇの?」
ラッドに訊かれたテオドールは、ゆるゆると頭を振る。
「事件にも気付いてるかどうか。知って無視してるヤツもいそうだけど」
「それは私が犯人と疑って、メービウスを敵に回さないようにしているのか」
「あるいは、侯爵家の敵対勢力の工作と考えてるのかも。何にせよ、誰だって貴族のイザコザになんて巻き込まれたくないでしょ」
皮肉な調子を混ぜてくるテオドールだが、その発言は否定できない。
講師も衛兵も学生も、目の前で犯罪が発生したら流石に止めるだろう。
だが、被害者も加害者も表向き存在しない事件に敢えて触れるのは、余程の酔狂か過度の愚直。
どちらにしても、長生きは出来そうもない性格と言える。
「ベル様っ!」
「どうした、アンジー」
「シチュー、もう一杯もらってもいいですか」
「あ、ああ……ミナ、頼む」
何か閃いたのかと思えば、腹ペコぶりを発揮しているだけだった。
標準的な体型なのに、シチューは三杯目でパンもバクバクいっている。
ラッドもテオドールも、アンジーの大食いに対して何も言わない。
いつもこんな風だとすると、創作には大量のエネルギーが必要なのか。
幸せそうに食べるのを見ていたら、フッと視線を逸らして言い訳を繰り出す。
「いやあの……このシチューがですね? 食べ慣れてるのに似てるんだけど、何だか難しい味がするし、お肉が沢山入ってるし、野菜が甘いしで、とにかく美味しくて……」
「確かに、ガキの頃から飽きるほど食ってきたゴッタ煮に、見た目や食感は似てるのにホント別物だな……俺も、もう一杯もらうか」
「まぁ、好きなだけ食うがよい。それはそうと、闇討ちされた者や被害の詳細についてはどうだ」
昼食の第二ラウンドを開始した二人を放置し、テオドールを相手に話を進める。
「最初の犠牲者と推定されるのは、二年生のマルコ・マルティーニ」
「んん? 知らん名だ」
「オルランド・ミドゥアのクラスメイトだけど、友人なのか知人なのか、詳しい関係性は不明。親は騎士だ」
「そいつに、何があった?」
「休日に街まで出た時に、貧民街で襲撃を受けたらしい」
学園では立ち入りを禁止しているものの、ちょっとしたスリルや非日常を求める男子学生たちは、貧民街へと入り込んでは怪しげな酒場や娼館を訪れ、そこでのアレコレを武勇伝のように語っている。
マルコとやらも、そんな小冒険の最中に奇禍に遭ったのだろうか。
「単独行動とは珍しいが、そこまで腕に覚えがあるのか」
「武芸も学業も、中の下ってトコだね。怪我は酷いけど、命に別条はない程度」
「具体的には、どんな有様だ」
「袋叩きにされて全身痣だらけ。アバラは三本折れて、右の肩骨がグチャグチャだ。ついでに舌を中ほどまで縦に裂かれ、両手の親指を落とされてる」
無惨な状況を想像してか、アンジーが顔を顰める――が、スプーンは止めない。
命に別条はなくとも、騎士として戦場に立つのは無理であろう怪我だ。
貧民街で喧嘩騒ぎに巻き込まれるとか、財布を掏られるとかの話は時々聞いていたが、ここまで回復不能の傷を負わされる例は初耳だ。
「犯人はフードを深くかぶった、性別年齢不詳の四人か五人組、だってさ」
「人数すら数えられんのか……マルコが私から襲撃を受けそうな理由は?」
「オルランドとの試合中、ベルさんのサーベルが折れただろ」
「ああ。恐らく、そうなるよう細工されていた」
「アレは受け方が下手だから折れただけ。高潔なオルランドは騎士道精神を発揮して攻撃の手を止めたのに、ベルさんは卑怯にも背後から首を絞めて昏倒させた。あの蛮族女にはいずれ相応しい報いを与えねばならない……マルコはそう吹聴して回ってたらしい」
「それを……素面でか?」
「だね。酔っていてもアウトだけど」
いくら私を軽く見ていても、メービウス家の人間への誹謗と、危害を加えるかのような予告を触れ回るとは、マルコは何を考えているのか。
オルランドへの同情だろうと私への反感だろうと、一線を越えている。
騎士の倅が大貴族への侮蔑を公言して、冗談で済むはずがない。
父や私が許したとしても、貴族社会の秩序を重んじる者たちに排除される。
そう考えると、舌と指二本で終わらせたのは温情と言えなくもないが……
「マルコの件が広まった後に『襲わせたのはベルさん』と面白半分に食堂で語ってた平民の一年生二人は、どちらも実家が燃えた」
「……死傷者は」
「出てない。でも、どっちも家財は全部灰だね。男子の犠牲者はもう一人いて、男爵家の嫡男エミール・グリッツバッハ。コイツは、ガスパールの護衛たちへの退学処分は不当だと主張しつつ、その元凶であるベルさんを弾劾する署名活動をしてた」
