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壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
1章 青き日々に正解を求める

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第32話 信頼性の低下ぶりが著しい

「少々お話よろしいですか、ベレンガリア様」

「それは、今すぐでなければならんのか?」

「なるべく早く、お伝えするべきかと思いまして」


 怒気《どき》を緊張で包《くる》んだような、感情を押し殺しての小声。

 常に軽薄《けいはく》な優男《やさおとこ》を演じている、イザークという男には不似合いな態度だ。

 となると、何か深刻なメッセージがある、と考えるべきか。

 護衛のラッドが離れている時に、真意の見えない相手と二人になるのは、若干《じゃっかん》どうかと思わなくもないが――


「ふむ、それでは手短に頼む」

「できれば、人目《ひとめ》がない方が……」


 言葉を切った先にあるのは「そちらのためになる」だろう。

 警戒心より好奇心が勝ったので、イザークについてBクラスの教室を出る。

 人通りの少ない、空き部屋が並んだ辺りまで来ると、不意に足が停まった。

 暗器《あんき》での奇襲を避けるため、二歩分ほどの距離は空けておく。

 そして、背を向けたままのイザークへと静かに問う。


「で? 話とは何なのだ、イザーク」

「話、というか『お願い』ですよ、ベレンガリア様」


 振り返って言うイザークの表情は、苦々しさに彩《いろど》られていた。

 これは冗談で流せなそうだ、と判断して続きを促《うなが》してみる。


「聞くだけは聞こうか」

「今の貴女《あなた》のやり方は、あまりに無茶だ」


 何の話かサッパリなので、小首を傾《かし》げて疑問を端的《たんてき》に表現する。

 すると「トボケんなよ」と言いたげに、鋭い視線を投げてくるイザーク。

 それに私が無反応なので、諦めたように頭《かぶり》を振ってから言う。

 

「あくまで無関係だと主張するなら、独《ひと》り言だと思って聞き流してください……貴女の立場からすれば、明確な敵対者は放置できないでしょう。それに、潜在的な不穏分子《ふおんぶんし》を野放しにしたくない、という気持ちもわかります。しかし、しかしですよ……何事にも限度があるでしょう!」


 今更になって、闘技場での一件を蒸し返したのではないだろう。

 となると本気で何のことかわからないので、黙ってイザークの語りを待つ。


「敵を排除するにしても、選んだ手法が苛烈《かれつ》に過ぎます。いくら背後にいる存在を見通したにしても……相手は未《いま》だ若く、思慮《しりょ》が浅くとも仕方のない学生なのですよ!?」

「刃《やいば》を握るのが幼子でも老人でも、首を裂かれたら人は死ぬぞ」


 何となく状況は見えたが、捨て置けない発言には反論しておいた。

 イザークは暫《しば》し言葉に詰まった後、茶色の髪を掻《か》き混ぜて溜息を吐く。


「ならば、刃を捨てさせればいい! 腕ごと斬り飛ばしては、取り返しがつかない。恐怖や不安で人を従わせるのは、効果的で合理的でしょう。しかしながら、ある一線を越えてしまえば全てが反転する危険もある。その程度の道理、貴女が弁《わきま》えてないとも思えないのですが……御父君《ごふくん》の意向による処置、なのですか」

