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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅩ ~預言

運命の車輪が回り始めた」


 隠里の魔導文字が震える。

 空中の水路が、流れを止めたまま波打った。


「もはやどのような存在にも止められない」


「車輪が動き始めるとどのようなことが起きるのですか?」


「君臨するもの、絶対者が降臨する」


「すべてを上から決めるもの。命を、名を、願いを、用途として並べるもの。従わせ、平和と呼ぶもの」


~本分より

 ソラデアの光が消えたあと、フィリアの墓標に咲く青い花だけが、かすかに揺れている。


 風はない。

 花は、何かを見送るように、ゆっくりと揺れていた。


 ルミナリスは墓標の前に膝をついたまま、空を見上げていた。


 胸の奥が静かだった。

 ずっとそこにあった誰かの気配だけが、もうない。


 ソラデアの魂は願いだけを残して、天へ帰った。

 ルミナリスは、自分の胸に手を当てる。


 魔導機兵としての記録。

 ヴェリットお嬢様を守れなかった後悔。

 赤の宰相への憎しみ。

 ソラデアの願い。


 どれも消えていない。

 ただ、今はそのすべてが、少しだけ違う場所にある。


 誰かに背負わされたものではなく、命令として刻まれたものでもなく、まだ名前がわからない、自分の中の願いだ。


 ルルリアは隣に立っていた。

 何も言わず、ただ、そこにいる。


 大賢者は深く頭を垂れ、隠里の魔法人たちは遠巻きに墓地を見守っていた。


 水路の音が消えていた。

 花の露が落ちる鐘のような音もない。

 葉擦れもない。


 世界が、息を止めていた。

 大賢者が、ゆっくりと顔を上げる。


「……精霊王が顕現なされる」


 その名が落ちた瞬間、墓地の白い花が一斉に伏せた。

 青い花だけが、フィリアの墓標の前で揺れずに立っている。


 ルミナリスは立ち上がった。


 魔導機兵としての躯体は、疲労で崩れることを知らない。

 手も足も、正確に動く。


 墓地の奥にある一本の樹が、音もなく揺れた。


 枝が開き、葉が伏せ、根が地中で鳴る。

 空中を流れる水路が、ぴたりと止まる。


 姿はないが、エーテルが漲り、強い気配と共に、言葉が放たれた。


「凍てつく金冠を越えた者たち」


 声は、耳に届くものではなく、音でもなく、言葉の形を取っていた。


「白い冥界を越え、願いを内に宿し、今、同じ願いを託されて受け取った者」


 イグニスの言葉が蘇る。

 精霊王には気をつけろ。


 オルクスの言葉も。

 精霊王の言葉を、そのまま飲むな。


 ルミナリスは星の羅針盤を抱きしめた。


「あなたが、精霊王ですか」


 問いに答えるように、空間全体が揺れた。


「人間にはそう呼ばれている」


 声が響く。


「王であり、王ではない。私は、精霊たちが見る夢の中心であり、縛られぬもの」


 ルルリアが顔をしかめる。


「分かりにくい」


 大賢者が青ざめた。

 墓地の水面に、小さな波紋が広がる。

 静かな笑いだった。


「人の子の言葉は、時に正しい」


 白い花の露が一粒、ルルリアの足元へ落ちた。


「逃げる足を捨てず、届く足を得た者。あなたも、また同じ道の上にいる」


 次の声は、再びルミナリスへ向けられた。


「運命の車輪が回り始めた」


 隠里の魔導文字が震える。

 空中の水路が、流れを止めたまま波打った。


「もはやどのような存在にも止められない」


「車輪が動き始めるとどのようなことが起きるのですか?」


「君臨するもの、絶対者が降臨する」


「すべてを上から決めるもの。命を、名を、願いを、用途として並べるもの。従わせ、平和と呼ぶもの」


 その気配が、言葉の奥にあった。


「世界は、二つの形を選び始めている」


 声は静かだった。


「一つは、絶対者がすべてを定める世界。争いも迷いも減るだろう。命は役目に置かれ、願いは秩序に組み込まれ、弱きものは守られる代わりに、自ら歩く足を失う」


 ルミナリスの胸に、魔導機兵の記憶が疼いた。


 用途を示せ。命令を示せ。主を決めよ。


 役目があり、命令がある。

 守るべき対象がある。迷うことなく目的に向かって物事を遂行せよ。


 それは、自分の足で歩くことではない。


「もう一つは、真なる調和をもたらすものの世界」


 青い花が静かに開いた。


「調和とは、すべてを同じ形にすることではない。声を消すことでもない。強きものが慈悲として秩序にはめ込むことではない」


 白い花々が静かに開く。


「真なる調和とは、異なるものが異なるまま、自分の意思で立ち、他者の痛みを踏み潰さずに歩けること」


 ソラデアの言葉が、ルミナリスの胸に重なった。


 全てのものが、自分の意思で歩ける世界。


 他者を思いやり、優しくできるものを、立たせられる世界。


「その道は、君臨よりも難しい。命令で歩かせる方が早い。恐怖で縛る方が強い。絶対者の秩序は、弱きものに安堵を与え、救う。迷わなくてよい」


 ルルリアが拳を握る。


「でも、それは……」


「鳥籠にも似ているよね」


 ルルリアは呟いた。


 鳥籠。

 綺麗で、安全で、外から見れば守られている場所。

 中にいる者は、自分の足で飛べない。


