第27話 これもまたローコストでローリスクだ
「最初はね……この手紙だったんです。二ヶ月くらい前かな」
机の抽斗を開けて封筒を取り出し、アンジェリカが渡してくる。
オフホワイトの地味なそれには、切手も宛名も差出人の名もない。
ドアに挟んだり隙間から滑り込ませるなどで、直接届けられたのか。
そんなことを考えつつ、折り畳まれた一枚の紙を開いて視線を落とす。
『二日後の昼休み ハインリヒ2世像 ベンチの裏』
筆跡を残さないためか、不自然に角張った文字で三つの短文が書かれていた。
ハインリヒ2世像は、学舎棟と農場や厩舎がある区域との途中にある、アンズ林の手前に設置されている。
そこに植林したのが学生時代のハインリヒ王子、みたいな理由だったか。
事情はさて措き、とにかく昔の王様の銅像があって、横には屋根付きの休憩所とベンチがあったはず。
「かなり怪しい呼び出しだが、行ったのか?」
「はい……実はその手紙の他に、金貨が二枚入ってて……」
「ヤバさしかねぇな! そういうのは、俺かテオに相談しろって!」
私の質問に答えたアンジェリカに、呆れ顔のコンラッドが怒鳴る。
急に出てきたテオというのは、二人の共通の友人だろうか。
「でもでも、騙したりするつもりなら、金貨はないでしょ?」
「それはまぁ、そうかもしれんが……」
二人は納得しているようだが、個人的には首肯しかねる。
誰かを騙したり嵌めたりに大事なのは、心理の間隙を突くこと。
常識的に考えて「真逆そこまでは」「流石にないはず」などと判断しがちなポイントに、罠を仕掛けるのがセオリーだ。
なので、対象を思考停止させるのに金貨を使ったのは上手い。
それはそれとして、捨てるも同然で金貨を使える人間なのが問題だ。
ほぼ間違いなく、コチラにもガスパールかその手下が関わっている、というのが確定してしまう。
脳の奥から疼痛が湧き上ってくるのを感じつつ、アンジェリカの話の続きを待つ。
「それで、指定された日時に行ってみたの。そしたらベンチの裏……っていうか下かな? とにかく、そこにコレが貼り付けてあって」
アンジェリカが、今度は灰色の封筒を渡してくる。
中に入っている紙には、また短いメッセージが。
『三日後の朝 大噴水前 黄色い犬を置け』
先程と同じく、わざとらしく角張った文字で書かれている。
今回の内容は呼び出しではなく、何らかの指示だろうか。
コンラッドに手紙を渡すと、透かしたり裏返したりで文面以外の意味を読み取ろうとしたが、すぐに諦めて両手を挙げた。
「……どういうこった、こりゃ?」
「わかんないけど、金貨の後でコレでしょ。だから、たぶん貴族の遊びに巻き込まれたんだろうなぁ、って。無視すると絶対ロクなことになんないし、とりあえず言われた通りにしなきゃ、と思ってさ。作ったよ……黄色い犬」
「本物の犬を染料で黄色くしたのか」
私が訊けば、アンジェリカはブルブルブルブルと頭を振る。
「そんなことしない、っていうかできない」
「では、彫刻したのか」
「はい、正確には粘土で作った塑像、ですね。三十センチくらいの座った子犬を作って、黄色に塗ってから噴水の縁石に置いて」
「それから、どうなったのだ?」
「どう……なったんでしょうね?」
「質問に質問で答えるな、リカ」
コンラッドが私の気持ちを代弁してくれるが、アンジェリカは首を傾げている。
「ホントにね、わかんないんだって。特に騒ぎにもなってないし、昼休みには犬の像は消えてたし、何のために作らされたのかサッパリで」
「貴族の遊び、って言われたら確かにそれっぽいな……そういや、さっき『最初は』って言ってたから、似たようなことが何度もあったのか」
「そうなの。封筒が届いて、開けたら指示が書いてあって、アタシはそれに従うってのを……五回くらいやったかな?」
他の手紙を見せてくれ、と言うと白や薄緑の三つの封筒が渡された。
画期的に算数が苦手なのか? と思いつつアンジェリカに確認する。
「五回あった、と言ってなかったか」
「そうなんですけど……別の場所にその封筒を持ってけ、って指示がセットになってるのが何回かありまして」
「カネが入ってたのは最初の一回だけ?」
「いえ、それからも二回だったか三回だったか、銀貨が何枚か」
指示に従っておけば、少なくない報酬が手に入る。
となれば、意味不明な行動にも意味が生じることに。
