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壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
1章 青き日々に正解を求める

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第29話 視線を動かした瞬間、不意に呼吸が止まる

「どうしたの。もしかして、体調悪い?」

「いや……悪いのはたぶん、間《ま》とか運だな」


 真意を探ろうとしてか、眼鏡の奥から凝視《ぎょうし》してくるテオドール。

 含《ふく》みを持たせての発言ではなく、単に本音が転《まろ》び出ただけなのだが。

 しかし、そんな心情を初対面の相手に説明するのも不自然だろう。

 なので「気にするな」と小さく手を振って、今度はコチラから問う。


「もう一度訊くが、何の用だ。アンジーかラッドに呼ばれたのか?」

「ううん。どこぞの貴族が寮に来てる、と連絡あったから様子を確認に」

「私が何かしらの暴挙に出るか、心配してのことかな」

「それもあるけど……どうも杞憂《きゆう》だったみたいだね」


 そう言うと、テオドールは私の了承も得ずに部屋の中に入ってくる。

 貴族女性が一人の場に平民男性が無許可で侵入するなど、事件になってもおかしくない。

 そんな危険を敢《あ》えて冒《おか》すのは、私が騒がないと読んでいるのか、もしくは貴族の特権を否定したいスタンスか。

 警戒心を少し高めていると、フッと短く息を吐いてテオドールが言う。


「ボクに対して、苦情はないんだ?」

「私を害する気なら、ドアの外からクロスボウでも放たんとな」

「それをしたって、無傷で切り抜けそうだけど」

「四人か五人を集めて一斉射撃を行えば、あわよくば?」

「ヒャヒャヒャヒャ……自分の殺し方をレクチャーしてくる貴族令嬢か。フヒヒッ、随分とイイ性格してるね」

「容姿を褒められるのは毎度だが、性格を褒められたのは久々だぞ」


 見た目に似合わず小悪党っぽく笑う、テオドールからの皮肉を軽く流す。

 笑いの発作《ほっさ》を収めたテオドールは、眼鏡をクイッと直して私に向き直った。


「ラッドに聞いた話から、どうも普通じゃない予感はしてたけど……期待以上というか想像以上というか」

「彼奴《あやつ》が私をどのように説明していたかは、いずれ詳しく訊くとしてだ。それよりもお前ら三人の関係が気になるのだが」

「ああ、ボクとラッドとシャルルの関係が」

「いきなり知らんやつ出てきたな。アンジーの話だろ、そこは」


 私の指摘に、テオドールはヒヒヒッと笑った。

 そして部屋の奥へと進み、画架《イーゼル》の上の描きかけの絵の前に立って言う。


「ボクらはまぁ、ドコにでもいる平民の子だったね。王都で生まれ、育ち……自分の暮らしている環境に何の疑問も抱かずにいられた、幸せな子供だった……」


 テオドールの語りが過去形なのに引っかかるが、何も言わずに待つ。

 しばらく無言が続いたかと思えば、唐突に澱《よど》みきった双眸《そうぼう》を向けられた。

 こういう流れになると、高確率で予期せぬ破局へと雪崩《なだ》れ込む――己の経験してきた幾つものアクシデントを想起し、緊張が高まっていく。

 だが、ドアの外から足音が近付いてくると、瞬時に作り物の笑顔へと戻る。


「幼馴染だった三人は、それぞれ商売、剣術、芸術で身を立てるコトにした。ボクとラッドはともかく、リカの才能は特別だから……使い潰さないでよね、ベレンガリア・メービウス侯爵令嬢」

「肩書まで含めて名を呼ぶな、鬱陶《うっとう》しい」

「じゃあ、何て呼んだらいいのかな」

「好きなように……ただ、侮蔑《ぶべつ》が過ぎると周囲が聞き咎《とが》めるから、そこは気を配れ」


 私の返事に対し、テオドールは何も言わずに片眉を僅《わず》かに上げる。

 前回での革命軍での活躍を考えれば、この二人よりも特別な存在などいそうもないのだが、アンジーにそこまでの価値があるというのか。

 とりあえず、過剰に煌《きら》びやかなカエルのオブジェを抱《かか》えている姿は、あまり才能を感じさせるものではないのだが。


「随分とまた、色々と持ってきたな……」

「ごめんなさい、ラッドは五種類くらいにしろって……テオ? どしたの?」

「特に用もないんだけど、遊びに来たら何かイベントがあるみたいで」

「おいテオ、これちょっと飾るの手伝ってくれ。五個までにしとけってのに、何で十三個になるんだよ……」

 

