第15話 何それ、何それ、何それっ!(★)
※今回はマルガレーテ(ガスパール愛人・一周目の側妃)視点になります
実家であるバーゼル男爵家の領地に戻され、もう何日が経っただろう。
王都ニースベルグから馬車で三日ほどの距離だけど、もっともっと遠くまで連れ去られた気分だ。
謹慎中だからって、離れに閉じ込められて一歩も出られない、囚人みたいな扱いにも我慢の限界が近い。
だから呼び出した執事に、溜まりに溜まった不満をぶつけた後で訊く。
「パパは……パパは、まだ帰ってこないの?」
「はい。この十日、男爵様はお戻りになってません」
「お願いだからメグの話を聞いて、って手紙は届いてるよね?」
「内容は存じませんが、手紙はお渡ししてあります」
執事のオーエンの返答は、いつものように事務的だ。
いや、以前は多少なりとも敬意を感じさせる接し方、だった。
なのに今は、完全に厄介者に対する態度になっている。
そうなった理由はわかる――だが、そうなった事情には納得いかない。
「こんなの、こんなの全部が間違いで、メグは何も悪くないのっ!」
この言葉も、あの日から何度繰り返したかわからない。
口にするだけでなく、頭の中でも常にリフレインさせている。
そうしないと、周囲から投げられた「お前が悪い」「当然の結果だ」「常識ないのか」といった悪口の数々が、真実になってしまう。
そんなのはダメだ――許されることじゃないし、許しちゃいけない。
実際にどうなのか、なんてのは問題じゃない。
メグにとっての正解は、いつだってちゃんと用意されてる。
何にもしなくても、パパとかガスパールとか他の誰かが、全部やってくれてたのに。
なのに、どうして今回は何もかも上手くいかないんだろ。
「そうだ……あいつ! あいつが、ベレンガリアが邪魔してるんでしょ!?」
あの女が、侯爵家のチカラを使ってメグを陥れてるんだ、きっと。
その閃きをオーエンにぶつけると、顔を顰めて首を振る。
「メービウス家からは、マルガレーテ様に対し寛大な処置を許す、との通達が……」
「許すって何なのっ!? メグは被害者なんですけどっ、ホラッ!」
口内に指を突っ込んで上唇を引き上げると、オーエンが目を逸らす。
実家が大貴族ってだけでガスの婚約者に収まっていた、つまらない人形女。
あいつにいきなり殴られて、無惨に折られた歯は治療できてない。
こんなことされて、しかも一ヶ月の謹慎なんて、ホントに意味不明すぎる。
いくら侯爵家だからって、こんなデタラメが許されていいの?
「意味わかんない……ホントに無理……何なのこれ……」
どういうことなのか、ガスからちゃんと説明してほしいの。
そう何度も頼んだのに、ガスに会えないどころか、手紙を書くのも許されない。
だったら、とクリスティアン経由で連絡を取ろうとしたのに、オーエンも他の使用人も頼みを聞いてくれなかった。
ネルディング家は今それどころじゃない、とか言われても何のことだかわかんないんだけど。
「みんなさぁ、テキトーなこと言って誤魔化して……全部メグが悪い、って話にしようとしてんでしょ!? そんくらいさぁ、わかってんだからねっ!」
人差し指を突き付けて言えば、オーエンは痛みを堪えた表情になる。
これはきっとアレね――「痛い所を突かれた」時の反応に違いない。
でも、いくら周りのズルが見抜けたって、このままじゃヤバい。
このままだとメグが悪役にされて、それでお終いになっちゃう。
「とにかく、パパに早く来てって伝えてよ、オーエン」
「はい……お伝えは、しておきます」
「伝えるだけで、それで終わりだと思ってるから、いつまで経っても来ないんでしょ! もっとちゃんと、メグがホントのホントに困ってるから、助けに来てって伝えてよっ! どうしてそのくらいのこと、わかんないの!?」
サッサと退散したい、みたいな雰囲気を隠そうともしないオーエン。
その態度にイラッとして、ついつい声も大きくなってしまう。
ここまで強く言えば、今までだったらメグの本気が伝わったのに。
なのにオーエンは態度を変えず、室内に控えるメイドも無表情のままだ。
何かがおかしい、確実に何かが捻じ曲げられようとしている。
「男爵様は現在、お嬢様のため奔走していると思われますが」
「何それ!? だったらまず、メグを閉じ込めるのはオカシくない?」
