第17話 帝国を滅ぼした原因が自分の癇癪だった説
不敗の英雄と呼ばれ、奇跡の驍将と称えられた、自由ローフィス軍の総司令官。
帝国の王侯からは叛徒の頭目、賊軍の親分などと蔑まれ憎悪を一身に集めていた、コンラッド・ヴェンゼル。
同世代と知ってはいたが、まさか学園の同級でもあったとは。
かつて集めた情報の中にも無かったが、とり零したのか隠匿されていたのか。
怨敵というか仇敵というか、この身と祖国を滅ぼした元凶と呼ぶべき存在なのだが、不思議と目の前にいても恨みや怒りは生じない。
お互いのことを知り尽くしながら、一言も交わさないまま終わった奇妙な関係。
計画通りに偽りの講和会談が行われたら、最後に何を告げただろう。
大笑いで勝ち誇るか、呪詛を吐き棄てるか、でなければ――
「おい、顔が近いぞ姫さん。何をそんなにジロジロと」
「ん、ああ……すまぬ。どうも、以前に見たように思えてな」
「フハッ――貴族サマから逆ナンされるとは、俺の男前も中々のモンだ」
「要らん軽口は値打ちを下げるぞ。無駄に敵を作るのも意味がない」
もっとギクシャクした対応になるかと思ったが、自然と言葉が滑り出る。
当たり障りのない会話で終わらず、つい助言めいたものまで語ってしまった。
この感じだと、もしも最後に言葉を交わす機会があったなら、謝罪を述べていた気もするな。
そんなことを考えつつ改めてコンラッドを見据えると、相手は極まり悪そうに頭を掻いて目を逸らす。
「あー……まぁ、アレだ。とにかく、しばらくは何するにも俺が引っ付いて回るけど、姫さんは『そういうもの』だと我慢してくれ」
「心得た。ついてくるのは、風呂や便所にもか?」
「うぇ? いや、流石にそれは……」
まともに答えかけてから、軽口を返されたと察したコンラッドは渋い顔になる。
全身で「やりづらい」との感情を表現しているが、それはコチラも似たようなもの。
にしても、どういう理由でコイツが私の護衛に選ばれたのか。
ブラウトリアの貴族家でヴェンゼル姓を見た記憶がないので、この男はおそらく平民か騎士の出身。
いくら訳アリといっても、侯爵令嬢の身辺に侍らせるのは不自然だ。
「ところで、お前は何故に私の護衛役を命じられたのだ」
「命令されたワケじゃなく、志願だ。剣術指南のバルハウス先生から、貴族の姫さんが護衛を募集してるけど、希望者が全然いないって聞いてな。詳しい事情を教えてもらったら、ちょっと面白そうだったんで俺が請けた。あとは、そうだな……報酬が異常に高いってのもある。学生が気軽に稼げる額じゃねえ」
「危険だと思わなかったか、そんな条件で」
「守る対象は侯爵家の姫さん。だったら当然、他にも護衛はついてるだろ。要するに、俺の仕事はアンタの監視役だ」
流石は未来の革命軍リーダー、状況を見ての推理と判断は中々に的確だ。
私もコンラッドは監視役だろうと思っていたが、その役目を希望する者が皆無だったのは若干つらい。
王族相手に暴力沙汰を起こすヤバい奴として敬遠されたのか、或いはガスパールからの報復を警戒したのか。
もしかすると、現在のメービウス侯爵家と関わるのはハイリスク、と認識されている可能性もあり得る。
「それでも一応は護衛なのだ、私の身は守ってくれよ。何度も絵具に塗れるようでは堪らん」
「それはまぁ、仕事だからな」
「そういえば、私を青色にしてくれた娘は、厄介事に巻き込まれてないか?」
「貴族連中に囲まれて文句言われたりとか、ちょっとあったみたいだが……いつの間にか落ち着いてた」
「そうか。特に問題ないなら、それでいい」
本人の意志と関係なく、親の都合で私に取り入ろうとする貴族や商人の子女は、少数ながら存在していた。
ガスパールによって大部分は排除されていたが、その状況を好機と考えて小賢しい立ち回りをする手合いも常にいる。
そいつらが、手柄顔でアンジェリカ嬢を攻撃する懸念があったのだが、どうやらルグラン男爵の娘が対処してくれたようだ。
「トラブル相手の平民を気にするとは、随分とお優しいこったな」
「平民でも貴族でも、人が謂れなき罪に問われるのは不快だ」
「でも、やらかしたのは事実だろ?」
