1話 庭師見習いの仕事をしていたら、伯爵に愛人になってくれと言われた件について
荒野のデスレースより、6年前ーー
エドガルド・フレアワースは屋敷の庭を散歩しながら悩んでいた。柔らかい風に撫でられて、彼の紅茶色の髪はサラサラと揺れている。長髪を後ろで結んでいるレース編みの白いリボンは、彼の亡き妻の手作りだった。
(来月から社交シーズンが始まる。エメラインが亡くなってから1年経つから、火球で威嚇していても後妻狙いの令嬢や未亡人が押し寄せてくるかもしれない。憂鬱だ……)
エドガルドには11歳のデビュタントの時に、馬車から降りて会場へ歩き始めた途端に正妻狙いで押し寄せる令嬢勢にビビり散らかして、炎龍を打ち上げた後に炎の大蛇を見に纏わせて周囲を威嚇しながら入場した黒歴史があった。
彼は亡き妻との間に生まれた今年8歳になる1人息子のヴィンセントへ、彼が成人すれば伯爵としての全てを譲りたいと執着していた。
フレアワース伯爵領と砂漠国の間には、成人男性が昼間馬を全力で走らせて1ヶ月くらいかかる大きさの荒野が横たわっている。幼少期や妻が亡くなった日に燃やしたその荒野から、風魔法使いがかまいたちで切り出し領民たちが運び出したガラスブロックを、高級建材として輸出した利益でエドガルドの領地は潤っている。他国では、その建材は『火魔法伯の純愛』と名付けられて大人気であることは彼はまだ知らないままだ。
「それじゃあパパ、この区画から時計回りに水やりしていくねー!」
「おお。俺は反時計回りに植物の様子を見ていくから、周囲にかけないように気をつけるんだぞ。ルチル」
「はーい!」
(ん?水魔法使いでもあるまいし、なぜ庭師が周囲に気をつけるんだ……?)
虹が見える方向に歩いていくと、麦わら帽子を被り作業着姿の茶色い髪の女性の後ろ姿が見えた。彼女の両手の手のひらから、植物に優しい速度で水が散布されている。
「平民の、水魔法使い……!?」
この世界での平民は、魔法を発動できるほどの魔力やスキルを持っていない。彼らのMPは多くても30くらい。生活用の魔道具を発動出来る程度だ。
(まさか落し子か……?他領のお家騒動に巻き込まれるのは嫌だ)
エドガルドが内心冷や汗をかいていると、彼女は照れ笑いを浮かべて振り向いた。彼女の水色の瞳は宝石よりも美しかった。なぜだか、国1番の美姫と謳われたエメラインの淡い緑色の瞳を思い出した。
「あ、見られちゃいました。この時間は誰も来ないはずなのに……。内緒にしていてくださいね?」
「コントロールが上手いな。今まで暴発はしなかったのか?」
「水やり以上に溢れそうになったら、家の近くやお屋敷の井戸に放出してますから」
「そんなに魔力があるのか!?」
「はい。…没落しちゃいましたが、母は元男爵令嬢だったそうです。それで、奉公先のアッシュボルト公爵家の庭師をしていた父と職場結婚しまして、私が生まれました」
(平民とのハーフ魔術師はコントロールに優れているという話は、本当だったんだな)
(彼女の力、庭師のままにしておくには惜しい)
「水やりが終わったら、時間はあるか?雇用契約について見直しがしたい。私はエドガルド•フレアワース。この領地の伯爵をしている」
「ええっ、伯爵様!?」
彼女は慌てて水やりを止めて、跪いた。
「見習いなので今のお給料のままでも充分です!父も、ここの領地はお給料が良くてありがたいって言ってますし」
「それでは仕事が終わってから、親子で私の執務室まで来てくれ。メイド長と家令と執事に話は通しておく。頼みたい仕事は庭師ではないのだ。顔を上げてくれ」
「頼みたいお仕事って……?」
顔を上げたルチルは、エドガルドの紅茶色の瞳をまっすぐ見つめた。
「魔術師としての日照り対策の業務と、夜会用愛人業務だ」
「あ、愛人!?」
「息子に確実に跡を継がせたいから、後妻は娶りたくないんだ。虫除け担当の名ばかり愛人になってくれないか?」




