第19話 途轍もなく厄介な事件を起こす予感がしてならない
学園のカリキュラムは、総じて余裕をもって組まれている。
午前に用意されているのは、政治・経済・産業・軍事・歴史を中心に、責任ある立場に就く者に必要な知識や思考の獲得を目的とした講義だ。
時々は国内外情勢に関する分析や、思想や宗教の解説なども行われる。
学生たちの大半は、貴族であれば高級軍人や官僚や領主、平民であれば商人や役人や農園・牧場主となり、女性はその妻として夫を支えるのを期待される。
つまりこの学園は、やがてブラウトリアの中枢を担う人材の基礎能力を底上げしつつ、学園での関係を将来の人脈形成に繋げるシステムなのだろう。
運営する王家の方では、地方の貴族や富裕層の子女を人質にする意味や、危険分子の予備軍である貧困層の秀才・天才を体制側に取り込もうとする意図が――あるかもしれないが、それらは噂話の域を出ない。
六十分から八十分の講義が二つあり、その後は二時間の昼休み。
食堂は無料で利用できるが、専属の料理人を雇っていたり、有料の特別メニューを注文する学生も少なからずいる。
「そんなワケで昼休みの食堂だ」
「誰に言ってんだ? 姫さん」
「初めて来たが、結構な混雑具合だな」
「人気メニューは早いもの勝ちだから、毎回こんなんなる」
ガスパールの指示に従い、学園では自室でミナと二人の食事しかしていなかった身としては、目が眩むような賑やかさだ。
雰囲気的に近いのは戦地で野営中の食事だが、そこに漂っていた緊張感や悲壮感などはなく、ただただ陽性の騒々しさに満ちている。
「皆が昼休みで浮かれていた意味が、やっとわかった気がするぞ」
「大袈裟だな……大貴族サマってのは、どいつもそんな感じか」
「私以外がどうなのかは、よく知らん」
そんな会話を交わしつつ、コンラッドの案内で食券を選ぶ列へと並ぶ。
楽しげに笑っていた下位貴族の娘らしい二人連れが、後ろについた私を見ると揃ってギョッとした表情を浮かべ、会話を途切れさせてしまった。
視線から察するに、私がベレンガリア・メービウスだからではなく、短すぎる髪型に対するリアクションらしい。
さっきまでの教室では指摘されなかったが、講義が始まる前のイザコザでそれどころではなかった、というのもあるな。
「おい、メニューの中で推奨品はあるか」
「えっ、あっと……パスタなら大体ハズレなし……かも、です」
二人連れの、デカいリボンで暗灰色の髪をまとめている方に訊くと、自信なさげな答えが返ってきた。
標準服を着ているから平民だろう、と雑な対応をしないのは好感が持てる。
が、それはそれとして頼りないので、コンラッドの意見も確かめておく。
「……だそうだが、お前からのアドバイスは?」
「悪くないけど、量が物足りないんじゃないか。二皿か三皿を注文するか、ランチセットに追加するのが無難だろ」
「難しかないわ! 私のどこに、そんな大量の食物が入るのか」
「なら抑えめに、グラタンやパエリアと合わせればいい」
「抑制はどこ行った! 健康な食生活の概念は持ち合わせとらんのか」
「そこはまぁ、育ちが悪いんで勘弁してくれ。まず、毎日の食い物が確保できるのも、当たり前じゃなかったんでな」
苦笑いで言うコンラッドだが、目の奥が笑っていない。
何気ない会話の中でも、埋めようのない生活環境の差を再確認させられる。
だが、そこで引っかかっても、重苦しい雰囲気になるだけだ。
なので何となく流し、二人連れ令嬢のデカリボンじゃない方に話を振った。
「お前は今日、何を注文するのだ」
「私、ですか? 私は食事を制限しているので、海藻サラダとコンソメスープを……」
「その体格なら、減量など必要なかろう。むしろ、もっと食うべきだ」
「は、はぁ……」
オレンジっぽい巻き髪の献立も、偏りすぎていて参考にならない。
病気でもないのに食事制限で減量を試みるなど、上流階級のみに許された贅沢だ。
常に体力勝負の日々だった私には縁遠いし、裕福でない生活をしている者にとっては悪い冗談としか思えんだろう。
似たような感想を抱いたのか、味わい深い表情を閃かせたコンラッドだが、口の端を歪めただけで何も言わなかった。
「ふぅむ……選択肢が多いのも悩ましい」
「今まではどうしてたんだ?」