「それについては、二人の間で話がついている。余人が口を挟むことではない」
どういうつもりか、コンラッドはやけに踏み込んでくる。
「じゃあアレか。莫大な借金でも負わせて、奴隷に落とすつもりか」
「私をどんな外道と思っとるのだ。あの娘が芸術専攻と聞いたので、自信作を一つ贈ってくれたら、それで手打ちだと伝えてある」
「そんなワケが……と言いたいとこだが、本当らしいな。リカの話と同じだ」
「何だ、知り合いを心配していたのか」
「そんなでもないけどな。あんまリカに無理を言うようなら、アンタに意見しなきゃならんとは考えてた」
それを普通は心配と呼ぶのだ、と言いかけて苦笑に紛らわせる。
友人なのか恋人なのか、詳しい関係性はわからない。
だけどアンジェリカ嬢は、コンラッドにとって大切な存在のようだ。
となると、あの娘にドレスを台無しにされたのに逆上し、テロの容疑者として衛兵に突き出した私の行動は――
「どうした、姫さん。何だか顔色が真っ白になってるが」
「んぉ!? いやいや……大丈夫だ、うん。今回はたぶん、大丈夫」
「何言ってんだ? ホントに大丈夫なのか」
「だいじょうっ、ぅぶっ」
前回の破滅を招いた銃爪を不意に発見し、嘔吐きが止まらなくなるレベルの動揺に襲われる。
学園でのコンラッドに関する記憶がないのは、おそらくアンジェリカ・ハンバートが投獄されるか処刑されたかの後、復讐のため姿を消したのだろう。
私個人への怒りもあっただろうが、それ以上に名もなき個人を簡単に消し去れる、理不尽な体制への憤りが革命への第一歩になったのではなかろうか。
「ダメじゃねえか。教室じゃなくて医務室行くか」
「いや、大事ない。軽い眩暈が起きただけ、だ」
「持病あるなら、言っといてくれよ? 急に発症されても対処できん」
「こういう不調は……少し休めば鎮まる」
私が言い切れば、コンラッドはそれ以上は何も言わなくなる。
色々と雑な印象を受けるが、その実は無神経でもないようだ。
しかし、ブラウトリア帝国を滅ぼした原因が自分の癇癪だった説は、想像を絶するドギツさがある。
事実として引き受けるには重すぎるので、数多ある理由の一つであり、あくまで可能性にすぎない……としておこう。
「顔色が元に戻ってきたな。そろそろ教室に向かいたいが、自分で歩けるか? ダメそうなら背負うが」
「ん……平気だ。世話をかけたな」
「気にすんな。姫さんの面倒を見るのも、仕事の内って言われてる」
「どんだけ問題児だと思われとるのだ」
「俺の知る限りでは、婚約者の王族をブン殴ったアンタを超える厄介者は、この学園の創立以来いねぇな」
ニヤついた顔で言うコンラッドに、私は人差し指を突き付けて反論する。
「間違っているぞ、コンラッドよ」
「どこが違うってんだ?」
「私はガスパールの奴を殴っておらん。頭を蹴り飛ばしただけだ」
「フハッ――」
「浮気相手の小娘を殴り倒したのと、混ざって伝わってるようだな」
「じゃあ、あの噂はどうなんだ? 剣を抜いたクリスの野郎を、アンタが素手の一撃で沈めたってのは」
「それも違う。彼奴には腹と顔面に蹴りを入れたから、合計で二発だ」
「フッ、フハハハハハッ! いやぁ……スゲェな、アンタは」
楽し気に笑うコンラッドは、私の肩を叩こうとする素振りを見せる。
だが寸前で身分差を思い出したのか、空中で手を止めて引き戻すと、自分の首筋を無意味に撫でた。
やはり、パッと見の印象に似合わず気を回せる人間のようだ。
それを再確認しつつ、ノックするような動きでコンラッドの胸を軽めに叩く。
「そんなワケだから、お前は私を守るより、止めるのに忙しくなるかもしれん」
「任せとけ。タックルには自信がある」
「いやいや……もう少し丁寧に止められんのか?」
「丁寧な対応してたらアンタは止まらんだろ、たぶん」
新たな護衛役に任じられたのは、因縁が山盛りなコンラッド・ヴェンゼル。
どうなることかと思ったが、まぁまぁ話が通じそうな相手で助かった。
それにしても、アンジェリカ・ハンバートの件はどうしたものか……
すぐに答えが出そうもないので、とりあえずは編入先の教室へ向かうとしよう。




