第23話 拍手も歓声もゼロなのは納得いかん
張り詰めた場の空気が、膨らむだけ膨らんでいる。
対面でサーベルを構えるオルランドは、隙らしい隙を見せない。
強引に仕掛ければ崩せそうだが、やはりここは先手を譲ろう。
「ヒュッ」
口笛の出来損ないめいた音を発し、オルランドが大振りの横薙ぎを放つ。
速いが、シンプルな軌道だ――バックステップで避け、反撃の機を窺う。
オルランドは止まらずに、大きく踏み込んで上段から刃を降らせて来た。
ちょっとばかり意外な攻撃の組み立てだが、動き自体は勢い任せでだいぶ荒い。
「フッ、シッ――フィッ」
短く強い呼吸音に合わせ、連続する斬撃が繰り出された。
危惧していた通り、寸止めで終わらせる気がまるで感じられない、思い切りの良すぎるスタイルだ。
あまり技巧はないのか、素直すぎる剣筋で打ち込んでくる。
なので、流したり弾いたりで対処できるのだが、こうもアグレッシブで間断ない攻勢を続けられると、コチラは防御一辺倒にならざるを得ない。
ガッ、ギンッ――ジャァァァッ、ゴッ――ガンッ――
二連撃を弾き、袈裟斬りを滑らせ、また二発を防ぐ。
オルランドの息が切れてきたので、そろそろ動きも鈍ってくるはず。
そんな予測を立てながら、本来なら致命傷の一撃を寸止めにしたのに、相手が止まらなかった場合の対応を考えておく。
「おぉおおおおおおおっ!」
気合の叫びと共に、必殺の一撃と表現したくなるものが放たれる。
練習試合で出していい殺意じゃないだろう、それは。
本気で呆れながら、得物をぶつけて受け流そうとするが――
バギョッ!
訓練用サーベルの厚い刀身が、根本から折れて消え失せた。
何という間の悪さ――試合を止めようと、オルランドに眼で合図を送る。
しかし、異変に気付きながら、止まる様子をまるで見せない。
それどころか、満面の笑みを浮かべ追撃のための予備動作を開始している。
なるほど、オルランドの自信の源と闇雲な速攻は、この仕組まれたアクシデントが理由だったか。
『おい、何してん――』
『ヤバいってぇ!』
『ふぁあああああっ――』
『姫さんっ!』
オルランドの暴走を察知し、見物の学生たちが騒ぎ出す。
護衛の任を果たそうと、コンラッドが駆け出したのが見える。
悪くない反応速度だが、オルランドの制止には間に合うまい。
刃引きされたサーベルとはいえ、この角度と速度で頭部に振り下ろされたなら、とても無事では済まないだろう。
ここで寸止めを披露し、私を十分に怯えさせたことで意趣返しは終了、みたいな流れが予定されている可能性もある。
ミドゥア家とメービウス家の関係も悪くないし、次期当主であるオルランドが私に深刻な危害を加えるのも、実際問題として考え難い。
とはいえ、まだ若いので理性を感情が凌駕する危険は付き纏う。
それより何より、自分の運命を誰かの気紛れに預けるのは、もう耐えられん!
