第21話 過ぎたる熱は人を狂わせる
今日は座学ではなく実技講習らしいので、コンラッドと共に『修練場』に向かう。
主として軍人向けの講義が行われる修練場には、騎兵の教練用スペース、歩兵の突撃演習用コース、弓兵の射撃練習場などが設えてあり、ランニングや各種競技を行うためのグラウンドも用意してある。
敷地には戦闘訓練用の屋内施設も存在していて、我々の行き先はそこだ。
「おぉう、中々に盛況ではないか」
「今回は模擬戦がメインだからな。試合後に師範から助言と指導が受けられる人気のイベントなんで、参加者も多くなってる」
「ほほう。その試合は私が出てもいいのか?」
「どうだろうな……禁止する規則はないかも知れんが……」
答えるコンラッドは、何とも言えない渋い表情で歯切れが悪い。
軍には看護士と調理士くらいしか女性がいないので、この講義も女学生に門戸を開いていないのは想像に難くない。
そこを引っ掻き回すのも面白いだろうが、更に自分の悪評が広まりそうなのが悩みどころだ。
場内を一通り見せるつもりなのか、特に説明もなくアチコチ移動するコンラッドの後をついていく。
参加している学生たちの人数は凡そ三十人前後、だろうか。
指南役の講師――師範たちが来るまでは自主練の時間らしく、素振りをする者もいれば筋トレに全力な者もいて、皆がバラバラに動き回っている感じだ。
トラブルが起きた際の制止役なのか、屈強そうな衛兵の姿も数人見える。
「軍人を志すだけあって、誰も彼もよく鍛えとるな」
「士官になったら、前線での直接戦闘に参加することもないだろうが……絶対にないとも言い切れない」
「ああ。最後に頼れるのは己の手にした武器だけ、だな」
あの時、握っていたのがワインボトルではなくサーベルやハンドアクス、でなければせめてナイフだったら、クリス如きを相手に不覚など――
いかん、考えても仕方ない「もしも」が執拗に浮かんでしまう。
後悔とも未練ともつかない想念、それを噛み潰そうとしていると、長身でよく日焼けした男と目が合った。
男は一瞬の戸惑いの後、獰猛な表情を閃かせて大声を発する。
「おおっと、汗臭い場所には似合わねぇ嬢ちゃんの御出座しだ!」
「おっ、マジでいるじゃん! 見物すんのはご自由に、だけど血を見て気絶とかは勘弁なっ」
長身の男の言葉に、水色のバンダナを巻いたお調子者が反応。
辺りにいた学生たちは「闘技場に入り込んだ女学生」という異物を発見し、変な感じに盛り上がっている。
その騒々しさは一分と経たない内に、男ばかりの集団で自然発生しがちな、下品なノリへと辿り着く。
鬱陶しさに顔を顰めていると、コンラッドが小声で囁いた。
「黙らせようか?」
「そうだな……いや、自分でやる」
イライラしてきたので、ストレス解消も兼ねて一暴れといこう。
壁に立て掛けてあった、木剣をヒョイと拾い上げる。
それをゆっくりと素振りすれば、男たちの笑いがドッと弾けた。
そのどよめきが消えぬ間に、質問やら混ぜっ返しやらが次々に飛ぶ。
『ぅおーい、女の子にゃあ重たいだろ。子供用のはどっかにねぇか』
『ブハハハッ、あるかよそんなモン。ここは学園の修練場だぜ?』
『なぁ嬢ちゃん、ケガしてもオレらのせいって言うんじゃねぇぞぉ!』
『ラッド、その娘はドコの誰なんだよ。浮気すっとアンジェリカが泣くぞ?』
雑言を聞き流し、革鎧を着せた斬り込み練習用の人形に向かう。
口笛やら拍手やらで喧しい中、高速での三連撃を叩き付けた。
ただ当てただけではない、痛撃の証となる大音量を響かせて。
無様な見世物を楽しむつもりだった連中は、呆気に取られて無言に。
私は男たちの方へと振り返り、憎たらしい笑顔を作って言い放つ。
「ここには強者が集っていると聞いたのだが……どうやら口喧嘩や指相撲の得意な連中しかおらんようだな」
わざとらしい挑発をすれば、男たちの三割ほどが怒気を発した。
残りは訳知り顔でニヤついていたり、真顔だったり怪訝そうだったりと、様々な反応を見せている。
皆が一流の教育を受けているし、流石に単細胞ばかりでもないか――
安心したようなガッカリしたような、どうにも不思議な気分だ。
「そこの無駄にデカいの。俺様は違う、と言いたそうだな」
