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壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
1章 青き日々に正解を求める

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第23話 拍手も歓声もゼロなのは納得いかん

 張り詰めた場の空気が、膨《ふく》らむだけ膨らんでいる。

 対面でサーベルを構えるオルランドは、隙らしい隙を見せない。

 強引に仕掛ければ崩せそうだが、やはりここは先手を譲《ゆず》ろう。


「ヒュッ」


 口笛の出来損《できそこ》ないめいた音を発し、オルランドが大振りの横薙《よこな》ぎを放つ。

 速いが、シンプルな軌道だ――バックステップで避け、反撃の機を窺《うかが》う。

 オルランドは止まらずに、大きく踏み込んで上段から刃を降らせて来た。

 ちょっとばかり意外な攻撃の組み立てだが、動き自体は勢い任せでだいぶ荒い。


「フッ、シッ――フィッ」


 短く強い呼吸音に合わせ、連続する斬撃が繰り出された。

 危惧《きぐ》していた通り、寸止《すんど》めで終わらせる気がまるで感じられない、思い切りの良すぎるスタイルだ。

 あまり技巧《ぎこう》はないのか、素直すぎる剣筋で打ち込んでくる。

 なので、流したり弾《はじ》いたりで対処できるのだが、こうもアグレッシブで間断《かんだん》ない攻勢を続けられると、コチラは防御一辺倒(いっぺんとう)にならざるを得ない。


 ガッ、ギンッ――ジャァァァッ、ゴッ――ガンッ――


 二連撃を弾き、袈裟斬《けさぎ》りを滑《すべ》らせ、また二発を防ぐ。

 オルランドの息が切れてきたので、そろそろ動きも鈍《にぶ》ってくるはず。

 そんな予測を立てながら、本来なら致命傷の一撃を寸止めにしたのに、相手が止まらなかった場合の対応を考えておく。

 

「おぉおおおおおおおっ!」


 気合の叫びと共に、必殺の一撃と表現したくなるものが放たれる。

 練習試合で出していい殺意じゃないだろう、それは。

 本気で呆《あき》れながら、得物《えもの》をぶつけて受け流そうとするが――


 バギョッ!


 訓練用サーベルの厚い刀身が、根本《ねもと》から折れて消え失せた。

 何という間の悪さ――試合を止めようと、オルランドに眼で合図を送る。

 しかし、異変に気付きながら、止まる様子をまるで見せない。

 それどころか、満面の笑みを浮かべ追撃のための予備動作を開始している。

 なるほど、オルランドの自信の源と闇雲《やみくも》な速攻は、この仕組まれたアクシデントが理由だったか。


『おい、何してん――』

『ヤバいってぇ!』

『ふぁあああああっ――』

『姫さんっ!』


 オルランドの暴走を察知し、見物の学生たちが騒ぎ出す。

 護衛の任を果たそうと、コンラッドが駆け出したのが見える。

 悪くない反応速度だが、オルランド(このトンチキ)の制止には間に合うまい。

 刃引きされたサーベルとはいえ、この角度と速度で頭部に振り下ろされたなら、とても無事では済まないだろう。


 ここで寸止めを披露し、私を十分に怯《おび》えさせたことで意趣返《いしゅがえ》しは終了、みたいな流れが予定されている可能性もある。

 ミドゥア家とメービウス家の関係も悪くないし、次期当主であるオルランドが私に深刻な危害を加えるのも、実際問題として考え難《にく》い。

 とはいえ、まだ若いので理性を感情が凌駕《りょうが》する危険は付き纏《まと》う。

 それより何より、自分の運命を誰かの気紛《きまぐ》れに預けるのは、もう耐えられん!


