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壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
1章 青き日々に正解を求める

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第24話 許し難い、というか絶対に許さない(★)

※今回はジークムント(ガスパールの弟で通称ジギー、一周目ではベルと共に末期の帝国で防衛戦を指揮していた元帥)視点の話になります。

 ノックの音で、待ち焦《こ》がれていた報告がやっと来たのを知る。


「ジークムント様、頼まれた本をお持ちしました」


 メイドたちには用事を言いつけてあるので、部屋には僕一人だ。

 駆け出してドアを開けたい気分を抑え、なるべく冷静な感じで応じる。


「ああ、入って」


 僕の返事から数拍《すうはく》置いて自室のドアが開き、見慣れた護衛の姿が現れる。

 ガブ――ガブリエル・メレンドルフは、生まれた直後から共にいる存在だ。

 乳母だったイヴォンヌの子で、乳兄弟として十二年間育ってきた幼馴染。

 身分差もあって表向きは主従関係となっているが、僕個人の感情としては実の兄よりも近しい相手と言えた。

 そんなガブは不機嫌な様子を隠さずに、立派な装丁《そうてい》の本を横投げしてくる。


「おっ、と……何か怒ってる?」


 回転しながら飛んできた本をキャッチして訊けば、ガブはこめかみに青筋を浮かせながら声を荒《あら》げる。


「怒ってる? じゃないですよ! ジギー付きのオレが、ガスパール様の周辺をウロチョロしても不自然じゃない状況を作るの、どんだけ苦労したと思ってんですか!」

「ガブなら出来るって、信じてたからさ」

「そんな信仰心、捨ててしまいやがれってんですよ! こういうのって普通、専門家がやることじゃないのかって、毎月二回か三回は言ってますよ!」


 ここ数年、ガブは僕に対して丁寧な口調で話そうと心掛けている。

 だけど、です・ますを付けておけば何を言っても構わない、と思ってそうなフシも若干あるような。

 そのくらい雑な方が気持ち的にも楽だけど、公式の場でウッカリ出るのは拙《まず》いかもな、と思いつつ投げ渡された本を開く。


「報告書はいつものように、表紙の中だね」

「ああ……でも、期待してるほどの情報量はないかも、ですよ」

「情報は質より量って言われるけど、量を集めたら質の高い情報を拾いやすくなる、って意味だからね。ガブの集めてくる情報は、最初から質が高いから助かる」

「せめて、オレの部下として働けるヤツ、雇ってくれませんか」

「僕が自由に動かせるお金があれば、そうしたいんだけどね」


 王弟である父ヴィルヘルムが当主のエンラント大公家は、当然ながら貧乏とは程遠い。

 しかし大公家の資産は、家族の一員だからと勝手に使える類《たぐい》のものではない。

 学園に通っていた兄には、交際費の名目である程度の現金が与えられていたようだが、実家暮らしで両親の保護下にある僕個人の経済状況は、たぶんガブより貧弱だ。

 欲しいものがあれば、どんな高級品でも大抵は買ってもらえる。

 なのに、露店《ろてん》で買い食いするための小銭すら、僕には用意が難しい。

 ままならないものだな、と思いつつ革表紙の本に視線を落とす。


「この本も、もう少し大人っぽいのに変えた方がいいかな?」

「どうですかね……誰も気にしてないとも思いますが」


 ガブに調べ物をしてもらう時に、秘密の報告書などを運ぶためのカモフラージュとして用意した、厚い表紙で飾られた書籍。

 中身は『サロモン王子の月世界旅行』という少年向けの空想冒険小説で、出入りの商人が持ち込んだ中から何気なく買ったものだ。

