第20話 アレとは別種の生物だと周知されればいいのだが
騒動に気付いたのか、周囲の学生たちが揃って落ち着きを失う。
いくつもの視線が、コチラに集中しているのがわかる。
大貴族丸出しのペトロネラ一行が食堂に来る珍しさもあるのだろうが、絡まれている私の存在が混乱の源になっているようだ。
『ナニナニ、どうしたの? ケンカ?』
『あれはメービウスの……でも、あの髪型は』
『婚約破棄でオカシくなっていう噂が』
『人形姫、ドレスじゃなくて標準服じゃん。ウケる』
『あんま見るな、関わるとロクなことにならん』
好き勝手な発言の中から、自分がどう思われているかの情報を拾う。
ガスパールからの婚約破棄は、あの場面を目撃した連中から広まっているらしい。
それについては歓迎すべき傾向だが、私が危険人物として扱われつつあるのは、ちょっと軌道修正しておくべきだろうか。
そんな検討をしつつ、人を見下した冷笑を浮かべ続けているペトラに告げる。
「お前のくだくだしい話に付き合うと、頭と胃の調子が悪くなってくる。用件があるならば端的に申せ」
「フッ、相変わらず察しの悪いこと……お勉強は出来るのに、会話の機微を読み取る能力は犬以下ですわね」
「語る内容の要約もできぬ、五歳児に劣る言語能力で吠えるな」
低レベルな口論が勃発すると、取り巻きと野次馬に緊張感が高まっていく。
食事しながら眺めている学生たちの、フォークやスプーンを持つ手が止まる。
例外的な反応を見せているのは、護衛なのに何もせず半笑いで見ているコンラッドと、前のめりになっている仲間から一歩下がってシラケ面をしている令嬢だ。
「お人形さんが、随分とお喋りになりましたわね。それに、その尊大で傲慢な態度……一体どういうつもりですの」
「どうもこうも、己に相応しいものを選んだまでだ」
「そのような口調、将来の大公妃に失格した貴女には過ぎたるものですわ」
「御忠告、痛み入る。ちなみに、世間ではこういうのを『大きな御世話』と呼ぶらしいぞ」
「なっ――」
ペトラが大きな声を出しかけるが、淑女らしくないと自制したのか、ムフゥと大きく息を吐いてまた薄笑いを作る。
「もう一つ、忠告をして差し上げますわ……媚びを売るにも、もう少し相手は選んだ方がよろしくてよ」
「媚びなど売った覚えもないが」
「無償で配られた布切れを纏い、無料の施しで腹を満たす……そのような奇矯なパフォーマンスで下民の理解者を気取ろうなど、はしたなくて滑稽なだけですわ」
ペトラの言葉に、周囲から明確な反感が無言で立ち昇る。
サッと視線を巡らせて反応を確認すれば、平民たちより下級貴族や騎士階級の出と思しき学生たちが、不快さや苛立ちを表情に出していた。
「フハッ、何とも下衆で狭苦しい料簡だ。お前も私も、侯爵家に生まれただけの何事も成していない小娘ではないか。なのに何故、他者の上に立つのを当然のように語っとるのだ」
「愚かしい世迷言を。貴族家に生まれたこと自体が、天に選ばれた証ですわ。そして選ばれたからには、立場にそぐわぬ行いは慎むべきでありましょう?」
馬鹿馬鹿しいにも限度がある主張だが、下手に反論してしまうと王権に対しての異論になりかねない。
私の失言を引き出そうと、ペトラが罠を仕掛けている可能性もある。
そう判断した私は、眉根を寄せた渋面で「何だそりゃ」感を滲ませて頭を振ることで、相手の発言にまったく同意していないのを主張しておく。
その動きを降参のポーズと受け取ったのか、ペトラは勝ち誇った雰囲気を丸出しにして言い放つ。
「貴女が奔放に振る舞えば、メービウス侯爵やルーカス様の足枷ともなりかねない……それを努々お忘れなく」
言うだけ言って満足したのか、ペトラは調子外れな高笑いを響かせながら、取り巻きと共に去っていった。
ドレスが少し地味な令嬢は、去り際に微かな動作と表情でコチラに会釈してくる。
しかし、頼んでもないのに絵に描いたような『思い上がりも甚だしい鼻持ちならない貴族』を演じてくれるとは、中々に気が利いたサービスだ。
この騒動で、私がアレとは別種の生物だと周知されればいいのだが。
「あー……何と言うか、お疲れさん」
「ふはぁ……前々から面倒な性格だとは思っていたが、改めて話してみるとモンスターだな。正面から相手にしていると、コチラの神経がズタボロになるわ」
