第22話 喉笛を突けば殺せるな
個人間の戦いは、先に一撃を入れた方が断然に有利。
況してや、それが武器を使った決闘であれば尚のこと。
だから、機先を制して奇襲気味に攻撃を仕掛ける、ローベルトの判断は戦術として間違っていない。
それは私にも理解できるのだが、この突進はあまりにも――
「無粋だな」
これが戦場ならば、どんな手段を使っても勝ち残るのが正しい。
軍を率いる立場だった私としても、正々堂々と戦った末の敗北よりも、姑息な計略を駆使しての勝利を尊ぶ。
しかし、この場で行われているのは学生同士の模擬戦だ。
遺恨や因縁が背景にあろうと、体格に勝る側が形振り構わないのは、どうにも美しさに欠ける。
「ヌゥンッ!」
ローベルトの気合の声と共に、猛然と繰り出される初撃。
長い手足を活かした、アウトレンジからの動作だ。
対戦相手が可憐で華奢な令嬢なのを失念しているとしか思えない、殺意の高い刺突が風を切って顔面に迫る。
だが、それが観察可能となっている時点で、話にならないほど遅い。
「ホイッ、と」
「あふっ――えぁ?」
左に一歩ズレて穂先を躱し、槍を撓らせて右手首を打つ。
痛みが走って握力が緩んだところで、ローベルトの槍を巻き取って跳ね上げれば、不意に武装解除されて呆然とする間抜けの完成だ。
ローベルトは勿論、見物している連中も急展開が理解できず、宙を舞った後で床に転がった訓練用の槍を無言で眺めるだけ。
誰かが「うぇっ」と呻きを発すると、それに釣られて驚嘆と疑問と困惑の混ざりあった反応が拡がった。
「そっ、そんな馬鹿なっ! 何だ、何か……そう、詐術をっ!」
「詐術でも奇術でも、絡め取られて負けたら終いだ。しかも、私は何の術も使ってないぞ」
「そんなワケがあるかっ! 認めんぞ! 認めて堪るか、こんなっ!」
「往生際が悪いぞ、ローベルト。お前は女を相手に卑怯な奇襲で挑んだ挙句、容易く迎撃され無様を晒しただけだ」
「ほざくな、捨てられたゴミ人形がっ! 貴様のせいで、幾人の未来が失われたと思ってやがるっ!」
「槍の勝負で負けたら、途端に口喧嘩に逆戻りとは……度し難いな」
ローベルトが槍を拾うのを見逃しつつ、嘆きの言葉を漏らす。
人形呼ばわりには慣れているが、ゴミ人形とはどこから出てきた蔑称だ。
私がガスパールに捨てられたのが前提になっていて、そこからの連想だろうか。
そろそろ本気で、あのカスはコチラから見捨てたのだという事実を周知するべきかもしれない。
場の空気もだいぶ冷えてしまい、仲間であるローベルトを諫める言葉もチラホラと聞こえてくる。
だが当人は完全に逆上しており、もう何を仕出かすかわからない状態だ。
かつて読んだ学園が舞台の小説では、険悪な関係から始まった二人が闘いを通じて友情を育んでいたのに、どうしてこうなってしまうのか。
「姫さん、助太刀は要るかっ!」
「大事ない、そこで見届けろ」
コンラッドの問いに応じてから、ローベルトとの間合いを取り直す。
相手の槍捌きには妙な癖も外連味もないので、正攻法でくるならば対処は楽だ。
しかし、思考を置き去りにして体が動くような暴走状態にあると、不可解なタイミングや予測不能なパターンでの攻撃が混ざる。
こうなると、予測や対処を超えてくることが間々あり、思わぬ危機を招く可能性も否めない。
「人形なら――黙って大人しくしてろっ!」
「その生き方はもう捨てたっ!」
罵声に怒声で応じると、ローベルトが踏み込んだ。
突きを警戒していると、円を描いて足を払ってくる奇手が。
蹴り飛ばして止められる勢いでもないので、高々と跳んで回避。
すると振り回していた槍を引き、連撃での刺突を繰り出してきた。
「フッ――ハッ――ヤァッ!」
一つ、二つ、三つと、息もつかせぬラッシュ。
