第28話 ちょっと言葉選びを間違えた
私からの宣告に、アンジェリカはポカーンとして固まってしまった。
コンラッドは、酸味のキツい食物に舌をやられた表情で見てくる。
ちょっと言葉選びを間違えたと悟り、小さく咳払いしてから言い直す。
「いや……私の庇護下に入っておけ、という話だ」
そう言うと、アンジェリカは半ば止まっていた呼吸を再開。
コンラッドは、ミナがよくやるタイプの半眼でもって見据えてくる。
言い訳を重ねると、更に変な空気を招きそうな予感がしてならない。
なので、何事もなかったように淡々と話を進めていく。
「ここまでの話を総合すると、アンジェリカに対し様々な企みが仕掛けられているとわかった……が、この黒幕の目的は高確率で私だな」
「つまりは、リカへの無秩序な攻撃で姫さんが巻き添えになってる、と見せかけて――」
「最初から、私を標的にしての計画なのだろう。金貨の入った手紙に目が眩んだ時点で、アンジェリカは計画に組み込まれていたのだ」
コンラッドに答えると、アンジェリカの顔があっという間に白んでいく。
「やっぱり、やっぱり全部、アタシのせいなんだ……」
「そこまで気にせずともよい。お前が引っかからなければ、別の者が代わりになっただけだ。その場合でも状況は今と同じ……いや、もっと悪くなっていたかもな」
根拠はないがそれっぽく言えば、アンジェリカの顔色は僅かながら回復。
そんな恋人だか友人だかを気遣いながら、コンラッドが訊いてくる。
「それで、姫さんの庇護下にリカを入れる、ってのはどういう理屈だ?」
「攻撃者の側は恐らく、アンジェリカが私に染料をぶちまけた件を『平民が高位貴族に言語道断な無礼を働いた』大事件と思っている。なので、こうして普通に会話をしているなど、想像の埒外だろう」
「まぁ俺も、あのやらかしで無罪放免だって聞いた時は、絶対に後で報復が待ってるんだと思ったが……」
「やはり、私の護衛に志願したのはアンジェリカのためか」
「正直に言えば、何割かはそうだ。少なくとも、退学は免れないと思ってたし」
明け透けなコンラッドの言葉に、またアンジェリカが落ち着かなくなる。
一周目では彼女を処刑まで追い込んだが、現在の王国における気風からすれば、そんな対応もそこまで極端なわけでもない。
私には当然の環境なので意識もしていないが、高位貴族の地位や権力は王権以外の殆どの物事に優越する、不可侵に近い立場なのだ。
「バケツの落下が故意だったと、あの場で知っていたらアンジェリカを衛兵に引き渡したかも知れんが……まぁ、今となってはガスパールにへの感情に冷や水を掛けて、冷静になる契機だったと感謝している」
「あぁ、いや、その……ゴメンなさい……」
「だから、気にするでない。窮屈なドレス姿からも解放されたし、手入れが面倒な長髪を捨てる決断もできた。終わり良ければ全て良し、だ」
安心させようと利点を強調するが、アンジェリカは半信半疑な雰囲気だ。
なので、追加でもう少し説明を足しておく。
「攻撃者は近々、アンジェリカを事件か事故で始末して、その責任を私に負わせようともしてくるはずだ。貴族の論理からすると、侮辱に対する報復は正当な権利となるし、相手が平民ならば何もしないなどあり得ないので、誰も私の犯行だと疑わない」
「その思惑を外すため、リカを庇護下に置いたとの周知か」
「そうだ。いずれ消す相手のパトロネスとなるなど、奇行が過ぎるだろ」
「姫さんなら、何をやっても不自然じゃない気もするが」
「お前の中で私はどうなっとるのだ、コンラッド」
そんな話をしていると、アンジェリカから半疑の部分が薄れていく。
「とにかく、だ。お前を庇護下に置くことは、私にとって利点も意味もある。深く考えずに受け入れておけ」
「はい……じゃあ、よろしくお願いします。ベレンガリア様……」
「ふむ、お互いに呼び名が長くて面倒だな。皆からは、何と呼ばれている?」
「えぇと、大体アンジーとかアンジェとか、です。リカって呼ぶのはラッド――コンラッドとテオだけ、ですね」
となると、リカとは呼ばれたくないだろうか。
敢えてそう呼ぶのも面白そうだが、いきなり嫌われるのも困る。
「では、アンジーだな。私のことはベルと呼ぶがいい」
「わっ、わかりました……ベル、様」
「お前もベルと呼んでいいのだぞ、ラッド」