 泣きが入っているラッドに応じ、テオドールが荷物の半分ほどを受け取った。

 油絵のキャンバスに水彩のパネル、そして何だかよくわからない立体作品。

 ラッドとテオドールは、それらを雑然としたアトリエの各所に配置していく。

 適当にやっているようでいて、キチンと見栄《みば》えを考えているようにも思える。

 二人に煮《に》え湯《ゆ》をガロン単位で飲まされてきた記憶のせいで、あらゆる行動に意味を見出そうとしている感も多少あるが。


「ベル様の好みとか、今の流行とかもわかんないんで、とにかく自分の気に入ってるヤツをゴリゴリに厳選《げんせん》してきました!」

「どちらかっていうとユルユルの緩選《かんせん》って感じだが……」


 半ば自棄《やけ》になっている雰囲気のアンジーを、ラッドが混ぜっ返す。

 そんな二人を見ながら、テオドールは楽しげに笑っていた。

 なるほど、こういうのが友人同士のやりとりなのか――

 私の人生には久しくなかったものだな、と思いつつ眺めていると、アンジーが机の上に鎮座《ちんざ》させたキラキラなカエルを指して言う。


「アタシのイチオシは、この子なんですけど……どうですかベル様」

「どうもこうも……まず、これは何を表現しているのだ?」

「カエルさんですね!」

「それは見た瞬間にわかるが、もっとこう何というか……コンセプトだとかメッセージだとか、そういうのはないのか?」


 私からの質問に、テオドールが「おや」と言いたげな表情に転じた。

 どうやら、美術に関して一応の理解があるのが意外だったらしい。

 元より個人的な興味もあるのだが、それ以上に王族・皇族の嗜《たしな》みとして美術や芸術、演劇や歌劇といったものに対する見識を磨《みが》く必要があったのだ。

 他にも鍛《きた》えなばならん理由は色々とあったが、端的《たんてき》に言えば九割五分はガスパールが無能なせい、ということになる。


「メッセージ、なんて立派なものじゃないですけど……この表面を飾ってるのは全部、宝石の模造品《もぞうひん》の色ガラスなんです。良質なものはドレスやアクセサリーに使われますけど、これは子供のオモチャとして売られるような三流品ですね」

「よくよく見れば、気泡《きほう》があったりヒビがあったりするな」

「でも、もしこの子に使ってるのが本物の宝石だったとしても、ガラスで飾られてるのと違いはあるのか、どっちにしても『何だかよくわからないキラキラのカエル』としか認識されないんじゃないか……みたいな疑問から出発して、最終的にこれが出来上がったんですよ」

「ふむ、ただの悪ふざけかと思えば、だいぶ面白いではないか」


 そう感想を述べると、アンジーがグッと身を乗り出して言う。


「ですよね! だから完成させるには隣にもう一つ、宝石を使ったバージョンを置かないとなんで、ここは侯爵家の財力を活用すべきじゃないですか、ベル様!?」

「制作費の支援は吝《やぶさ》かでないが、予算はどの程度かかるのだ」

「理想的な色の配置にするならこっち、多少の妥協をするならこっちです!」


 アンジーは二つの数字が書かれたメモを差し出してきた。

 確認してみると一方は桁《けた》が二つ、もう一方は桁が三つおかしい。

 私は曖昧《あいまい》な表情でメモを折り畳み、紙飛行機にして飛ばした。


「ああっ、ベル様ひどいっ!」

「酷いのはお前の経済観念の壊れ方だ! カエル一つにこんな予算を要求したら、国王でも財務卿《ざいむきょう》から二時間は説教されるぞ」

「でもでも、芸術ってのは何者にも束縛《そくばく》されない自由な環境から――」

「常識や制限や規則がなくば、それを超越《ちょうえつ》する発想や表現には辿《たど》り着けん」


 そう断言すれば、アンジーは悄然《しょうぜん》として傍らのカエルを抱き締める。

 あらゆる分野で、無茶な予算を要求してくる連中と対決してきた私だ。

 いくら粗雑な主張を重ねようと、有効性はゼロでしかない。

 そんな我々のやりとりを見ていたラッドは、苦笑しながら口を挿む。


「とりあえず変なカエルは措《お》いといて、姫さんがピンと来るのはないのか」

「どうだろうな……基本的にクオリティが高い、とは思うのだが」

「あっ、ありがとうございますっ!」


 世辞《せじ》ではなく、技術や技巧は学生としては頭三つくらい抜けている。

 俺からのオススメはこれかな、と言ってラッドが掲《かか》げているのは、草に埋もれかけた廃墟で子供たちが遊んでいる水彩画。

 見捨てられ朽ちていくばかりだった風景、そこに新たな意味を与える躍動感《やくどうかん》に満ちた子供らの姿からは、楽しげな声が聴こえてくるかのようだ。


 売れるかどうかはともかく、画廊《がろう》や美術館に展示してあっても違和感はない。

 ただ、どこかで見た気もするので、有名作の模写という線もあるな。

 だとしても、このレベルで仕上げてくるのは尋常《じんじょう》ではないと言えるが。

 さて、次のは油絵か――と視線を動かした瞬間、不意に呼吸が止まる。


「ぷっは! こっ、これはっ……」

「あー、これはちょっと実験的っていうか、変テコすぎたかなって反省してて。でも、アタシとしては悪くないと思ってるんだけど……ベル様はどうです?」


 アンジーが訊いてくるが、激しい動悸《どうき》で声が詰まる。

 まさか、暴動に巻き込まれて燃えてしまったこの作品を、再び目にするとは。

 隣国であるゼーン共和国出身で、夭折《ようせつ》後にその革新的な作品群が発見された悲運の天才作家、ルイン・セルダの代表作『そこにいる』。

 幾何学《きかがく》模様の固まりなのに猫にしか見えない何かが、背景と同化しかけている女性の膝の上で丸まっている、絵画の新たな表現を拓《ひら》いたと評される歴史的な作品。


 だがこれは現在、ゼーンで存命中のセルダの手元にあるはずの絵だ。

 そしてあの廃墟と子供の絵も、似ているのはセルダの作品だと思い出す。

 つまり、ルイン・セルダとは彼女の作品を世に出すため作られた、架空《かくう》の存在だったのか。

 それを仕掛けたのが何者なのかは、もう考えるまでもないだろう。


「……これだ。これに決めたぞ、アンジー」

「えっ、この変な絵でホントにいいんですか?」

「これでいい……いや、これがいい。しかし、あのドレスとは釣り合わんな」

「ですよね、私の絵なんかじゃ……」

「あんな悪趣味なドレス、この絵の価値に到底《とうてい》及ばん。差額を用意せねば」

「ふぇっ――ぅええええええええええっ!?」


 アンジーの悲鳴にも似た疑問の声が響く。

 その傍らでラッドは困惑し、テオドールは何度も頷いていた。

 他の作品も一通り買い取るとして、価格はどう設定するべきだろうか――

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