やはり考えられてるな――と思いつつ中身を確認すると、お馴染みな書体の短文だ。
『明日の昼 西棟一階掲示板 ポスターを漂白せよ』
『今週中 二年Cクラス教室 赤い蛇の群れを呼べ』
『二日後の昼 中央棟屋上 鐘の音と共に紙吹雪を撒け』
「あぁ、紙吹雪は憶えてるわ。あれ、リカがやったのか」
「そうなの。屋上から撒き散らしてたら、アタシがやったってバレるでしょ? だから紙吹雪入りの箱を屋上の端に置いて、下から紐を引いたら底が抜けて中身が出るように細工して」
「ポスターと蛇は、どんな感じなんだ」
「えっと、ポスターは同じサイズの白紙をピッタリ貼り付けて、それでおしまい。蛇は、中に針金が入ったリアルぬいぐるみを十匹作って、放課後に教室に忍び込んで窓枠に巻きつけたり、教卓の上で蜷局を巻かせたり」
二人の話を聞いていると、何となく予想していた状況が明確になってきた。
その答え合わせのため、アンジェリカに自分の考えを告げる。
「あの日、染料入りのバケツを落としたのも、手紙の指示なんだな」
「そっ、そうなんです! 鐘の音が聞こえたら、部屋の窓から落とせって……アタシ本当に、ベレンガリア様を狙ったとかじゃなくて! あんなことになるなんて全然っ、全然思ってなくてっ!」
いきなり核心を突かれたアンジェリカが、声を引っくり返して弁解してくる。
意味不明な行動を繰り返させて、指示の内容に疑問を持たなくなったところで、目的の事件を発生させる手法か。
迂遠なやり方だが、成功すれば儲けものだし失敗しても次がある。
流言と同じように、これもまたローコストでローリスクだ。
「その手紙は、残ってないか」
「ないんです……別の場所に持っていくパターンで」
「だろうな。それで、以降は手紙は届かなくなったのか?」
「うーん……そこがちょっと、どうなのかなってのがありまして」
「どうなのか、とはどういうことだ」
間が抜けた問いを返せば、アンジェリカは机の上の小箱を差し出してくる。
箱の中には、雑に畳まれた紙や何かが殴り書きされた紙、クシャクシャに丸めて広げた紙などが大量に。
これらも手紙だとすると、今まで見てきたものとは雰囲気が違いすぎる。
「学園に相談した時に預けたのも結構あるんで、全部じゃないんですけど……」
書かれた内容を読んでみると、どれも中々に強烈な文言が書き連ねてある。
見境なく男を誘う淫売だとか性病持ちの娼婦の子だとか、そういう定番の悪罵。
指導教員と寝て高評価を得ている、商人の倅に媚びを売ってパトロンを求めてる、などの芸術系ならではの勘繰り。
貴族令嬢――私に対する攻撃を評価する、共和主義者を名乗る連中からの激励。
ガスパールとマルガレーテの破局を祝う――と見せかけて、その元凶だとアンジェリカを呪うもの。
「コンラッドよ、お前の心配は妥当だったようだ」
グッタリしながら、手紙の詰まった小箱を投げ渡す。
中身を読み始めたコンラッドは、わずかな間に凶相に転じる。
それを横目に、アンジェリカに向き直って訊いた。
「言われてた中で、根拠があるものは?」
「ぜっ、全部デタラメですよ! ベレンガリア様の件は、攻撃とかじゃないですし! 商人の子は友達ですけど、コネとか考えてなくて!」
「しかし、多少は周辺事情を知るものが送っている気配だな……コンラッド、アンジェリカに関する噂というのは、その手紙に書かれているような内容か」
「大体こんな感じだが、リカが姫さんに色々と密告したせいで、ガスパールとマルガレーテの純愛カップルが破局した、って話を何人かから聞いたのが気になる」
婚約者がいるのに愛人を作って、それで純愛とかどんな戯言なのかと暴れたくなるが、問題はそこではない。
ありもしない話が広まるのは、それを広めたい人間がいるということ。
そして、ここにアンジェリカが登場するのは、彼女との因縁が出来ている私を巻き込むための布石だろう。
一周目のこともあるので、深く関わるのは避けるべきだと思っていた。
だが、こうなってしまったからには、積極的に動くしかなさそうだ。
不安げに視線を泳がせているアンジェリカの肩に手を置くと、ビクビクッと派手なリアクションが返ってくる。
落ち着け、の意味を込めて肩を二回軽く叩き、なるべく優しい声で告げる。
「アンジェリカ……私のものになるがよい」