「閉じ込めるなど……ただ、事情が事情なので外部からの接触は危険が……」
「この件が広まって困るのなんて、ベレンガリアくらいじゃない! ガスとメグが愛し合ってると皆が知れば、あの女も余計な真似できなくなるし!」
グダグダと言い訳ばかりのオーエンに正論で反撃すれば、また黙り込んでしまった。
パパ以外の大人たちは、都合が悪くなるといつもこれだ。
コドモだからわかってない、オンナは余計なこと言うな、みたいな態度で口を塞ごうとしてくる。
それでウンザリして大人しくすれば、何もかもがつまらない形で落ち着く。
「お嬢様……とにかくここは、男爵様を信じてお待ちください」
「だーかーらー、もう十日以上も待ったじゃん! ベレンガリアはもう学園に戻ってるんでしょ!? どうして加害者がもう放免されて、被害者のメグが閉じ籠もってなきゃいけないの?」
「もし今、学園に戻っても辛い目に遭うだけですよ、お嬢――キャッ!」
「うるさいっ! 話に入ってくるなっ!」
賢しらに口を挟んできた年増のメイドに、手元にあった香炉を投げつける。
大体、何なのコイツは――いつも一緒だった、二人のメイドはどこ行ったの。
そう問い質そうとするが、年増メイドは右手首を押さえて部屋を出て行った。
仕方ないので、険しい表情を浮かべているオーエンに訊く。
「何なの、あの無礼なメイドは! それに、リリーとマイは?」
「彼女は……私の伝手で呼んだ臨時雇いです。リリーとマイには、暇を出しました」
「暇、って……クビってこと? どうしてそんな、勝手にっ!」
「命じたのは男爵様です。お嬢様の行動を諫められなかった、というのが理由になります」
オーエンからの説明に、しばらく呆然とする。
その後で、カーッと体の芯が熱くなってきた。
あんまりな理不尽さに、頭が変になりそうだ。
何それ、何それ、何それ、何それ、何それ、何それ、何それっ!
「何それっ! 意味わかんない……意味わかんないっ! 諫めるって何っ!? そもそも、ガスと仲良くなれって言ったのパパじゃん! メグの何がダメだっていうの!」
「お、お嬢様っ、落ち着いて――」
「ふざけんなっ! 何なのもうっ! どうしてメグばっかり、こんなことになんのっ!? ホント意味わかんないっ! もうイヤッ! お前も出てけっ!」
とにかくもう、何も話したくない。
誰の顔も見たくない、一人になりたい。
そこら辺にあるものを片っ端から投げつけて、オーエンを追い出した。
五分くらいドアを睨み続けて、呼吸が落ち着いたら今度は涙が溢れる。
悲しいのか、苦しいのか、悔しいのか、自分の気持ちがよくわからない。
「うぅううううぅ……何で、どうしてこんな……うぐっ……メグは、メグは……」
ただ泣きたい気分が収まってくれず、棒立ちのまま涙を流し続けた。
メグが泣いてるのに、涙の理由を訊いてくる人がいない。
メグが泣いてるのに、慰めようとしてくる人もいない。
そんな孤独の中に自分が放り出されてることに、また泣けてくる。
やがて、どうして泣いているのかもわからなくなってきて、グチャグチャな気持ちの中に自分が沈んでいって――
「う、んん……痛たっ、うぅうう……」
泣き疲れて、いつの間にか寝てしまったみたいだ。
床から身を起こし、バサバサになった髪を掻き上げる。
顔を撫でてみると、涙でガサついていた。
変な姿勢で丸まっていたようで、背中や肩が凝り固まって痛い。
厚いカーテンの隙間から、薄く陽の光が差し込んでいる。
「これ、は……」
溜息を吐きながらカーテンを開ければ、出窓に見覚えのない小箱がある。
反射的に窓の鍵を確認すると、開けた覚えがないのに外れていた。
厚紙で作られた白っぽい箱の中には、手のひらサイズの瓶がひとつ。
中に詰められているのは、半透明でキラキラした色とりどりの砂糖菓子。
ニースベルグで人気の菓子店が、先月から売り出した新商品だ。
「食べてみたい、って言ってたの……忘れてなかったんだね……」
瓶を手に取ると、その下に四つ折りに畳まれたメモが入っている。
差出人の名前はないが、メグを心配してる気持ちはちゃんと伝わってきた。
「大丈夫……メグは大丈夫だから」
そう自分に言い聞かせながら、桃色と黄色の菓子を手の中で転がした。