顔面、左膝、下腹と、狙いをバラけさせているのも上手い。
という感じに、私に分析されている時点で残念賞なのだが。
カッ、コッ――カンッ
乾いた音が三回鳴って、ローベルトの攻撃は失敗に終わる。
実戦経験もない若造にしては悪くないが、その程度では私に遠く及ばない。
片手で繰り出した三撃目を弾かれ、隙だらけの体勢を晒すローベルト。
喉笛を突けば殺せるな――そんな見立てが脳裏を過るが、物騒な情報は無視して右胸を狙って一閃。
「おぼっ……」
肋骨の数本を砕いた手応えを感じつつ、素早く槍を引く。
続けて左下から右上に穂先を振って、前のめりに崩れたローベルトの顎を撥ね飛ばした。
それで意識を失ったらしく、白目を剥いた長身が床に転がる。
シンと静まり返った場で耳に届くのは、数人分が重なった溜息の音だけだ。
「腹ごなしにもならん。この程度の腕で、よくまぁ大口を叩けたものだ」
クルクルと槍を回しながら言い放ち、周囲の反応を確認。
未だに数人が、戦意を燻らせている様子だ。
コンラッドは「程々にしとけ」と言いたげに半眼を向けてくる。
少し暴れ足りないが、この辺で終わりにしておくべきか。
そんな判断を下そうとする寸前、木剣ではなく赤と青の鞘に入ったサーベルを両手に提げた、長髪の男が歩み出てきた。
「ん? もしや真剣勝負が望みなのか」
「いえ……どちらも刃引きが。クリスが使っていたのと同じく」
いかにも貴公子然とした雰囲気だが、その容姿は記憶にない。
くすんだ色合いの金髪はよく手入れされ、運動着らしいラフな恰好をしているのに、立ち居振る舞いから育ちの良さを悟らせる。
貴族家出身で、クリスティアンの友人、といったところか。
近付いてくる相手を観察していると、青いサーベルを投げてきたので反射的に掴む。
「お前の目的は何なのだ。クリスの仇討ちか?」
「そんなつもりは。ただ、彼ほどの遣い手を打ち倒した貴女と、手合わせをしてみたいだけで」
「酔狂なことだな……名は何という」
「ミドゥア伯フィリップの嫡男、オルランド」
オルランド・ミドゥア――今から三十年後の本土防衛戦の終盤、伯爵家の当主であったコイツは、命令を無視して領兵と共に革命軍に投降する。
伯爵の行動がなくとも絶望的な戦況に変化はなかっただろうが、それはそれとして裏切者に対しての感情は微妙なものにならざるを得ない。
そんな思考が表情に出てしまったのか、オルランドが首を傾げて訊いてくる。
「自分のことを御存知で?」
「いや、今回は初対面だと思う」
今回が、の間違いだと理解したのか、オルランドは何も言ってこない。
クリス程度の剣技を褒めているなら、大した腕前じゃないと思われる。
秒殺で終わらせるつもりだったが、折角なので私の遺恨も晴らしておくか。
サーベルを抜いて、グリップや反りを確認する――言っていた通り、刃は潰してあるようだ。
「斬れはせずとも鉄の棒だ。寸止めをルールとするか?」
「ええ……基本的には、それで」
オルランドの冷たい微笑からは、ルールを無視しそうな気配が読み取れる。
私とローベルトの試合を見た後で、ここまで好戦的な態度をキープしているのは、何かしらの策を用意しているからか。
どういうカラクリなのか読めないが、命に係わるまでの悪辣さは流石にないだろう――と、思いたい。
「一本勝負でよいか」
「構いませんよ」
気絶したままのローベルトを場外に捨て、闘技場でオルランドと向かい合う。
これといった開始の合図もないまま、ジリジリと距離を詰めてくるオルランド。
私は刃先を向けて牽制しつつ、カウンターで勝負を決めようと相手の気配に神経を研ぎ澄ます。
見物している学生たちの緊張が、私たちの高揚と混ざり合って、異様な空気を作り上げていく――




