第32話 信頼性の低下ぶりが著しい
「少々お話よろしいですか、ベレンガリア様」
「それは、今すぐでなければならんのか?」
「なるべく早く、お伝えするべきかと思いまして」
怒気を緊張で包んだような、感情を押し殺しての小声。
常に軽薄な優男を演じている、イザークという男には不似合いな態度だ。
となると、何か深刻なメッセージがある、と考えるべきか。
護衛のラッドが離れている時に、真意の見えない相手と二人になるのは、若干どうかと思わなくもないが――
「ふむ、それでは手短に頼む」
「できれば、人目がない方が……」
言葉を切った先にあるのは「そちらのためになる」だろう。
警戒心より好奇心が勝ったので、イザークについてBクラスの教室を出る。
人通りの少ない、空き部屋が並んだ辺りまで来ると、不意に足が停まった。
暗器での奇襲を避けるため、二歩分ほどの距離は空けておく。
そして、背を向けたままのイザークへと静かに問う。
「で? 話とは何なのだ、イザーク」
「話、というか『お願い』ですよ、ベレンガリア様」
振り返って言うイザークの表情は、苦々しさに彩られていた。
これは冗談で流せなそうだ、と判断して続きを促してみる。
「聞くだけは聞こうか」
「今の貴女のやり方は、あまりに無茶だ」
何の話かサッパリなので、小首を傾げて疑問を端的に表現する。
すると「トボケんなよ」と言いたげに、鋭い視線を投げてくるイザーク。
それに私が無反応なので、諦めたように頭を振ってから言う。
「あくまで無関係だと主張するなら、独り言だと思って聞き流してください……貴女の立場からすれば、明確な敵対者は放置できないでしょう。それに、潜在的な不穏分子を野放しにしたくない、という気持ちもわかります。しかし、しかしですよ……何事にも限度があるでしょう!」
今更になって、闘技場での一件を蒸し返したのではないだろう。
となると本気で何のことかわからないので、黙ってイザークの語りを待つ。
「敵を排除するにしても、選んだ手法が苛烈に過ぎます。いくら背後にいる存在を見通したにしても……相手は未だ若く、思慮が浅くとも仕方のない学生なのですよ!?」
「刃を握るのが幼子でも老人でも、首を裂かれたら人は死ぬぞ」
何となく状況は見えたが、捨て置けない発言には反論しておいた。
イザークは暫し言葉に詰まった後、茶色の髪を掻き混ぜて溜息を吐く。
「ならば、刃を捨てさせればいい! 腕ごと斬り飛ばしては、取り返しがつかない。恐怖や不安で人を従わせるのは、効果的で合理的でしょう。しかしながら、ある一線を越えてしまえば全てが反転する危険もある。その程度の道理、貴女が弁えてないとも思えないのですが……御父君の意向による処置、なのですか」
「だとすれば、お前は如何にする」
問い返してみれば、イザークは冷え冷えとした眼で見据えてくる。
これまでに見たことがない、本音がそのまま表出したかのような態度だ。
だが、それは半秒ほどで消え失せ、苦笑を浮かべていつもの調子で言う。
「この非才非力の身では、どうも出来ません……だから『お願い』なのですよ、ベレンガリア様。過度の御無体は控えてください、と唯それだけの」
「しかしな……私としては、心当たりがない」
「っ! ……そうですか。そう言われてしまったら、もうお手上げです」
「まぁ待て、イザーク。本当に何だかわからんのだ。曖昧に暈さずに直截に話してみろ」
話を打ち切られそうになったので、コチラの本音を出してみる。
イザークから戻ってきたのは「トボケんなよ」と言いたげな鋭い視線の再演。
信頼性の低下ぶりが著しい――元から高かったとは言えないにせよ、返す返すも噂とは厄介だ。
どういう角度で説得するか迷っていると、結構な速度で駆けてくる足音が。
振り返って確認すれば、私を探しに来たのであろうラッドだ。
「一人でウロチョロすんなって、姫さんっ!」