「つい先日まで空気だったのに、私も随分と存在感が増したものだ」
おどけて言ってみれば、想像以上に場の空気を沈ませてしまった。
会議が反省会や残念会にシフトしそうなので、質問で話を変える。
「それで、そのエミールはどうなった」
「荒され放題な寮の部屋に、休学届だけ残して消息不明」
「まず間違いなく拉致監禁されとるな。誰も騒がないのが不思議だが」
「置手紙は本人の筆跡と認められたし、容疑者が容疑者なんで、ね。これから五日経っても帰ってこなけりゃ、流石に動きはあるんじゃない」
「……メービウス家の威光が、何者かに悪用されているのだな」
「そういうこと。仕掛けてるヒトは、何とも厭らしい手を打ってくるね」
普通なら荒々しく吐き棄てそうな言葉だが、テオドールはどこか楽しげだ。
「残る三人は女か……心身に傷が残るような被害は」
「どうかな。三人揃って、とんでもない辱めを――おっと、落ち着いてベルさん。たぶん、アナタが思ってるのとは違う」
「何をされた!?」
「ボクを威圧してどうするの……彼女らは、全員バッサリと髪を切られてる。今のベルさんと同程度の長さにね」
テオドールの返事を聞いて、跳ね上がって浮かした腰をまた椅子に下ろす。
この時代の一般常識や少女世代の意識からすると、意思に反して髪を切られるのは手足を失うのと同等の絶望感があるだろう。
いずれ伸びるものとはいえ、それまでの年月を断髪のままで過ごすとなると、引き籠ってしまってもおかしくない。
「ところで、三人にはどんな行動があったのだ」
「ベルさんやリカの噂を流すのに、中心的な役割をしてたみたいだね。一人目はローベルト・ゾンネマンと同じクラスの豪農の娘。二人目はどこぞの子爵令嬢のメイドで、三人目はペトロネラ嬢の取り巻き一号」
「ペトラが連れてるのは、それなりに高位の貴族家だったはずだが」
「クラナッハ伯爵家のウルスラ嬢だね。事件の翌日から誰にも会わず、自宅で静養中」
「むぅう……」
テオドールからの説明を聞き、半ば無意識に唸り声が出た。
「私は無関係と主張しても、信じて貰えんだろうな」
「でも姫さん、あまりに露骨すぎて疑うヤツもいるんじゃないか?」
ラッドの述べる希望的観測は、テオドールに一蹴される。
「いても極少数だろうね。むしろ、堂々と報復することでメービウス家の権力を誇示してるんじゃないか、と穿った見方をされそうだ」
私はこの流れをよく知っている――というか何度も味わってきた。
身に覚えのない悪事を背負わされ、身動きが取れなくなる状況。
どれだけ証拠や証人を用意して無実を訴えても、殆ど効果はない。
いくらでも捏造可能な立場の強さが、疑惑を際限なく増幅させる。
藻掻いても藻掻いても抜け出せない、あの心境を再び経験するとは。
手を変え品を変え、怪事や変事の責任が回ってくるよう仕組まれて。
気が付いてみれば、弁解の余地なく『暴虐皇妃』と成り果てていた。
状況のあまりの再演ぶりに、まさかと思いたい疑念が脳裏を過ぎる。
未来で私を陥れる人物が、この状況をコントロールしている可能性は。
寒気のする仮説が浮かんだと同時に、ラッドが重たい溜息を吐いて言う。
「予防法はナシ、対処法もナシか……どうにかなんねぇの、テオ」
「ボクの予想が正しければ、そろそろ敵はパターンを変えてくるはず。ベルさんが反撃に転じられるのは、そのタイミングだね」
「ベル様だけじゃないでしょ、テオ……これはもう、アタシたちの問題だし」
テオドールの言葉に、三杯目のシチューを空にしたアンジーが反論する。
確かに、私が巻き込んでしまった感はあるな――
反射的に謝罪を述べそうになるが、彼女が言っているのはそういうことではないな、と気付いて口を噤む。
離れた場所から眺めているミナは、何故か満面の笑みだ。
「だからベル様、仲間意識をイイ感じに高めるために、まずアタシのことはリカ、テオはテオって呼びましょう!」
「まず最初がそれ?」
「うるさいよラッド! こういうのが一番大事なの」
「じゃあ、ボクは今後メービウス侯爵令嬢、って呼ぶね」
「どうして心の距離を広げていくの!?」
しばらく前まで、この三人との間に壁があるのを感じていた。
だが今なら、自分がここに加わっても違和感を憶えずに済みそうだ。
私を破滅の淵まで追い込んだコンラッドとテオドールに対しては、正直まだトラウマを払拭しきれてないが――




