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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅪ ~旅の仲間

 白い墓地の奥に、二つの影が現れる。

 一つは、老いた精霊人エルフ。

 もう一つは、小さな焔。


「おじいちゃん!」


 ルルリアが声を上げる。


~本文より

 ルミナリスが一歩を踏み出した時、墓地の光が揺れた。

 精霊王の姿は、もうそこにはない。

 花と光にほどけ、水路の流れも戻り、隠里の空には静けさが戻っている。


 だが、フィリアの墓標の青い花が、もう一度だけ強く光った。


 白い墓地の奥に、二つの影が現れる。

 一つは、老いた精霊人エルフ。

 もう一つは、小さな焔。


「おじいちゃん!」


 ルルリアが声を上げる。


 オルクスは、ほんの一瞬だけ周囲を見渡した。

 ここがフィリアの墓地であること。

 大賢者がいること。

 ルミナリスが涙の跡を残したまま立っていること。

 ルルリアが駆け寄りかけて、そこで踏みとどまっていること。

 そのすべてを見て、深く息を吐いた。


「戻ったか」


 イグニスは不機嫌そうに焔を跳ねさせる。


「戻されたんだよ。性格が悪いんだよ、あれ」


 ルミナリスは胸を押さえた。


「イグニスさん。オルクスさん」


「無事か」


 オルクスが問う。


 短い言葉だった。

 だが、その声には、抑えた安堵があった。


「はい」


 ルミナリスは頷いた。


「ソラデア様は、天へ帰りました」


 オルクスの目が静かに伏せられる。


「そうか」


 イグニスも、少しだけ焔を低くした。


「行ったか」


「はい」


 それ以上、誰も言わなかった。

 言葉で触れれば壊れそうなものが、そこにはまだ残っていた。

 その時、墓地の空に声が響いた。


 精霊王の声。


 姿はない。

 花が声を持ち、水が記憶を鳴らし、根が言葉を運んでいる。


「フルニの血を継ぐ子、オルクスよ」


 オルクスの表情が硬くなる。

 ルルリアが不安そうに見上げた。

 精霊王の声は、静かだった。


「ここに留まればよい。救った命と拭った涙の数だけの安寧を与えよう」


 墓地の奥に、別の景色が浮かんだ。


 森の中の小さな家。

 根と葉に包まれた、静かな家だった。

 窓辺には白い花が咲き、近くには澄んだ泉がある。


 その前に、ネメリアが立っていた。


 森の精霊となった女性。

 かつてオルクスの恋人だった者。

 黒の樹魔女となり、アシュラムによって呪いを断たれた者。


 ネメリアは、穏やかに微笑んでいる。

 黒い樹の影は薄く、瞳には森の静けさだけがあった。


「ここに留まれば、ネメリアと、永劫の時を穏やかに過ごせるよう取り計らう」


 ルルリアは息を呑んだ。

 それは、あまりにも優しい誘惑だった。


「過酷な運命を越えた正当なる代償だ」


 オルクスの顔が、かすかに揺れる。


 長い時間、自分を蝕んでいた、救えなかったという痛み。

 それらすべてを、ここで終わらせることができる。


「剣は置けば折れぬ」


 精霊王の声は、さらに柔らかくなる。


「もう誰かを斬らずともよい。守れぬ苦しみも、見送る痛みも、二度と抱かずともよい」


 折れない剣。

 血を浴びない剣。

 誰かを殺すためではなく、ただ静かに壁に掛けられる剣。


 その横で、ネメリアが手を差し出している。


「ここにあれば、苦しむことはない。アシュラムの呪いは飾りにできる」


 その言葉は、あまりにも甘く、ルミナリスもルルリアも、胸が痛くなっていた。


 オルクスは、何度も守れなかった。

 王子を預けた。

 ネメリアを斬った。

 ルミナリスたちを見送った。

 その人に、もう苦しまなくていいと言うのは、大いなる救いにも聞こえた。


「断る」


 オルクスは即座に言った。

 迷いのない声だった。


 幻のネメリアが、静かに揺れる。

 精霊王の声が問う。


「見もせずに拒むか」


「見た」


 オルクスは答えた。


「見たうえで断る」


 声は低く、固い。


「ネメリアと穏やかに過ごせる時。それを望まぬと言えば嘘になる」


 オルクスは、幻の中のネメリアを見た。

 その瞳に、痛みがある。

 だが、足は動かない。


「だが、それは今の儂が選ぶべき道ではない」


「なぜだ?」


「儂の剣は、誓いの魔剣。儂以外の思いが募った刃じゃ」


 オルクスは、ルミナリスの腕に預けたアシュラムを見る。


「苦しまぬためにあるのでもない。斬らずに済むなら、それに越したことはない。だが、斬らねばならぬ呪いがある。断たねばならぬ契約がある。見届けねばならぬ旅がある」


 幻のネメリアは、悲しげに微笑んだ。

 それは、精霊王が見せた幻なのか。

 ネメリア本人の心が少し混じったものなのか。

 誰にも分からなかった。


 オルクスは続けた。


「ネメリアと過ごす穏やかな時を、儂は渇望しておる。だが、それを得るために、今歩いている者たちを見捨てるなら、その穏やかさは呪いと変わらぬ。儂は自分を許せなくなる」


 ルルリアの目が潤む。


「おじいちゃん……」


「それに」


 オルクスは、少しだけ息を吐いた。


「ネメリアは、儂が立ち止まることを望まぬ」


 幻のネメリアが、笑った。

 今度の笑みは、作られたものではないように見えた。


 精霊王の声は、今度はイグニスへ向く。


「原初の焔、主精霊よ」


 イグニスの焔が、不機嫌そうに膨らむ。


「なんだ」


「お前も、ここに留まればよい」


 墓地の景色が変わった。

 今度は、燃えない森が現れた。


 深い森。

 広い大地。

 風は火を煽らず、水は火を消さず、花は火を恐れない。


 その中心で、大きな焔が燃えていた。

 小さな火の玉ではない。


 天を焦がし、夜を赤く染め、山影を照らし、星の光さえ押し返すような巨大な焔。


 それが、本来のイグニスなのだと、ルミナリスは直感した。



次回第1部の最終話になります。


ここまで読んでいただきありがとうございます。感謝します。

次回もぜひ、ご一読ください。

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