第18話 聞き流すには声がデカすぎる
コンラッドと共にBクラスの教室に入ると、ざわついていた室内の空気が静寂に支配される。
三十人に届かない程度の少年少女の瞳が、一斉に私に向けられた。
それに視線を返せば「睨まれた」と言われそうなので、焦点を学生たちに合わせずに、室内の様子を観察しておく。
生徒の机が階段状に配され、その前に教卓が置かれている形は、今まで通っていたAクラスと変わらない。
よくよく見れば、一人分の座席の幅が若干狭くなっており、机に使われている素材が二ランクほど落ちる等の違いはあるが。
更に言うなら、窓枠の意匠や柱の彫刻などの、室内装飾も全体的に控えめだな。
『彼女が、メービウス家の』
『あんな騒動を起こしておいて……』
『美女が増えるのは歓迎だよ、うん』
『あいつのせいで、メグが……』
三呼吸ほど無音状態が続いた後、学生たちが無秩序に喋り始める。
話題の中心になっているのは、当然ながら私の存在だ。
参加者が好き勝手に発言する会議に慣れ過ぎたせいで、内容の大部分を聞き分けられてしまうのは、良いのか悪いのか判断に悩む。
ザックリと比率を分析すれば、悪意が2に不快が2、好奇が5で無関心か消極的受容が1、といったところか。
「あー、姫さん……黙らせようか?」
「要らぬ気遣いだ。自分がどう思われているか知るのも、学園生活では大事なことだろう」
「罵詈雑言を浴びたいとか、自虐趣味がすぎるぞ」
「それ以外も、あるにはありそうだ」
コンラッドの小声の提案を拒否し、軽く顎をしゃくる。
その先では、好意的とも取れる発言をしていた男子学生が、ヘラッと笑いながら小さく手を振っていた。
醜聞を巻き起こした直後の高位貴族令嬢にまったく物怖じしないのは、無神経なのか強心臓なのか。
明るい茶色の髪をした、人目を引く目鼻立ちの典型的な優男だ。
その優男は、一目で高級品とわかる服とアクセサリーを身に着けていた。
高位貴族か大商人の子弟なのだろうが、前回の人生の記憶には残っていないので、早逝するか没落するかで世に埋もれたと思われる。
優男と同じようなグレードの衣装で固めているのは数名、審美眼があれば素材や仕立ての良さを見抜けそうな服装も同数くらい、それらには及ばないが普通に上質なものを着ている連中と、標準服やその同等品なのが残りの半々、だろうか。
「アレは正直、オススメできないが」
「ふむ、見るからに要注意ではありそうだ」
「イザーク・ボネ。素行不良な子爵家のドラ息子だ」
「ボネ……あぁ、西方辺境の」
ボネ子爵家は由緒ある家柄だが、領内にこれといった名所も産業もない、平均的な資産の貴族だった。
なのに三代前が骨董趣味で散財し、先々代はギャンブル的な投資に失敗。
そして借金で首が回らなくなった先代が、素封家の豪農から婿を取ってどうにか家名を残した――そんな情報が脳裏を流れる。
イザーク個人については、後々コンラッドに聞いておけばいいか。
「さて、注目を集めるのにも飽きたな。私の席はどこだ」
「えぇと、窓側……向かって右の一番奥だな」
「ほほう、件のドラ息子のすぐ後ろか」
私の言葉に、コンラッドが眉根を寄せる。
人間関係で選り好みをしない印象のある男が、ここまであからさまな拒絶反応を見せるとは。
逆にどこまで危険なのか気になってくるな、と思いつつ席に向かっていると、案の定イザークが話しかけてきた。
「お初にお目に掛かります。ボネ子爵が息、イザークで御座います。以後、どうぞお見知りおき下さい」
「ベレンガリア・メービウスだ……そう遜る必要はない。同窓相手にそれでは、まともに話もできんだろう」
略式ではあるが丁寧な挨拶をしてくるイザークに、なるべく柔らかい表情と声音を選んで応じる。
これで、私に対して過度に緊張する必要はないのが伝わるし、身分差をそこまで重視していないのも周知できて、警戒心はいくらか薄れただろう。
計算しての行動か自然体でこうなのか判別できないが、外見の印象から受けるのとは別種の「人たらし」なのかも知れん。
そんな感じに仮の評価を下していると、コンラッドがこれ以上ないほどの顰め面で割って入った。
「貴公子のフリが上手いじゃないか、イザーク」