「だぁあああああああっ!」
貴公子の装いを投げ捨て、野卑な喚声を響かせサーベルを振り被るオルランド。
熱を帯びた双眸は、己の勝利を確信して異様にギラついている。
私に大怪我をさせた時点で、一族まとめて惨敗する未来しかないのだが。
そんなアドバイスを告げる代わりに、残った剣の柄をオルランドに向けてアンダースローで投擲。
ゴンッ
軽い衝突音が鳴って、ガラクタは明後日の方向に弾き飛ばされた。
オルランドは「無駄な足掻きだ」と言わんばかりに、サーベルを肩に担ぐようなポーズをとって私を見据える。
馬鹿め――その油断を待っていた。
腰を落とし、呼吸を止め、闘技場の床を蹴って飛び出す。
「ぬぉっ?」
予想外の動きに慌てたか、オルランドが短く呻きを漏らす。
武器を構え直そうとしているが、反応が鈍い――フザケてるのか。
体重の乗っている右足を払い、よろけたオルランドの背後に回る。
まとめられた髪を掴んで引き、突き上げる形で左脇腹に膝蹴りを入れた。
二発目を突き込むと聞き取り不能の喚き声が散らされ、直後にサーベルが床に落下する音が。
「よっ、と――」
痛みで反射的に丸まろうとするオルランドの背中へ跳び付けば、バランスを崩して四つん這いの姿勢に。
いくら私が軽くとも、いきなり乗ってくる数十キロの重量は厳しかったようだ。
そして首筋に腕を回して極めると、手加減なく一気に締め上げる。
全力で左右どちらかに捻れば、頚椎も破壊できるだろう。
だが、そこまでやってしまうと暴虐皇妃ルート再演の扉が開きかねない。
「おいっ、姫さん! もういいっ、死んじまうっ!」
コンラッドの声と共に、背中を平手で強めに叩いてくる衝撃が。
それとほぼ同時に、オルランドの全身から力が抜けたのが伝わる。
腕を外して立ち上がると、意識を飛ばしたオルランドが無様に潰れた。
こうも鮮やかな逆転劇を目の当たりにしたなら、私を侮っていた連中の態度も変わるはず。
そう思って闘技場の周囲を見回すが、その場を支配するのは「ドン引き」と表現されるような雰囲気だった。
「ぐっ……ふぃいいいいぃん……」
床に突っ伏したオルランドは珍妙な音を発し、ビクビクッと痙攣。
すると、氷点下に近かった空気の冷えが、多少なりとも和らいだ。
どうやら、皆は殺人現場を目撃したと早合点していたらしい。
何人かがオルランドに駆け寄り、呼吸を確かめたり脈を取ったりしている。
しかし、拍手も歓声もゼロなのは納得いかん――という気持ちを察したのか、コンラッドが私の頭を雑に撫でてくる。
「やめんか。乙女の髪を軽々しく掻き回すでない」
「あぁ、スマンスマン。どうも、髪型のせいで子供相手の気分に」
「短いと身支度は楽になるし、組打ちの最中に掴まれる危険も減る。利点ばかりである、と主張したい」
「実例で見せてもらったな……にしても容赦ない格闘術だ。どこで習った」
「家庭教師から、だな。これも花嫁修業の一環だ」
コンラッドは、私の言葉が本当なのか冗談なのか判別できないらしく、苦くて熱い料理を口の中に突っ込まれたような表情だ。
将来の伴侶となるガスパールや、その家族を守る技能を身に着けろと命じられ、幼児期から武技を教え込まれたのは虐待に近い、というか虐待そのものだったが、今回もそれなりに役に立ってくれるだろう。
闘技場から離れ、どこかで水を飲めないか探していると――
「どうした! 何の騒ぎだ、これはっ!?」
太い声が屋内に響き渡って、皆の意識がそちらに向けられた。
釣られて私も確認すれば、髭面で堂々たる体躯の男が現れる。
衛兵が素早く駆け寄り、簡単に事情を説明しているようだ。
こいつは確か、剣術の師範で戦術も教えている講師だったか。
「あぁ、気にせんでいいぞ、えぇと……」
忘れて詰まっていると、隣に来たコンラッドが名前を囁く。
「バルハウス師。これは単なる、肩慣らしの練習試合だ」
「それにしては相手方の惨状が目に余るぞ……ベレンガリア・メービウス」
「だいぶ手加減したのですが。私のような非力な令嬢にボロ負けするようでは、根本から鍛え方を見直した方が宜しいかと」
「非力、ね。マリノフスキの愛弟子に言われてもな」
「おや、先生を御存知で。戦闘や戦争については教わりましたが、男女での体格や筋力の差は技能や知識で埋まりません。私は非力ですよ、やはり」
バルハウスの目を見て半ば本気で述べると、苦笑しながら溜息を吐かれた。
罰則を受ける筋合いは元よりないが、これなら説教なども回避できそうだ。
阿呆二人は意識を回復したが、まだ敗北による心身の衝撃を引きずっている様子。
騒然としている闘技場周辺を眺め、バルハウスが眉根を寄せながら言う。
「しかし……ここまでバタバタした状態で、模擬戦をやらせていいものか」
「ああ、やるのなら私も参加していいかな」
「う、いや……今回は遠慮してくれ。次回からは、善処する」
本気で困った感を出してこられたので、私は黙って頷くしかなかった。




