第16話 これは前回の私の主な死因
馬車に揺られて、学園へと続く石畳の道を進む。
対面の座席に腰かけているミナは、一見するといつも通りに悠然とした雰囲気だが、付き合いの長い私には不機嫌さが渦巻いているとわかる。
理由は想像がつくが、一応確認しておくべきだろうか。
「折角だから色々と変えてみたが……率直な意見はどうだ?」
「そうですね……まるで十年ほど若返ったようです」
「十年だと、美少女から美幼女まで退化しとるではないか」
「そのような短い髪にするなど、童女か老婆か修道女くらいです」
私の抗議に、ミナは引き攣り気味の笑顔で答えた。
謹慎期間が終わり、今日から学園での生活が再会される。
ガスパールとは別のクラスに編入されたり、寮の部屋が王族用の特別室から貴族用の一般室へ移動されたりと、様々な変化があった。
そのついでに髪を切って、ドレス着用もやめると決めたのだが、ミナは現状をまだ受け入れられないようだ。
「しかし、切ったのはミナであろう」
「ベルさまが雑に鋏を入れたので、仕方なく切り揃えたと記憶しておりますが」
「洗髪後の乾燥も、朝の身支度も楽になる。もっと流行るべきだな、この断髪は」
手櫛で白銀の髪を梳きながら言えば、ミナは言いたいことを五つ六つまとめて飲み込んだ表情を浮かべる。
「ガスパールとの婚約解消の件もある。いずれにせよ好奇の目が集まるなら、徹底して異物となってやるのも一興よ」
「それで、断髪に標準服ですか。本格的に悪目立ちしますね」
「青く染めてしまうのも考えたが、それだと例の……アンジェリカか。あの娘が心痛で倒れるかもしれん、と思い直してな」
「冷静で的確な判断ではありますが、検討する時点で如何なものかと」
呆れ半分でミナが言うが、呆れ全開じゃないだけ私の言動にも慣れたようだ。
アンジェリカ・ハンバートについては、メービウス家の傘下にあるルグラン男爵家の令嬢――ポーリーンにそれとなく庇護を頼んでおいたが、あまり器用に立ち回れる娘ではなかった記憶があるので、妙な状況になっていないか少し不安だ。
「私が不在の間、学園で特筆すべき異変は」
「こちらで確認できる範囲では何も……事件に関する噂は今も派手に拡散中ですが」
「そういえば、ガスパールの奴は普通に授業を受けているのか?」
「ベルさまに蹴られた翌日から、欠席を続けております。どうやら外交上の任務で王城に召喚された、ということになっているそうで」
「ふふっ……この国の言葉も怪しいボンクラを外交の場に、か」
いくら何でも無理のある設定だが、王家としては野放しになったガスパールが更に醜態を重ねるのを避けたかったのだろう。
クリスは勿論、他の護衛も全員クビになったと思われるので、新たな人選に苦労している可能性もある。
自分が騎士や下位貴族の子弟だったとして、ガスパールのような粗忽者に将来を託すのは不安しかない。
「ともあれ、ガスパールからの無理難題に悩まされるのも、無意味な花嫁修業で疲れ果てるのも、今後はもうない。それだけで、今日からの学園生活は薔薇色と言っていいのではないか」
「薔薇の色を楽しむ前に、生い茂った茨を刈り取る必要がありますね」
ミナの言葉も中々に棘があるが、学生たちから私への悪意や隔意は隠しようもない。
学園の敷地内に入り、馬車を降りて新たな自室のある寮へと向かう僅かの距離だけで、不快な視線や聞こえよがしの悪口が無数に届く。
侯爵令嬢に対して普通ではあり得ない態度だが、ガスパールとその取り巻きに長年虐げられていたせいで、雑に扱うのが当然との意識が浸透しているのだろう。
「なるほど……面倒な茨の道が用意されているらしい」
「茨の道というか、茨だけの植え込みですかね」
「刈るよりも、いっそ焼き払った方が早いのではないか?」
「効率で考えればそうかもしれませんが、焼いたら薔薇は咲きません」
「ふはははははっ、道理だな。ではまぁ、気長に剪定するか」
高らかに笑う私に、不気味なものを見る目を向ける女子学生に気付く。
