第25話 流言というのは、コストが低く有効性は高い
「何が悪かったんだと思う?」
「控えめに言って、ほぼ全部ですね」
「控えてそれか……では遠慮なく言えば?」
「全部に決まってるじゃないですか」
ミナからのダメ出しは、隙もなければ容赦もない。
どうにか反論できないか検討してみるが、すぐに無理だと諦めた。
食堂でペトロネラに絡まれ、闘技場で練習試合を連戦してから一週間。
あの日以降に生じた、様々な問題への対処を考える必要がある。
そうミナが言うので、今日の昼休みは寮内での緊急会議が開催中だ。
会議というか、ほぼ私の反省会のような気はしなくもないが……
「まず第一に、トラブルメイカーぶりを知り尽くしているペトロネラ嬢、あんなのを正面から相手にするのが問題なのです」
「そうは言うがな、ペトラのような愚物は『相手にするまでもない』と放置すれば『反論がないなら自分の勝ち』的な謎判定を独自に下して、それはそれで厄介な状況になりがちなのだ」
「確かに、その危惧はありますが……他の対応もあったのでは?」
「あったろうな。しかし、あの場でペトラに合わせつつ口論を避けようとすれば、彼奴の差別的で不愉快な発言がたっぷり撒き散らされ、ペトラ個人を超えて貴族全体へと反感が波及しかねん」
そう説明すると、ミナは顎に手を当てて険しい顔で俯く。
ペトロネラ・ゲッフェルト侯爵令嬢の、戯画的なまでに貴族らしい人間性については、ミナも直接間接の双方で見知っているはず。
ああいう輩は、自身の中にある『理』が強固すぎて、異論をまるで受け付けない。
その理に同調しない者や否定してくる者は、敵と認定して排除にかかる。
しかし、ペトラを肯定も否定もしていない私が、どうして標的にされるのか。
以前に彼奴の癇に障る行動か発言があったとも考えられる。
だが私には心当たりがないし、ペトラに訊くわけにもいかない。
訊いてみたところで憶えていなかったり、特に理由はないが何かムカつくから、といった回避不能の嫌われ方な可能性も低くはない。
「ベルさまが食堂に通っているのは、人気取りが目的の平民に阿ったパフォーマンス……といった噂が流れているのも、良からぬ傾向です」
「ペトラと、その取り巻きの仕業だろうな……何ともつまらん真似をする」
「下品な誹謗中傷ですが、世間はそうしたゴシップが大好物ですので」
「まぁ、ガスパールとのイザコザで知られた私がネタということもあって、素通りされずに話題になったのはあるだろうが……そろそろ飽きるだろ」
「皆が飽きて噂が消えても、ベルさまの悪印象だけは残ってしまうんですよ、こういうケースでは」
「ふぅむ、処置なしだな……」
流言というのは、コストが低く有効性は高い。
特定の個人や集団への攻撃手段として、前回の人生では私も多用した。
貧弱な根拠だろうと、ただの言い掛かりだろうと、中身は問題ではない。
とにかくわかりやすく、いかにも実しやかに、聞いた者の好奇心や不満感などの感情を刺激する体裁を整えてあれば、絶大な効果を発揮してくれる。
それだけに、自身に向けて使われると現状のように非常に厄介だ。
「噂が妙な派生を見せて、ベルさまの髪型と服装は貴族社会に対する反抗のアピール、例の暴力沙汰はメービウス侯爵の指示によるもの、奇行を繰り返しているのは婚約者の気を引きたいから、などの説も流布し始めています」
「他はともかく、ガスパールと縒りを戻したがってるなど、心外にも限度というものがあるな」
「まだ色々とありますよ。護衛との距離感が近すぎて関係が怪しい、言動が以前と違いすぎているので別人が成り替わっている、食堂のメニューで揚げ物ばかり選んでいて体重が心配……という感じで」
「最後のはミナが捏造してないか?」
注目を集める、というのは同時にトラブルも引き寄せるものだ。
まだ冗談半分で言われてるのだろうが、ここに強めの悪意が乗ってくると危うい。
単純な悪口雑言なら、私が不快になるだけで終わる。
だが、私の印象を特定方向へ捻じ曲げようとする悪評が出てくると、対処の難度が一気に上がってしまう。
腕組みをして天井を仰ぐ私に、ミナは少し柔らかい口調になって言う。
「この件はまぁ、出所が丸見えなのでどうにかなります」
「あぁ……イザとなれば、ペトラに物理的に消えてもらう手もある」
「それは本格的に行き詰ってからでいいでしょう。ペトロネラ嬢は、何と言いますか……外見はさて措き、内面はあまり魅力的とは言い難いので、敵も多いですから」
「敵の敵は味方、というやつか。実際はそう単純でもないが、利用はしやすいな」
「ですね。彼女はまぁ、ベルさまに関わる余裕がない状況に追い込めば、自然と大人しくなるでしょう」
こいつが味方で良かった――そう思わせる味わい深い笑みを浮かべ、ミナが言う。