「だぁあああああああっ!」


 貴公子の装《よそおい》いを投げ捨て、野卑《やひ》な喚声《かんせい》を響かせサーベルを振り被《かぶ》るオルランド。

 熱を帯《お》びた双眸《そうぼう》は、己の勝利を確信して異様にギラついている。

 私に大怪我をさせた時点で、一族まとめて惨敗する未来しかないのだが。

 そんなアドバイスを告げる代わりに、残った剣の柄(ヒルト)をオルランドに向けてアンダースローで投擲《とうてき》。


 ゴンッ


 軽い衝突音が鳴って、ガラクタは明後日《あさって》の方向に弾き飛ばされた。

 オルランドは「無駄な足掻《あが》きだ」と言わんばかりに、サーベルを肩に担《かつ》ぐようなポーズをとって私を見据える。

 馬鹿め――その油断を待っていた。

 腰を落とし、呼吸を止め、闘技場の床を蹴って飛び出す。


「ぬぉっ?」


 予想外の動きに慌てたか、オルランドが短く呻きを漏らす。

 武器を構え直そうとしているが、反応が鈍《にぶ》い――フザケてるのか。

 体重の乗っている右足を払い、よろけたオルランドの背後に回る。

 まとめられた髪を掴んで引き、突き上げる形で左脇腹に膝蹴りを入れた。

 二発目を突き込むと聞き取り不能の喚《わめ》き声が散らされ、直後にサーベルが床に落下する音が。


「よっ、と――」


 痛みで反射的に丸まろうとするオルランドの背中へ跳び付けば、バランスを崩して四《よ》つん這《ば》いの姿勢に。

 いくら私が軽くとも、いきなり乗ってくる数十キロの重量は厳しかったようだ。

 そして首筋に腕を回して極《き》めると、手加減なく一気に締め上げる。

 全力で左右どちらかに捻《ひね》れば、頚椎《けいつい》も破壊できるだろう。

 だが、そこまでやってしまうと暴虐皇妃ルート再演の扉が開きかねない。


「おいっ、姫さん! もういいっ、死んじまうっ!」


 コンラッドの声と共に、背中を平手で強めに叩いてくる衝撃が。

 それとほぼ同時に、オルランドの全身から力が抜けたのが伝わる。

 腕を外して立ち上がると、意識を飛ばしたオルランドが無様に潰《つぶ》れた。

 こうも鮮《あざ》やかな逆転劇を目《ま》の当《あ》たりにしたなら、私を侮《あなど》っていた連中の態度も変わるはず。

 そう思って闘技場の周囲を見回すが、その場を支配するのは「ドン引き」と表現されるような雰囲気だった。


「ぐっ……ふぃいいいいぃん……」


 床に突っ伏したオルランドは珍妙な音を発し、ビクビクッと痙攣《けいれん》。

 すると、氷点下に近かった空気の冷えが、多少なりとも和《やわ》らいだ。

 どうやら、皆は殺人現場を目撃したと早合点《はやがてん》していたらしい。

 何人かがオルランドに駆け寄り、呼吸を確かめたり脈を取ったりしている。

 しかし、拍手も歓声もゼロなのは納得いかん――という気持ちを察したのか、コンラッドが私の頭を雑に撫《な》でてくる。


「やめんか。乙女の髪を軽々しく掻き回すでない」

「あぁ、スマンスマン。どうも、髪型のせいで子供相手の気分に」

「短いと身支度《みじたく》は楽になるし、組打ちの最中に掴まれる危険も減る。利点ばかりである、と主張したい」

「実例で見せてもらったな……にしても容赦ない格闘術だ。どこで習った」

「家庭教師から、だな。これも花嫁修業の一環《いっかん》だ」


 コンラッドは、私の言葉が本当なのか冗談なのか判別できないらしく、苦くて熱い料理を口の中に突っ込まれたような表情だ。

 将来の伴侶《はんりょ》となるガスパールや、その家族を守る技能を身に着けろと命じられ、幼児期から武技《ぶぎ》を教え込まれたのは虐待に近い、というか虐待そのものだったが、今回もそれなりに役に立ってくれるだろう。

 闘技場から離れ、どこかで水を飲めないか探していると――


「どうした! 何の騒ぎだ、これはっ!?」


 太い声が屋内に響き渡って、皆の意識がそちらに向けられた。

 釣られて私も確認すれば、髭面で堂々たる体躯《たいく》の男が現れる。

 衛兵が素早く駆け寄り、簡単に事情を説明しているようだ。

 こいつは確か、剣術の師範《しはん》で戦術も教えている講師だったか。


「あぁ、気にせんでいいぞ、えぇと……」


 忘れて詰まっていると、隣に来たコンラッドが名前を囁《ささや》く。


「バルハウス師。これは単なる、肩慣《かたな》らしの練習試合だ」

「それにしては相手方の惨状が目に余るぞ……ベレンガリア・メービウス」

「だいぶ手加減したのですが。私のような非力な令嬢にボロ負けするようでは、根本から鍛え方を見直した方が宜《よろ》しいかと」

「非力、ね。マリノフスキの愛弟子《まなでし》に言われてもな」

「おや、先生を御存知《ごぞんじ》で。戦闘や戦争については教わりましたが、男女での体格や筋力の差は技能や知識で埋まりません。私は非力ですよ、やはり」


 バルハウスの目を見て半ば本気で述べると、苦笑しながら溜息を吐かれた。

 罰則を受ける筋合いは元よりないが、これなら説教なども回避できそうだ。

 阿呆二人は意識を回復したが、まだ敗北による心身の衝撃を引きずっている様子。

 騒然としている闘技場周辺を眺め、バルハウスが眉根《まゆね》を寄せながら言う。


「しかし……ここまでバタバタした状態で、模擬戦をやらせていいものか」

「ああ、やるのなら私も参加していいかな」

「う、いや……今回は遠慮してくれ。次回からは、善処《ぜんしょ》する」


 本気で困った感を出してこられたので、私は黙って頷《うなず》くしかなかった。

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