何か言ってくるかな、と思ったが相手は目を伏せてどこかに走り去った。
そういえば、「感情を表に出すな」との教育を受け続けたせいで、人前で笑うことなど滅多になかったな。
あの娘にしてみたら、人形や絵画が笑うのを目撃したようなものか。
髪をバッサリと短くしたのも、尋常でない気配を増加しているかも知れん。
「いずれ皆も慣れるでしょうから、それまでは我慢してください」
「どうということもない。嘲られるのも軽んじられるのも、もう慣れたものよ。とはいえ、今後は一線を越えたらそれなりの報いは受けてもらうが」
「やりすぎてしまうと、別ベクトルで腫れもの扱いが待ってますよ」
「侮られるよりは、畏れられるべきであろう」
「それはそうなのですが、畏怖を通り越して忌避や拒絶に至る危険についても、留意しておくべきではないかと」
ミナの言葉に、己が目指すべきポジションについて改めて考える。
暴虐皇妃と呼ばれる人生を繰り返す気もないが、誰かの道具や踏み台で終わるのも御免被りたい。
様々な物事のバランスを考えながら多数の意見を擦り合わせ、調整役として奔走するのも真平だ。
「最優先すべきは自由、だな」
私に割り当てられた新たな部屋に、ミナや寮付きの使用人が荷物を運び入れるのを眺めながら、方向性を再確認する。
何の肩書も持たず、頼るべき相手がおらず、人を雇う金もなければ、こういう作業も全て自分でやらねばならぬ――そんな環境は不自由極まりない。
やはり謹慎中に検討したように、メービウス侯爵家の娘という立場は一旦措いて、私個人に属する人材・実権・資産・武力を有する必要がありそうだ。
新しい住居はだいぶ狭くなったが、これは以前が広すぎただけだ。
格式だの品位だのを気にするよりも、実用性を重視してもらいたい。
裕福な人間が富を過剰に貯め込むのも害悪だが、無意味な浪費などせずとも金の使い道はいくらでもある。
そんなことを考えつつ新居の様子を確認し、一人で新しい教室へと向かう。
これまでは大公家の選んだ護衛がついていたが、どうやら中止されたらしい。
「ガスパールの差し金か……しかし、大公家としては婚約を継続したいはず。となると、父上の思惑だろうか」
理由はどうあれ、両家の関係が変わったのを明白にしたい者がいるようだ。
私としては歓迎すべき状況だが、いくら安全が確保されている学園内とはいえ、高位貴族の令嬢を単独行動させるのは如何なものか。
もしも革命思想に染まった過激派学生などが潜入していたら、だいぶ拙いことになりかねない。
それなりに警戒しながら宿舎と校舎をつなぐ廊下を歩いていると、見知らぬ男子学生が不意に現れて進路を塞ぐ。
「ベレンガリア・メービウス、でいいんだよな?」
「お前は事実を確認しているだけなのだろうが、面識のない相手に声をかける態度としては最悪に近いぞ」
「おっと、そいつはスマンな。アンタは有名人なんで、つい」
「で、そんな有名な美少女を呼び止めたのはどこの誰で、どういう用件だ」
「ああ……俺はラッド。今日付けで、アンタの護衛役を命じられた」
私より頭一つ分高い身長で、標準服が少しキツそうな鍛えられた体格。
端整と評するには野性味の強い容貌で、鋭い眼光が良くも悪くも印象的。
赤味の強い長めの髪を雑に括っているなど、身嗜みにもあまり頓着がないらしく、学生というより兵士や騎士の雰囲気に近い。
しばらく観察していると、どこかで見覚えがあるような気が。
「ラッド……コンラッド、か?」
「うん? 俺みたいなモンの名前、どうして貴族サマが知ってんだ」
反射的に頭を抱えて蹲りそうになったが、ギリギリのところで堪える。
不思議そうにコチラを見ている凛々しい少年の顔と、新聞やビラで何千回も見てきた精悍な壮年の顔がダブる。
これは前回の私の主な死因、の一人で――後に革命軍の英雄となるコンラッド・ヴェンゼルだ。
色々とありすぎることがあってからの新展開です!
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