「だとすれば、お前は如何《いか》にする」


 問い返してみれば、イザークは冷え冷えとした眼で見据えてくる。

 これまでに見たことがない、本音がそのまま表出したかのような態度だ。

 だが、それは半秒ほどで消え失せ、苦笑を浮かべていつもの調子で言う。


「この非才非力の身では、どうも出来ません……だから『お願い』なのですよ、ベレンガリア様。過度の御無体《ごむたい》は控えてください、と唯《ただ》それだけの」

「しかしな……私としては、心当たりがない」

「っ! ……そうですか。そう言われてしまったら、もうお手上げです」

「まぁ待て、イザーク。本当に何だかわからんのだ。曖昧《あいまい》に暈《ぼか》さずに直截《ちょくせつ》に話してみろ」


 話を打ち切られそうになったので、コチラの本音を出してみる。

 イザークから戻ってきたのは「トボケんなよ」と言いたげな鋭い視線の再演。

 信頼性の低下ぶりが著《いちじる》しい――元から高かったとは言えないにせよ、返《かえ》す返《がえ》すも噂とは厄介だ。

 どういう角度で説得するか迷っていると、結構な速度で駆けてくる足音が。

 振り返って確認すれば、私を探しに来たのであろうラッドだ。


「一人でウロチョロすんなって、姫さんっ!」

「イザークが一緒だ、一人ではない」

「一人より拙《まず》い。そいつは高位の貴族令嬢でも平気で口説いてくるぞ」

「信用ないですね……いくら何でも、メービウス家の御令嬢に言い寄るほど、命知らずにはなれませんよ、コンラッド」


 イザークは先程までのシリアスさを捨て、いつも通りの軽さを滲《にじ》ませる。

 内実《ないじつ》の見えてこない人物だが、第一印象から伝わってきた二面性よりも、更に複雑なものを抱えているのは確かだろう。


「どうにも私の扱いが悪くないか?」

「それは失礼……先程の諫言《かんげん》、心に留めてくださいますよう」


 軽く不満を述べると、イザークは頭を下げて足早に去っていった。

 その背中を見送った後、ラッドは私の両肩を掴んで疲労感を全開にする。


「頼むぜ、姫さん……教室にいりゃ大丈夫だろうと置いてった、俺の判断の斜め上を行くのは勘弁してくれ」

「すまんな。だがまぁ、あの程度なら私だけでも制圧できる」

「クラスメイトに対して、普通『制圧』って単語は出てこねぇんだよ。それに、連れて行かれた先に伏兵ってパターンもあるだろ」

「ふふん、心配いらん。意外に思うだろうが、私は逃げ足も速いのだ」

「どうして自慢げなんだよ……立場の微妙さ、もうちょい自覚しろって」


 目を見て説教されてしまうと、流石に申し訳なさが生じなくもない。

 それはそうと、野性味が豊富な風貌《ほうふ》だが、髭《ひげ》は目立たないのだな。

 遠くから響く鐘の音を聞きながら、鼻の下や顎《あご》をまじまじ見詰める。

 するとラッドは距離の近さに気付いたか、スッと手を離して言う。


「あー……それで、イザークとはどんな話を?」

「どうやら、学内で我らの敵だと見做《みな》されている連中に、相当の被害が出ているようだ。言うまでもないが私は与《あずか》り知らぬし、こんな悪手《あくしゅ》は父も打つまい」

「となると、姫さんの仕業にしたい誰かがいる、ってことか」

「うむ。元より敵対関係にあるのだから、被害者の自作自演すら考えられる」

「いよいよ手段を選ばなくなってきたな……」

「呑気《のんき》に言っとる場合か。恐らく、お前は私の命に従って動いている、実行犯と疑われているぞ」


 私が指摘すると、ラッドは虚《きょ》を突かれた表情で固まる。

 すぐに自分が容疑者となる理由に思い至ったようで、首筋を撫《な》でながら天を仰ぐ。


「いつから始まって、どの程度の被害が出てるんだ?」

「詳しい話は聞いとらんが……過剰なダメージを残す襲撃事件が複数回あった、というのは間違いなかろう」

「なのに、噂が広まってないのも不自然だな」

「皮肉なことに、事件の存在が脅迫として機能しているのだろうな。ベレンガリア・メービウスには逆らうな、関わるな、触れるな、という感じに」

「最近、姫さんやリカの周辺が静かだった原因はコレかよ」


 ラッドの言葉に、アンジェリカの様子を確認させていたのを思い出す。


「そういえば、アンジーの方はどうだった」

「不気味なぐらい何もないけど、周囲の態度が姫さんにやらかした直後より余所余所《よそよそ》しい、だそうだ」

「どんな連中が標的にされたのか、具体的に知りたいところだが」

「たぶん、テオだったら多少は調べてるんじゃないか? アイツは何をやらせてもソツがないから」


 自分や仲間に危険が及ぶ状況であれば、テオドールならば徹底的に調査して原因を潰しに掛かるだろう。

 革命軍の切り崩しや情報収集、それに暗殺を目的とした潜入工作は、何度試(こころ)みても不自然なほどの速度で失敗したものだ。

 まだ数回しか顔を合わせていないが、今のテオドールも本質的には三十年後と変わらない、と断言できる。


「そうだな……昼休みにでも呼び出して、話を聞くとしよう」

「おう、今日はリカも呼んで四人でメシ食うか」

「メインは食事でなく作戦会議、というのを忘れるなよ?」

「わかってるって。それより、現在進行形で何か忘れてるような……」


 授業の開始を告げる鐘が、数分前に鳴っている。

 それに気付いた私とラッドは、小走りで教室へと急いだ。

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