「どう、と訊かれてもな。出されたものを食うだけだ」
「でもアンタ、侯爵令嬢なんだろ? だったらアレが食いたいとかコレが食いたいとか、我儘ぶっこいても良さそうなモンだが」
「私は王族に嫁ぐ予定だったのでな。王国のため、大公家のため我を捨てるように教育され、その一環で飲食物の選り好みも許されておらなんだ」
「うへぇ……貴族サマは貴族サマで、ヘンテコな苦労もあるってことか」
「とはいえ、残飯や泥水が出て来はせん。苦労といっても高が知れている」
偏見多めの混ぜっ返しに事実でもって応じれば、若干の気まずさをチラつかせてコンラッドが首筋を撫でる。
貴族である私に対し、強めに当たってやろうとの気配があるのだが、どうにも根底の部分の人の好さで空振りしているようだ。
それを指摘するのも野暮なので、コチラからは特に何も言わない。
だが、陰湿な立ち回りは似合わぬ性格だと、早めに自覚して欲しいところだ。
「よし、日替わりランチにしよう」
「悩んだ末に普通だな……お、今日のメインはチキンソテーとクリームパスタか。オススメはバゲットを三つ追加して、手製のチキンサンドを作りつつソースも残さないってスタイルだが」
「だから、お前の規格外の胃袋を基準にするのはやめんか」
デカリボンと巻き髪の後で、食券の並んだ台を眺める。
なるほど、札が無くなればそのメニューは売切れ、とわかるシステムか。
日替わりの札を選ぶと、コンラッドは私と同じものともう一枚を選ぶ。
「日替わりランチに、何を足すのだ」
「さっき色々と話してたら、ちょっと食いたくなったんでミートパイを」
「そうか……いや、話してた中に出てきたか? それ」
トレーを手に料理を取りに行こうとすると、不意に数人が立ち塞がる。
敵意や悪意は伝わってくるが、そこまで深刻な攻撃性はなさそうだ。
コンラッドも同様の判断をしたのか、意識を戦闘態勢に切り替える様子もなく「何だコイツら」と言いたげな視線を相手に向け、それから私に向けてきた。
知らん――の意味を込めて頭を振り、集団のボスが誰なのかを探る。
女が四人に男が一人、女は全員が高級感を隠さない派手な服で、男は軍服から無骨さと機能性を抜いたような不気味な装いだ。
男は誰かの護衛として、一番偉そうなのは――ああ、髪型こそ違っているが、世の全てを小馬鹿にしたような冷笑は、見飽きるほどに見ている。
「珍しい場所で会うな、ペトロネラ。今日の日替わりランチはチキンソテーとクリームパスタだぞ」
「貧乏人のエサになど興味ありません。妙な格好をした貴女を妙な場所で見かけたので、何を企んでいるのか様子を伺っていたのですわ」
「何を食おうか、としか考えてなかったが」
「フッ――いつの間にやら、冗談がお上手になったこと。ガスパール様との婚約が破談になったとて、食や服を最底辺まで落とす必要はありませんでしょうに。もしや、御実家からも追放されるのでは……ああ、その愉快な断髪も修道院へと入るため御準備で?」
ペトロネラの嫌味ったらしい冗談に、取り巻きと護衛は然も楽しそうに追従の笑いを漏らす。
いや、口許を扇で隠している一人は、笑っているフリをしているだけだな。
よくよく見れば、他の三人と比べてドレスの造形も大人しめなようだし、そこそこ常識人なのか。
「ガスパールの行状を知っておきながら、まだアレの隣に収まりたいか」
「誰もそのようなこと、申しておりませんわ……ただ、王族の一員という立場は、貴女には重すぎたようですわね」
ペトラ――ペトロネラ・ゲッフェルト侯爵令嬢は、この頃から既に鬱陶しさ青天井な性格が完成していたようだ。
前回では、会う度に不快なのでなるべく顔を合わせないよう逃げ続けた結果、捻じれ放題な人格に気付くのが遅れてしまった。
後にガスパールの側妃となり、宮廷内で異様なまでの存在感を発揮し、国政にまで無駄に影響力を及ぼした通称『影の女帝』。
第二皇子ゲオルクと第一皇女カタリナの母だが、皇子の種が本人の申告通りにクリスだったとすると、長期計画で簒奪の陰謀を巡らせていた可能性もある。
コイツを表舞台から退場させておかないと、いずれ途轍もなく厄介な事件を起こす予感がしてならない――が、今は阿呆の相手をするには腹が減りすぎている。
とにかくもう面倒なので、サッサとこの茶番を終わらせてしまおう。