 内容は大して面白くなかったが、無駄に厚い表紙を改造すれば色々な物を隠せるかも、と思い付いて流用することに。


「子供向けだし、こればっかり持って来させるのも不自然かも、って」

「気になるようなら、同じような仕掛けのある本を増やしますか」

「そうだね……どんな本だと、繰り返し読んでるのが変じゃないと思う?」

「うーん、事典なんかが無難ですかね。デカすぎるのが問題になるけど」

「まぁ、その辺はまた改めて考えようか」


 装飾の中に隠れた二つのボタンを同時に押すと、表紙が外れて四角く刳《く》り抜かれたスペースが出現する。

 そこに収められた、十枚ほどのメモをまとめた束を取り出し、順番にゆっくりと目を通していく。

 主な内容は、不肖の兄(ガスパール)が不祥事を起こした後の、本人の動向と周囲の反応の調査だ。


 半分まで読み進めただけでも、兄が期待を上回るボンクラぶりを発揮しているのが伝わって来て、自然と顔が綻《ほころ》んでくる。

 父への申し開き、王家への状況報告、メービウス家との折衝《せっしょう》。

 それらの全てにおいて、あいつはアクロバティックな発言やカオティックな迷言を残しては、周囲を悪い意味で驚愕《きょうがく》させているらしい。

 

「そんなニコニコ顔になるほどですか」

「いやぁ、最高だね! 前々からどうしてあんなに馬鹿野郎なのか理解不能だったけど、今回のことで七割くらいわかった気がする」

「七割っていうと、どんなモンです?」

「兄《アレ》はたぶん、この世に生きていない」

「えぇと……ガスパール様は既に死んで、幽霊になってんですか?」

「そういうオカルトな話じゃなくて、心構えの問題だよ。妄想の世界っていうか、空想の城っていうか……要するに、現実世界と違う場所に住んでるんだ」


 イマイチ飲み込めないようで、ガブは腕組みして首を捻《ひね》っている。

 自分の中での仮説を整理するのも兼ねて、言葉にして説明してみるか。


「ガスパールは大公家の一族で、王家の一員として継承権《けいしょうけん》も有している、この国で最高級の血統だ。周囲も特別扱いで遇《ぐう》するし、実際に特別だ」

「だけど、それはジギーも一緒じゃないですか」

「まぁね。でも、兄は大公家の嫡子《ちゃくし》で、王位継承権は四位。次子で六位の僕とは、立場が大きく違ってる」

「確かに……部屋のデカさもメイドの数も、全然違いますね」


 この国の王位は、基本的に王と正妃の子である嫡流に男子優先で継《つ》がれていく。

 なので、現王グスタフと正妃アンネマリーの間に生まれた第一子で、第二王子のアルブレヒトが王太子に立てられており、当然ながら継承権は一位。

 アルブレヒトが第二王子なのに何故に一位になるか、といえば第一王子レオポルトの生母の身分が低いからで、彼は継承権も五位となっている。

 二人の妹となるフランツェスカは、アンネマリーの第二子で継承権は三位。

 

 二位はどこの誰なんだ、というと父――王弟ヴィルヘルムになる。

 祖父で先王のハインリヒ3世の第二王子として、継承権が二位だったのがそのまま続いているらしく、ヴィルヘルムの子である兄や僕にも高い順位が与えられている。

 順位は厳格に決まっているわけではなく、王の一存でも変更できるし大貴族からの横槍《よこやり》で変更されるケースもあるらしいので、僕たちの立場も盤石《ばんじゃく》ではない。

 それでも、五位までの継承者は王族として別格で、王に準ずる待遇を受けている。


「物心ついた時から現在まで、延々と最大限の特権と恩恵《おんけい》を享受《きょうじゅ》してきた子供が、正気を保ち続けるのは困難だと思わない? 自分の希望や願望は基本何でも叶《かな》う立場にいたら、自制心も常識的思考も壊れていくよね、きっと。アレが無様な肥満体になっていないのは、奇跡と言っていいかもしれない」

