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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅫ ~旅立ち

「ここにあれば、お前はお前のままだ。神々の力も及ばぬ。誰もお前の力を利用せぬ」


 幻の中の巨大な焔が、さらに高く燃える。


「小さな火種の姿を取らずともよい。火を畳まずともよい。恐れられぬ。拒まれぬ。消されぬ。お前は、お前のまま燃えていられる」


 それは、イグニスへの救いだった。


 あの小さな焔の姿。乱暴な言葉。偉そうな態度。

 その奥に、どれだけ自分を抑えた火があったのか、ルミナリスはまだ知らない。


~本文より

 原初の焔。

 世界がまだ今の形を持つ前からあった火。

 山を焼き、海を蒸発させ、闇を裂いた火。

 その火が、精霊の庭の幻の中では、誰も焼かずに燃えていた。


「ここにあれば」


 精霊王の声が響く。


「己を封じず、世界の傷を見ずに済む」


 イグニスの焔が、ぴたりと止まった。


「壊れた街を見ずに済む。焼けた者を見ずに済む。お前の火を恐れる小さき命を見ずに済む」


 ルミナリスは、胸元の灼熱の石守に手を当てた。

 石が温かい。

 だが、その温もりは少し震えていた。


「ここにあれば、お前はお前のままだ。神々の力も及ばぬ。誰もお前の力を利用せぬ」


 幻の中の巨大な焔が、さらに高く燃える。


「小さな火種の姿を取らずともよい。火を畳まずともよい。恐れられぬ。拒まれぬ。消されぬ。お前は、お前のまま燃えていられる」


 それは、イグニスへの救いだった。


 あの小さな焔の姿。乱暴な言葉。偉そうな態度。

 その奥に、どれだけ自分を抑えた火があったのか、ルミナリスはまだ知らない。


 だが、精霊王の言葉で少しだけ分かった。

 イグニスは、小さくなっていた。

 周囲を焼き尽くさないために、小さな命のそばにいるために。

 自分の火を封じていた。


 精霊王は、それを解いてよいと言っている。


 世界の傷を見ずに済む場所で、誰も燃やさずに済む幻の中で。

 イグニスは、即座に笑った。

 荒い火の音だった。


「くだらねえ」


 短い。

 あまりにも早い否定だった。

 ルルリアが思わず言う。


「早っ」


「考えるまでもねえ」


 イグニスは精霊王の声へ吐き捨てる。


「世界の傷を見なくていい? 馬鹿言うな。傷を見ねえ火なんざ、ただの災害だ」


 幻の巨大な焔が揺れる。


「力を封じなくていい? 俺様が俺様の火を畳んで何が悪い。小さい命の横に立つなら、小さくなるくらい当然だろうが」


 その言葉に、ルミナリスは強い何かを感じていた。

 イグニスは、そばにいるために、寄り添うために自分を小さくしていたのだ。

 百万を超える夜を越えて。

 そして今、自分たちの傍に居てくれる。


 原初の岩が問うた、何故姿を偽るのか。

 その答えが、今ここにあった。


「俺様は強い。存在が面倒なくらいに」


 イグニスは言う。


「だから、加減する。だから、畳む。だから、燃やさない場所を選ぶ。そんなこともできねえ火なら、原初だろうが何だろうが、ただのくそだ」


 ルルリアが、小さく呟く。


「……ちゃんと考えてる」


「当たり前だろうが!」


 イグニスが怒鳴る。


「俺様を何だと思ってる!」


「偉い火」


「原初の焔だ!」


「うん。今のは、ちょっとすごかった」


「ちょっとじゃねえ!」


 精霊王の声が、静かに響く。


「傷を見れば、また己の力に苛立ち、怒ることになる」


「ああ、怒る」


 イグニスは即答した。


「焼けた子供を見れば、怒る。踏みにじられた街を見れば、怒る。勝手に命へ役目を押しつける奴を見れば、腹が立つ」


「怒りは、世界を焼く」


「燃やすものを分けりゃあいい」


 イグニスの焔が強く燃える。


 だが、広がらない。

 小さな火の玉の形のまま、赤く、深く、重く燃えている。


「俺様は、見ねえ方を選ばん。傷を見て、怒って、燃やすべきじゃないものを燃やさないように、死ぬほど面倒な加減をしながら進む。それが嫌なら、最初から小さい奴らのそばになんざ来てねえ」