「おっと、そいつは手厳しい。こう見えて、本物の子爵令息なんだが」
「それは知ってる。だけどな、お前の中身は――」
「やめよ、コンラッド」
制止の声を上げれば、コンラッドは肩の力を抜いてイザークから顔を逸らす。
真顔になりかけていたイザークも、元の緩んだ表情に戻して、コチラに浅く頭を下げて席に座る。
コンラッドとイザークの確執は気になるが、今ここで訊くことではなさそうだ、と思いつつ椅子の座り心地を確かめていると……
『さすが――大した迫力だ』
『――婚約者も、これでは――だな』
『まったく、女だてらに――』
『そもそも、大公家といって――』
少し離れた席から、陰口にしては音量が大きすぎる雑言が届いた。
周囲の音が邪魔でハッキリ聞き取れないが、まぁまぁ明け透けな口ぶりだ。
私への悪口は私の裁量で許せるが、王族への批判とも取れる文言が混ざっているのが気になる。
度胸があるのか思慮が足りぬのか、どちらにしても碌な結果になりそうもない。
一喝して黙らせようと、タイミングを見計らっていたのだが。
「どうせなら、死んでくれてりゃ笑えたのに」
不意に教室内が静まった隙間に、物騒な一言がポンと投げ出された。
発言者も焦っているだろうが、聞いてしまった周囲も固まっている。
聞き流すには声がデカすぎるし、それまでの文脈から主語がガスパールなのも隠しようがない。
自分が軽く見られているのは承知していたが、ガスパールも随分と人望を失っていたようだ。
コンラッドが「どうすんだコレ」と言いたげに見詰めてくる。
イザークも「何とかしてくれ」と言いたげに振り返ってくる。
教室内の視線が、縋るように責めるように私に集まってきた。
責められるのは御門違いだろう、と抗議したい感情を捻じ伏せてゆっくり立ち上がり、発言の主がいる方を向いて言う。
「随分とまぁ、大胆な意見を持った者がいるようだ……だがな、そのような放言で示せるのは勇気ではない。蛮勇とも呼べはしない単なる愚痴だ、馬鹿者がっ!」
語気を荒くして叱責を飛ばせば、教室内にいる者の大半の表情が引き締まり、馬鹿話を繰り広げていた元凶たちの肩がビクッと跳ね上がる。
「下町の居酒屋でなら聞き流せる舌鋒鋭い暴言も、場所が違えば己の首を掻き切る刃に成り得ると知れ! 我らは最早『子供だから』で許される歳ではないのだぞ!」
私に反感を抱いている者も少なからずいるだろうが、反論を述べてくる様子はない。
侮られるより畏れられる方がいいとミナには言ったが、この調子では私の立場はまた妙なことになる予感がする……
「とは言え……死んでくれたら笑えた、との意見には同意だ」
半笑いで言い放てば、緊張感を伴うどよめきが教室内に拡がる。
「おい、それはマズいだろっ」
「ベレンガリア様、流石に不敬がすぎます」
コンラッドとイザークが、早口の小声でそれぞれに告げてくる。
私と視線が合った名を知らぬ貴族娘は、真っ青な顔で慌てて視線を外す。
「十年を共に過ごしたが、あのクソボケに対して『死ねばいいのに』と思った回数は百や二百では間に合わんぞ。皆もアレが学園から消えて万々歳ではないのか」
「だぁああああああっ! もうヤメろって!」
「むぅ? えらくアレを庇うのだな、コンラッド。皆もやけに神妙な顔をしているが、そんなにもクリスは慕われていたのか」
「はっ? クリス?」
「ガスパールの幼馴染で、護衛の任にあったクリスティアン・ネルディンクだ。忌々しいことに、私も六歳の頃から付き合いがあって、あの愚か者には散々に悩まされてきた」
そう私が続けると、緊迫していた空気は一挙に霧散し、安堵の溜息がアチコチで吐き出された。
「言いたいことも言えん環境は不健康だが、何を言っても許されるのは幼児だけだ。陰口というのも、存外人の耳に拾われると思い知っただろう。最低限の礼儀を弁えていれば、私は話を聞く。意見を取り入れるかどうかは別問題だが、言いたいことがあれば直接言え」
そこまでを一息に言い切ると、教室内に再び大量の溜息が溢れた。
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