「なっ、何を偉そうにっ――」
「おいロブ、やめとけって!」
最初に絡んできた奴に絡み返すと期待通りの反応を見せたが、近くにいた短髪の筋肉質が割って入って止める。
小声の早口で伝えた内容は、恐らく私が何者かという話だろう。
それで引き下がるかと思いきや、ロブと呼ばれた長身の男は「わかってる!」と怒鳴り返し、先程よりギラついた視線で私を刺してきた。
どういうつもりなんだ、と困惑しているとコンラッドが言う。
「あいつはローベルト・ゾンネマン。兄のエーリッヒがガスパールの護衛だったが、例の騒動でクビになって学園も無期停学だ」
「なるほど……恨まれる筋合いはあるが、護衛対象から離れた挙句にメイドに蹴散らされた、エーリッヒの能力にも多大な問題があるのでは?」
そこそこの音量で述べれば、ローベルトを含む数名が顔色を変える。
私の身分も性別も無視し、完全に戦闘態勢に移行している気配だ。
コイツらの血の気が多すぎるのか、でなければエーリッヒとやらがそこまで慕われていたのか。
どちらにしても、煽った甲斐のある流れが期待できそうだ。
「ローベルトとやら。憎悪や怨念は、抱え続けていると心を腐らせる。どうせならば、私にぶつけることで晴らすのはどうだ」
「できることなら、そうしたいが……騎士の倅が侯爵令嬢を傷つければ、家ごと処断されてこの世から消えるだろ」
「模擬戦に備えての練習試合、としておけば何かあっても問題なかろう。私の護衛であるコンラッドも、対戦相手に非はないと証言する」
「おい、それは――」
コンラッドが止めようとするが、それを手で制して続ける。
「ここまでお膳立てしてやって、まだ口喧嘩で勝負を決めたいか?」
「上等だ……やってやんよ、人形姫っ! おい、闘技場あけろっ!」
木剣を手にしたローベルトが、槍の訓練をしていた二人に怒鳴った。
周囲の学生たちは皆、見物のために闘技場の周囲へと集まる。
異変を察知してやってきた衛兵は、解散させるべきか迷っている気配だ。
私は責任者らしい者を呼び寄せ、安心させるために告げておく。
「何かあっても、其方の責任が問われることはない。これは侯爵令嬢の我儘で行われる、遊びの延長の練習試合だ」
「しかし、ベレンガリア様に万一がありましては……」
「あっても断罪せん、と言っている。ところで、あのローベルトの腕前は、クリスティアン・ネルディンクと比べてどうだ」
「剣であれば、クリスティアン様の方が上かと。しかし、あの者は槍の使い手ですので、比較は難しいですな」
「なるほど……とにかく、其方は興奮しすぎた学生が阿呆な行動をせんよう、目を光らせておればよい」
ローベルトに加勢しようと、試合中に物を投げて私を傷つけたりすれば問答無用で牢獄行き、場合によっては刑場行きだ。
過ぎたる熱は人を狂わせる――そんな光景をウンザリするほど目にしてきた。
私が死んで帝国が滅んだ後、あの革命はどんな推移を辿ったのだろうか。
熱狂する群衆を率いていたリーダーを見るが、今は盛り上がりすぎている場の空気に辟易している様子。
苦笑して闘技場へと向かいながら、そこを離れようとしている二人を呼び止める。
「おい、その槍を貸すのだ。もう一本は、ローベルトに渡してやれ」
「えっ、いいのか? あいつは槍の方が得意だぞ」
「構わん。剣で勝っても、変に言い訳されるかも知れぬ」
人の悪い笑みを浮かべて言えば、鼻の低い学生が不安げな表情で槍を投げてくる。
もう一人から槍を受け取ったローベルトは、それを素早く振り回して構えた。
「どこまでも調子に乗ってくれる……本気でやって、いいんだな!?」
「当然だ。手加減して勝ちを譲った、などと吹聴されても困る」
闘技場に立ち、自分の背丈よりも長い武器を構えた。
木製の槍には刃がついておらず、先端部は綿を巻いた上に布が被せてある。
棒術の訓練にも同じ物を使っているのだろうな、と思いつつ重さやバランスをチェックしていく。
そんな私を見ているローベルトには、まだ侮りの気配が漂う。
ガスパールの件を聞き及んでいれば、私の実力も知っていそうなものだが。
「開始の合図は?」
「不要だ、お前のタイミングで始めろ」
そう私が答えると同時に、ローベルトが跳んで穂先が迫る――