確かにペトラをどうにかすればそれで終わりそうではあるが、派生系の噂が無駄にバラエティ豊かなのに違和感がある。
何者かが意図的に異質なものを差し込んでいるような、そんな気配だ。
誰がどういう目的で、というのが見えないので、あくまで印象なのだが。
心当たりを探っていると、ミナがバゲットサンドを切り分けながら言う。
「より深刻なのは、闘技場でのアレコレです」
「うむ……二連戦を圧勝で制したのに、何故か反感や悪評が広まってるな」
「やりすぎなんですよ、とにかく。苛烈すぎる戦法は一部から好評のようですが、概ねは粗暴・邪道・卑怯・残虐・オーバーキルといった意見で」
「何を甘ったるいことを……そもそもローベルトは不意討ち、オルランドは寸止めルールを無視した挙句にサーベルに細工と、邪道や卑怯が満載ではないか」
「それはそうなんですが、二戦目については、ベルさまが背後から胸をグイグイ押し付けて動揺を誘ったのが勝因、という説もありまして」
「人生最大級の風評被害が発生してるようだな!?」
理不尽さに頭を抱えていると、ミナが料理の乗った皿を差し出してきた。
それを受け取って、大きめに切られたサンドを一口、二口と齧る。
ベーコンの塩気と卵の甘味に、やさぐれた気持ちが多少は落ち着く。
とはいえ、どうにも得心がいかない――あの場にいた連中、揃いも揃って脳内の花畑が満開なのか。
「負けて笑われるのも、勝って畏れられるのもわかるが……私のこの扱いはどういうことなのだろうな」
「不自然ではありますね。ベルさまの性格や人格はだいぶアレですが、外見だけは文句なしの美少女じゃないですか」
「……肯定も否定もしづらいのだが」
「そんな美貌の貴族令嬢が、武技で人並外れた才能を披露するとか……男子なら確実にトキメキますよ。なのに、そういう声が聞こえないのは異常事態です」
力強く断言されても、自分のことなのであまりピンとこない。
容貌が優れている自覚はあるが、人生でそれが役に立った記憶が殆どない。
物心ついた時からガスパールの婚約者で、周囲にもその事実が周知されているから、誰も私にアプローチをしてこなかったのもある。
それに加えて、人を能力だけで評価する立場になって容姿や風采への興味が激減し、自分が褒められても大部分を聞き流していたのも効いてそうだ。
「ともあれ、こちらも作為的ではあるな」
「はい……武器に細工するなど言語道断、とオルランドの畜生ぶりは糾弾されてもいいはずなのに、そうした動きもなく。それに、証拠となる折れたサーベルが行方不明です」
「不自然に刃が折れた瞬間と、攻撃を止めなかったオルランドの姿は、数十人が目撃しているのだがな……」
「どうも、彼らの証言から事実が知れ渡ることもなく、伝聞でベルさまの悪評ばかりが拡散されています」
「ペトラと違い、私が倒した二人には取り巻きなどもいなそうだが」
疑問を呈すると、ミナは何かを思い出すように視線を宙に舞わせる。
「ローベルトには、それなりに友人知人がいます。ですが、メービウス家を敵に回す危険を冒してまで、彼のため動こうとする者はいないかと」
「オルランドの方はどうだ」
「学園で彼が影響を及ぼせそうな人物は、従姉妹にあたる子爵令嬢くらいですね。闘技場での噂を広めるには、やや不自然な立場かと」
「私を恨んでそうな二人が発信源でないなら、それはそれで不気味だな」
「ただ、間違いなくベルさまに怨嗟の念を向けていて、ついでに大勢の人間に指示を出せそうな人物に、ひとり心当たりがあるのですが……」
ミナの言葉に、薄々そうではないかと思っていた男の顔が浮かぶ。
ガスパール・ブラウトリーン――私の婚約者だった、大公家の嫡男。
あの男の立場であれば、私を貶める噂を流すのも簡単なことだろう。
私を陥れるための動機にも事欠かず、陰険な策を実行するだけの性格の悪さも持ち合わせている。
更に自体が悪化するのを予想し、両手を髪に突っ込んでテーブルに伏す。
「ああああああっ! ガスパールめ、どこまでも面倒臭い阿呆がっ! 私からの反撃を食らって、多少は学習したかと思えば即これか!」
「特権に胡坐をかいた連中は、自分の行った攻撃は秒で忘れますが、自分の受けた攻撃は永遠に忘れませんから」
「こうした事態に対処するため、やはり諜報担当の部下が必要だな」
「先日までは大袈裟だと思ってましたが、今は同意するしかありません」
ミナの疲れた様子からして、私には隠しながら各種トラブルに対処しているのかも、と察する。
諜報部の準備も早めに進めるとして、まずは有形無形の悪意をどう排除していくかだ。
ミナもコンラッドも優秀だが、この二人でも手に余る状況ならどうするか。
難問に頭を悩ませていると、不意に部屋の呼び鈴が鳴らされた。




