3話 初めての夜会に。いざ、出陣ですっ!
「それではリリア、行くぞ。打ち合わせ通り、御者が馬車の扉を開けてから火球カーテンを展開する」
「はい、伯爵様」
「馬車の外ではエド様と呼ぶんだぞ?一度馬車の中で呼んでみろ」
「頑張ります…」
愛人モードのリリアとなった漆黒の輝くドレスを見に纏ったルチルは、膝の上に置いていた純銀製の仮面を装着した。
(大丈夫かな?伯爵に最初手渡された、玉の輿狙いの子か愛人丸出しの人か、新婚ラブラブ妻しか着なさそうな、淡いピンクのドレスよりはマシだと思うけど。私には、貧相かもしれない…)
仮面で顔を隠してはいるものの、その内側で不敵に微笑む表情とは裏腹に、彼女は少し不安を覚えていた。マーメイド型の漆黒のドレスは、細身な彼女の体の線に沿うようになっていて、膝の辺りから広がっている。着用者の魔力で生地に光沢を与え、地面を引き摺らないように数ミリ浮く加工がされていた。
腰まである髪は、あえて素材を引き立てるかのようにウォーターコンタクトで染めた艶やかな赤毛を肩の辺りからコテで緩やかに巻いて、そのまま流していた。目の水分量を魔力で調節し紫色になった瞳は、宝飾品を身に付けずとも美しかった。
彼女は、エドガルドが空中に釣鐘型に2人の周囲に浮かばせた火球カーテン(バスケットボールサイズ30個)の白い光に照らされて、全体的に輝いて見えた。
「よく似合っているな、リリア」
「ありがとうございます、エド様。これなら戦闘力高めに見えるかなと思いまして……」
仮面の内側の笑みが柔らかくなったが、顔全体が覆われているため、周囲の誰にも気づかれていない。
「ちゃんと言えるじゃないか。その調子だ」
「あ、甘やかさないでくださいませっ」
「期待しているぞ?」
ルチルは元男爵令嬢だった母から公爵家の侍女カリキュラムを一通り働き出す前に学んでいたものの、まだ少し不安だった。
だが、エドガルドの紅茶色の瞳を仮面越しに見つめているとそれは霧散していった。彼女は、紺色の正装を着用し亡き妻手製のレースリボン(今日は紺色)で髪を結んだエドガルドのエスコートにその身を委ねた。
(やはり家族でもない者の衣装は、本人に任せるべきなのだな)
エドガルドは最初に彼女へ手渡した衣装のことを思い出していた。
「リリアとしての夜会での初仕事の衣装だが。メイド長から聞いたサイズを仕立て屋に手渡して、仕立ててもらったぞ」
「ありがとうございま……え?」
彼女は愛想笑いを忘れて唖然としていた。
「申し訳ないんですけど……。この桜貝のように薄ピンクの、胸元に貝殻みたいなタックが入っているドレスは、デビュタントしたてで玉の輿狙いの女性か新婚ラブラブ妻向けだと思います。おそらく私がこの衣装を着て参加すると、夜会に参加されている女性陣全体に成り上がり愛人だと舐められて、虫除け業務に支障をきたすと愚考します。
ですから、持参してきた光沢のある黒ドレスに変更させていただきますね。こちらが領収書になります」
(タックが入っているから胸元がカバーされるし首元まで肌あたりの優しいレースで覆われているから、この年頃の女性に安心なデザインと、仕立てる際に売り込まれたがなあ……)
エドガルドは金額を確認してから口を開いた。
「……装飾品用に振り込んだ支度金より足が出てるな。商人ギルド口座へ差額を振り込むように手配しておくから、1週間経っても振り込まれて無ければ連絡してくれ」
「ありがとうございます。装飾品は仮面以外身に付けない予定ですので購入次第、領収書をお渡しします」
「分かった。話が早くて助かる」
(あの時はそうは言ったものの、ダンスなどのデモンストレーションの際に戦闘モード・リリアになった彼女の姿を見て少し怯えていたのは秘密だがな)
「その仮面、重くないのか?」
「内側に水膜を付着させて数ミリ浮かせているので紐だけでも重くないんです」
「そうか……」
(縁に彫刻がされていて格式高い場所でも使えそうだが、ちょっと怖い。この子は本当に着けて行くのか?)
だが、実はダンス中に彼の頭上に炎の花弁が舞っていたのでエドガルドのビビりは丸見えだった。エドガルドは動揺を表情には出さないタイプだが、大人になってからも頭上の炎でバレバレである。ルチルや使用人たちには、内心可愛いとか尊いとか思われていただけであった。