「イザークが一緒だ、一人ではない」
「一人より拙い。そいつは高位の貴族令嬢でも平気で口説いてくるぞ」
「信用ないですね……いくら何でも、メービウス家の御令嬢に言い寄るほど、命知らずにはなれませんよ、コンラッド」
イザークは先程までのシリアスさを捨て、いつも通りの軽さを滲ませる。
内実の見えてこない人物だが、第一印象から伝わってきた二面性よりも、更に複雑なものを抱えているのは確かだろう。
「どうにも私の扱いが悪くないか?」
「それは失礼……先程の諫言、心に留めてくださいますよう」
軽く不満を述べると、イザークは頭を下げて足早に去っていった。
その背中を見送った後、ラッドは私の両肩を掴んで疲労感を全開にする。
「頼むぜ、姫さん……教室にいりゃ大丈夫だろうと置いてった、俺の判断の斜め上を行くのは勘弁してくれ」
「すまんな。だがまぁ、あの程度なら私だけでも制圧できる」
「クラスメイトに対して、普通『制圧』って単語は出てこねぇんだよ。それに、連れて行かれた先に伏兵ってパターンもあるだろ」
「ふふん、心配いらん。意外に思うだろうが、私は逃げ足も速いのだ」
「どうして自慢げなんだよ……立場の微妙さ、もうちょい自覚しろって」
目を見て説教されてしまうと、流石に申し訳なさが生じなくもない。
それはそうと、野性味が豊富な風貌だが、髭は目立たないのだな。
遠くから響く鐘の音を聞きながら、鼻の下や顎をまじまじ見詰める。
するとラッドは距離の近さに気付いたか、スッと手を離して言う。
「あー……それで、イザークとはどんな話を?」
「どうやら、学内で我らの敵だと見做されている連中に、相当の被害が出ているようだ。言うまでもないが私は与り知らぬし、こんな悪手は父も打つまい」
「となると、姫さんの仕業にしたい誰かがいる、ってことか」
「うむ。元より敵対関係にあるのだから、被害者の自作自演すら考えられる」
「いよいよ手段を選ばなくなってきたな……」
「呑気に言っとる場合か。恐らく、お前は私の命に従って動いている、実行犯と疑われているぞ」
私が指摘すると、ラッドは虚を突かれた表情で固まる。
すぐに自分が容疑者となる理由に思い至ったようで、首筋を撫でながら天を仰ぐ。
「いつから始まって、どの程度の被害が出てるんだ?」
「詳しい話は聞いとらんが……過剰なダメージを残す襲撃事件が複数回あった、というのは間違いなかろう」
「なのに、噂が広まってないのも不自然だな」
「皮肉なことに、事件の存在が脅迫として機能しているのだろうな。ベレンガリア・メービウスには逆らうな、関わるな、触れるな、という感じに」
「最近、姫さんやリカの周辺が静かだった原因はコレかよ」
ラッドの言葉に、アンジェリカの様子を確認させていたのを思い出す。
「そういえば、アンジーの方はどうだった」
「不気味なぐらい何もないけど、周囲の態度が姫さんにやらかした直後より余所余所しい、だそうだ」
「どんな連中が標的にされたのか、具体的に知りたいところだが」
「たぶん、テオだったら多少は調べてるんじゃないか? アイツは何をやらせてもソツがないから」
自分や仲間に危険が及ぶ状況であれば、テオドールならば徹底的に調査して原因を潰しに掛かるだろう。
革命軍の切り崩しや情報収集、それに暗殺を目的とした潜入工作は、何度試みても不自然なほどの速度で失敗したものだ。
まだ数回しか顔を合わせていないが、今のテオドールも本質的には三十年後と変わらない、と断言できる。
「そうだな……昼休みにでも呼び出して、話を聞くとしよう」
「おう、今日はリカも呼んで四人でメシ食うか」
「メインは食事でなく作戦会議、というのを忘れるなよ?」
「わかってるって。それより、現在進行形で何か忘れてるような……」
授業の開始を告げる鐘が、数分前に鳴っている。
それに気付いた私とラッドは、小走りで教室へと急いだ。