「話が通じない、とは少し違うっぽいな。認識する世界の形が異なっている、とでも言えばいいのか?」
「デコボコでトゲトゲの、だいぶ歩きづらそうな世界だ」
「地に足がついてないから、本人は平気なんだろうよ」
聞き耳を立てていた何人かが、コンラッドのペトラ評で私と同時に吹く。
元から人望に乏しそうなペトラの株は、今日また盛大に下がったことだろう。
ある意味ガスパールとお似合いではあるが、偏った選民思想を持つ貴族主義者であり、陰湿な策謀に特化した彼奴を権力者に近付けるのは、どう考えても危険だ。
取り巻きの中にいた、話が通じそうな娘にその内に接触しておくか――などと考えながら、配膳係から料理を受け取った。
「やれやれ、やっと食事だ……で、座る場所は自由なのか?」
「まぁ、そうだ。何となく奥から手前に三年二年一年、と別れてるが規則じゃない」
「知らん連中の中に混ざって気まずい思いをする必要もない、といった感じで生まれた不文律か」
「その通り。別学年に友人なり恋人なりいるなら、同席もアリだろうが」
敢えて秩序を乱す意味もないので、一年生が集まった手前側に席を確保する。
六人掛けのテーブルを二人で使うのはどうなんだ――とも思ったが、そこまで混んでいる気配もないので問題なさそうだ。
周囲の学生は私を気にしてチラチラ見てくるが、話しかけてくる者はいない。
細かい傷の目立つナイフとフォークを使い、チキンを切り分けて口に運ぶ。
「うむ、普通に食える」
「感想が貴族サマなんだよなぁ……」
「それは実際そうなのだから仕方あるまい」
「でもよぉ、もっとこう……あるだろう? 美味いとか、微妙とか、好きじゃないとか、脂っこいとか、塩気がキツいとか、感想のバリエーションが」
「マイナスの感想が多すぎんか……いや実際のところ、ここ数年の食事は栄養補給が主目的になっていてな。食えるか食えないか、食べやすいか食べづらいか、みたいな雑な評価軸しかないのだ」
そう言うと、コンラッドは苦味の強い苦笑を浮かべてから天井を仰ぎ、数秒後に真顔になって私に訊く。
「で、そいつは食えて食べやすい、なのか」
「そうだな。食えて食べやすく、温かくて柔らかい。焼き加減も問題ない」
「じゃあ、それは『美味い』でいいだろ」
「しかし、過去のもっと美味な鳥料理の記憶としては、じっくりとローストした山鳩を赤ワインで煮込んだ――」
「そういうややこしいのは忘れろ。一口食ってすぐ次の一口が食いたくなるなら、それは美味いメシなんだよ」
「なるほど、シンプルな判別法だ。となると、このクリームパスタも美味い」
私の言葉に、コンラッドは「わかりゃいいんだよ」という感じに頷く。
どうしてお前が偉そうなのだ、と問いたい気持ちもなくはない。
だが、この男なりの善意で言っているのは伝わったので、流しておいた。
「さて、午後はどうしたものか」
「今までは、何を選択してたんだ?」
午後の講義は選択制になっており、好きな内容を学べる。
各種武器を使った戦闘訓練を重ねつつ、指揮官に必要な戦術・戦略の授業も行われる、軍人志願者向け講義。
作物の品種改良や新たな栽培法を開発し、外国産動物の飼育実験なども行う、農園や牧場の経営者向け講義。
この二つが人気だが、商人・官僚・科学者・外交官・研究者などを目指す学生のための講義も、各種用意されている。
一方、この時代は女性の社会進出が求められていないのもあり、令嬢たちは午前の総合講義のみで終わらせることが多い。
自宅で家庭教師による淑女教育などを受けているケースもあるが、社会に出るまでの猶予期間として遊び回っている者が目立つ。
そして私はどうだったか、と言えば――
「婚約者が特殊なので、専用の学習内容が用意されていたのだがな。その辺が消え失せて暇になってしまった」
「あぁ、そうなるのか……気になるのがあるなら、そこに御供するが」
「私のことがなければ、お前は何をしていたのだ?」
「俺はいつものように、軍人向け講義だったと思うが」
「では、そこに行ってみるとしようか」
そう言った私に、コンラッドは「本気か?」と目顔で確認してくるが、当然ながら冗談ではなく本気だ。
止めるべきか迷っている風だったが、数秒後には止めても無駄と判断したらしく、私の護衛役は長々と湿った溜息を吐いた。