「あのなぁ……そういう態度だから、変な噂も流れるんじゃないのか、姫さん」
残念ながら、コンラッドは乗ってこないようだ。
それはそれとして、呼びやすいから私も今後はラッドで固定しよう。
コンラッドの名を口にすると、どうしてもかつての宿敵という関係が脳裏にチラつく、という問題もある。
「さて、芸術家の卵を庇護下に入れる、というのは相手の才能を買うということ。まずはあの日の約束通り、アンジーが最高だと思う自作を見せてくれ」
「うひぇっ!? いやあの、そうは言われてもアタシはまだまだのまだまだなんで、胸を張って渡せるようなものは……」
根拠なき自信過剰も手に負えないが、自己評価が低すぎるのも困りものだな。
俯き加減の小声で言うアンジーに、大きく溜息を吐いてから諭す。
「おい……お前は学園に通いながら、遊びで創作をやってるのか?」
「いぃえっ、それは違います! アタシはいつも、本気でやってます!」
「だったら、何も恥じることはないだろう。本気で創り上げた作品の中から、これだというものを選ぶだけだ」
「でも……あのドレスの代わり、なんですよね? アタシの絵や彫刻にそこまでの価値なんて、とてもじゃないっていうか……あだっ!」
クドクドと言い訳を重ねるアンジーの額を、ラッドが指で弾いた。
「姫さんがそれでいいって言ってんのに、拒絶し続けたら話が進まんだろ」
「だって……自信作を見せて超ガッカリされたら、アタシ立ち直れないかも……」
「よくわからんけど、絵描きなんてのは酷評されるのが仕事じゃねえの」
「芸術家に対する理解度が低すぎるよ、ラッド! 当たらずとも遠からずって気もするけどさぁ!」
「一つを選ぶのがキツいなら、まぁまぁの自信作をいくつか出して、そこから姫さんに選んでもらうのはどうだ?」
アンジーに提案しながら、ラッドがコチラの様子を窺う。
私としても特に異論はないので、小さく頷いて受け入れる。
「じゃ、じゃあアタシ、候補作を選んできますねっ! 大体の完成品は、倉庫部屋に置いてあるんで!」
「なら、俺も運ぶのを手伝ってくる」
「ああ。焦らんでいいから、納得いくまで選定してくれ」
バタバタと出て行った二人を見送り、一人で部屋に残される。
ラッドの説明からすると、今いるこの部屋がアトリエで、奥の扉が寝室と居室に繋がっているようだ。
貴族向けと比べれば大したことはないが、この手厚さは芸術の振興を掲げていた先々代の王、コンラート2世の御蔭だろう。
学園が芸術専攻の学生を受け入れたこと自体、あの『審美王』からの王令だしな。
ココココ、コンッ
考え事をしながら壁の絵を眺めていると、変なノックの音がする。
振り返ると、開けたままのドアの先に眼鏡の男子学生が立っていた。
黒に近いダークブラウンの髪で、中肉中背という感じの標準服姿。
顔の作りは整っている方だが、全体的に薄味なので眼鏡しか印象に残らない。
笑顔でコチラを見ているけれど、悪意の有無は態度からは判別不能だ。
入寮を許可されているなら、不審人物ではないのだろう。
しかし、私にとっての危険人物でないかどうかはわからない。
それに、管理人の目を盗んで侵入してきたのだとしたら。
だが、暗殺者や襲撃者の場合、背を向けている間に行動を――
様々な想念が脳内で渦巻くが、それを振り払うように頭を振った。
敵が多いと気が休まらんな、と思いつつ誰何する。
「何の用だ……部屋の主なら、席を外しているぞ」
「そうなんだ。でも、寮のどっかにはいるんでしょ?」
「たぶんな。それで、お前は誰なんだ」
「ボクはテオ。リカとラッドの友人、かな」
「ん、どこかで名を聞いたな……」
思い出そうとしていると、テオと名乗った眼鏡は自己紹介してくる。
「テオドール・ユンカー。アナタと同学年でCクラスに所属する、しがない商人の息子だよ……ベレンガリア・メービウス侯爵令嬢」
若い頃の姿は初めて見るが、胡散臭い笑顔と眼鏡は三十年後も変わらない。
一周目の私をラッドと共に破滅に追い込んだ、革命軍の天才軍師。
無から大軍を生み出し、その軍勢の兵站を完璧に整える、戦場の芸術家。
帝国軍の敗北の七割はこの男が原因、と言っても過言ではない。
どうして次から次に、私の死因となった連中が現れるのか。
唐突な事態を処理できず、両手で頭を抱えた状態から動けなくなる。
そんな私に、テオドールは不思議なものを見る目を向けていた。