 精霊王は、沈黙した。

 墓地の花々が、少しだけ揺れる。


 オルクスが静かに言う。


「精霊王よ。優しい言葉で足を止めるな」


 イグニスが続ける。


「そうだ。救いの顔をした鳥籠を出すな。さっき言ったのは、おまえだろうが」


 ルミナリスは、はっとした。


 絶対者は、悪の顔だけで来るとは限らない。

 救いの顔で来ることもある。

 精霊王は、それを告げた直後に、オルクスとイグニスへ救いの形を見せた。


 穏やかに過ごせる永劫。苦しまない剣。

 傷を見なくていい火。力を封じなくていい場所。

 それは確かに、救いだった。

 しかし、二人は即座に否定した。


 ルミナリスは胸を押さえた。


 自分の意思で歩ける世界。

 その願いは、苦しみを消す世界ではない。

 選ぶ痛みを奪わない世界だ。


 精霊王の声が、静かに笑った。


「フルニの子よ。永劫の安寧を拒むか」


「拒む」


 オルクスが答える。


「原初の焔よ。己のままでいられる安住の地は要らぬか」


「いらねえ」


 イグニスも答える。

 二人の声に迷いはなかった。


「これで、真なる調和をもたらすものの預言はなった。その法はいま満ちた」


 風が吹いて花吹雪が渦巻く。


「道は険しく、血と涙に溢れ往く世のその旅路は……自らの意思で選びとられた。我はその証となった」


 精霊王の幻が消えていく。

 ネメリアと過ごす小さな家も。

 誰も焼かない巨大な焔も。

 すべて、花の影へ溶けていく。


 オルクスは、少しだけ目を伏せた。


 その顔には痛みがある。

 拒んだからといって、望まなかったことにはならない。


 イグニスも、焔を低く揺らしていた。

 世界の傷を見なくていいという言葉は、確かにどこかを刺したのだろう。


 だが、二人とも足を止めなかった。

 ルルリアは、ぼそりと言った。


「二人とも、強すぎるよ。どうしてそこまで出来るの?」


 イグニスが即座に返す。


「俺様は偉くて強いからだ」


 オルクスは苦笑する。


「儂は、引き返すのが下手なだけだ」


「それも強いんじゃない?」


 ルルリアが言うと、オルクスは少しだけ困った顔をした。


「そういうものか」


「うん。あたしはそう思う」


 精霊王の声が、最後に響いた。


「選んだのだ。ならば、行け」


 その声は、もう誘惑ではなかった。

 試しを終えた者へ向ける、静かな宣告だった。


「君臨するものは、救いを語る。絶対者は、苦しみを減らすと語る。真なる調和を望むなら、救いに似た囲いを見分けよ」


 ルミナリスは、深く息を吸った。


「はい」


「お前たちは、安寧を否定した」


 精霊王の声は、オルクスとイグニスへ向く。


「この先何があろうとも、その痛みを持ったまま、行け」


 花が揺れた。

 水路が流れを戻す。

 墓地の青い花が静かに光る。


 今度こそ、精霊王の気配は遠のいていった。

 イグニスは不機嫌そうに焔を散らす。


「本当に性格が悪い王だ」


 オルクスは静かに息を吐いた。


「だが、示されたものは本物だった」


「ああ」


 イグニスは短く答えた。


「だから腹が立つ」


 ルミナリスは二人を見た。

 オルクスも、イグニスも戻ってきた。


 ただ戻ったのではない。

 それぞれが、留まることのできる優しい場所を見せられ、それを拒んで戻ってきてくれた。


「オルクスさん」


 ルミナリスは腕の中のアシュラムを差し出した。


「お預かりしていたものです」


 オルクスは剣を受け取る。

 アシュラムは、元の持ち主の手に戻ると、静かに重さを収めた。


「よく預かってくれた」


「はい」


 ルルリアはイグニスを見た。


「イグニスも、戻ってきたね」


「当然だ」


「世界の傷を見なくていいって言われても?」


「何度も言わせるな」


 イグニスは不機嫌そうに言った。


「見なきゃ、どこを燃やさずに済ませるか分からねえだろうが」


 ルルリアは少し笑った。


「やっぱり分かりやすい」


「ありがたく思え」


 ルミナリスは、フィリアの墓標を見た。

 ソラデアの光が昇った場所。精霊王の予言が告げられた場所。

 オルクスとイグニスが、自分の道を選び直した場所。


 ここで、いくつもの運命が終わり、巨大なうねりを生じる運命が始まった。

 もう元には戻せない。

 ルミナリスは、周囲にいる仲間たちを見た。


 ルルリア。

 オルクス。

 イグニス。


 戻れないことは、終わりではない。

 進むということでもある。


「行きましょう」


 ルミナリスは言った。

 今度の声は、少しだけ強かった。

 ルルリアが頷く。


「うん」


 オルクスが剣を腰へ戻す。


「参ろう」


 イグニスが前へ飛ぶ。


「よし。帰り道で変な実を食うなよ」


「まだ言うの?」


 ルルリアが呆れる。


「大事だからな」


 精霊の庭の花々が見送るかのように、静かに揺れた。

 ルミナリスたちは、これから自分たちに訪れるものへの思いを、何より強い意志を、躰いっぱいにため込んで、前へと進む。

 たとえ、どれだけ涙を流そうと、蒼穹を見上げ歩み続ける。


次回、第1部のエピローグと第2部へのプロローグです。


是非またご一読ください。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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