「それは……そうかもしれません」

「僅《わず》かな例外……王家の人間や父など数人を除けば、誰も自分に逆らわず、何をしても咎められず、望めば全てが手に入る。そんな夢の世界での暮らしが、兄にとっての日常なんだ。だから、婚約者であるベル姉《ねえ》までも粗略《そりゃく》に扱って虐《しいた》げた。自分に仕えてる、沢山の奴隷《どれい》の一人としてね」


 感情が表に出てしまったのか、ガブが僕の顔から目を逸《そ》らす。

 バーゼル家の娘(マルガレーテ)が出てくるまでは派手な乱行もなく、学業の不振や異様な言動で父を不安がらせることもなかった。

 だからガスパールの抱《かか》えていた多数の問題点は、どれも些細《ささい》なものとして見逃されてしまったのだろう。


 その結果が今回の婚約破棄騒動であり、ベル姉に蹴っ飛ばされる醜態だ。

 ガスパール(あのクソボケ)がベル姉を婚約者の軛《くびき》から解放したのは喜ばしいが、十年間も彼女の心身を踏《ふ》み躙《にじ》ってきたことは許し難い、というか絶対に許さない。

 決意を新《あら》たにしつつ、報告書の後半を読み進める。


 兄が学園の裏庭で盛大な自爆を披露した後、失点を挽回《ばんかい》すべき場面で大小様々な愚行と無能を晒《さら》している様子に、何度も声を上げて笑ってしまう。

 だが、呑気《のんき》に笑ってる場合でもない――完全に自業自得とは言え、追い詰められた兄は碌《ろく》でもない方法で一発逆転を狙っている気配がある。


「この元護衛たちが接触してた連中、背後関係は探れなかったの」

「オレ一人で全部やってんだって、時々忘れますよねっ!?」

「ああ、ゴメンゴメン。しかし、これだと危ないのは予想できても、具体的に何が起きるかまでは読めないな」

「そこまでの調査は……やろうと思えば出来なくはないけど、半月ぐらい帰ってこれませんよ」

「ガブにそこまで無理させられないし、探りを入れてるのがバレると面倒だね。どうにかしてベル姉に、警告だけでもできるといいんだけど……」


 現在の大公家とメービウス侯爵家の関係は、言うまでもなく最悪だ。

 僕の名前を出しての連絡も、恐らく兄のイヤガラセかと警戒される。

 正面から面会を求めても確実に潰されるし、学園の方でコンタクトを取ろうとしても、ヴィルヘルミナとかいうメイドに阻止されるだろう。

 匿名の情報として提供するには、信憑性《しんぴょうせい》の部分に物足りなさが否《いな》めない。


「どうにかなんないかなぁ、ガブ」

「どうにか、って言われても……丸投げが一番困るんですけど」

「裏ルートの闇人脈とか、そういうのあったりしない?」

「十二歳の騎士の倅《せがれ》がそんなのに関わってたら、王国は滅亡寸前ですよ」

「だよねぇ。僕がもうちょっと動ければいいんだけど……とにかく、やれることが少なすぎて。買い物すら自由にできない身が恨《うら》めしい」


 そんな愚痴《ぐち》を零《こぼ》せば、ガブが「ハッ」とした感じに反応する。


「それですよ! 買い物、商人!」

「ニセの商会を設立して、メービウス家に入り込むのかな」

「何でそんなややこしいことすんですか! 出入りの商人を呼んで手紙なり伝言なりを託して、そいつ経由でベレンガリア様まで届けて貰うんですよ。ファンカンペン商会なら、ウチとメービウスの両方と取引あるし……どうです?」

「うーん……回りくどい手段だけど、やらないよりはマシかな」


 ガブの意見をベースに、有効性がありそうな形に調整するか。

 兄には表舞台から退場してもらう必要があるが、大公家もまとめて凋落《ちょうらく》するような大ボケをやらかされても困る。

 そうなると、僕がベル姉――ベレンガリアの新しい婚約者になれないからね。

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