「真なる調和をもたらすものは、理外の存在でなければ為すことが出来ない」


 空中の水路が、ルミナリスの前で淡く光る。


「それは、生きていながら、生きておらず」


 ルミナリスは息を止めた。


「魂はあって、真霊を持たざるもののみ」


 ルミナリスは動かなかった。

 動けなかったのではない。

 その言葉が自分を指していると、ただ理解していた。


 生きていながら、生きていない。

 真霊を持たない。


 魔導機兵。壊れたもの。

 ソラデアの奇跡で再び歩き始めたもの。

 神の花を宿したもの。


「私が……?」


「その可能性を持つ、唯一のもの」


「可能性……」


「予言は鎖ではない。道の上に落ちる影だ」


「では、私は必ずそうなるわけではないのですね」


「ならぬかもしれない。途中で砕けるかもしれない。絶対者に呑まれるかもしれない。己をただの兵器だと定め、自らの足を捨てるかもしれない」


 ルミナリスの胸に、冷たいものが落ちる。


「調和をもたらすものが諦めれば、世界は君臨するもの、絶対者の思うがままとなる」


 墓地の白い花が伏せた。


「絶対者は、世界を救うと言うだろう。争いを止めると言うだろう。弱きものを守ると言うだろう。すべてのものに役目を与え、場所を与え、意味を与えると言うだろう」


 ルミナリスの腕の中で、アシュラムが重くなる。


 言葉に、予言に、未来に、危ういものが絡んでいる。


「だが、その世界では、歩く足は不要となる」


 声が言った。


「自ら願う心も、迷う痛みも、他者を思って立ち上がる弱さも、すべて絶対者の秩序へ置き換えられる」


 ルミナリスは、ソラデアの言葉を思い出す。

 全てのものが、自分の意思で歩ける世界。


「私に、そんなことができるとは思えません」


 空が風が樹々が、静かに聞いている。


「私は、まだ自分が何なのかも分かっていません。魔導機兵で、壊れて、ソラデア様の願いで立って、真霊を持たないのなら……私自身の願いが、本当にあるのかも、まだ分かりません」


 ルルリアが隣で、一歩前へ出た。


「あるよ」


 ルミナリスはそちらを見る。

 ルルリアは怖がっていた。それでも、足を引かなかった。


「さっき、ソラデアさんが言ってた。ルミィの真なる願いだって」


 白い花の露が、ルルリアの肩先で光る。


「私は、難しい預言とか分からない。絶対者とか、真霊とか、正直よく分からない。でも、ルミィが色々な人を助けたのは見た。私のことも、何回も助けてくれた」


 ルルリアは、胸元の巻貝に触れる。


「泣きながら、怖がりながら助けてくれた」


 ルミナリスは、何も言えなかった。

 水面に、静かな波紋が広がる。


 白い花が一つだけ揺れた。

 声は、ルミナリスへ向けられた。


「お前は、お前の思う道を進め」


 その声は、予言というより、許しに近かった。


「君臨するものも、絶対者も、真なる調和をもたらすものも、すでに道の上にいる」


 星の羅針盤が、強く光る。


「お前が選ばなければ、選ばぬという選択が世界を動かす。諦めれば、絶対者の世界へ傾く。進めば、痛みを抱えたまま歩くことになる」


「どちらも、怖いです」


 返ってきた声は、優しくも残酷だった。


「真なる調和の道は、優しい者ほど傷つく。思いやれる者ほど迷う。立たせたい者ほど、自分が倒れる」


 ルミナリスは、墓標の青い花を見る。


 ソラデアの光が昇った空。

 フィリアの墓。

 ヴェリットお嬢様の記憶。

 ルルリア。

 オルクス。

 イグニス。


 すべてが、胸の中で繋がっていく。

 まだ答えではない。

 でも、方向はあった。


「私は、まだ自分が何なのか分かりません」


 庭の全てが聞いている。


「真なる調和をもたらすもの、という言葉も、今は重すぎます。私がそんなものだとは、思えません」


 ルルリアは黙って隣にいる。


「でも、絶対者の世界は嫌です。誰かが全てを決めて、弱いものから歩く足を奪い、守ると言って閉じ込める世界は、嫌です」


 ルミナリスは胸に手を当てる。


「私は、全てのものが自分の意思で歩ける世界を、まだうまく想像できません。でも、そうであってほしいと思います」


 青い花が、淡く輝いた。


「ならば、歩けばよい。強い覚悟をもって」


 短い言葉だった。


「お前は、お前の思う道を進め」


 その瞬間、星の羅針盤の針が動いた。

 どこか、まだ見えない遠い方角へ。


「予言は告げられた」


 声が、庭全体へ広がる。


「君臨するもの。絶対者。真なる調和をもたらすもの。運命の車輪は動き始めた」


 白い花が閉じる。

 水路が流れを取り戻す。

 枝の影が薄くなる。

 精霊王の気配が、少しずつほどけていく。


「忘れるな。絶対者は、救いの顔で来ることもある」


 その言葉を最後に、精霊王の気配は風にほどけた。

 音が戻った。


 ルミナリスは、受け取った言葉の重さを、胸の中で測っていた。

 ルルリアが隣で小さく息を吐く。


「……重すぎるよ。世界にって何?」


 その一言が、あまりにも正直だった。

 ルミナリスは頷いた。


「はい」


「今、全部考えたら倒れる」


「はい」


「だから、あとで考えよう」


 ルミナリスはルルリアを見る。

 ルルリアは、少しだけ笑った。


「そればっかりだけど」


「はい。あとで考えます」


 大賢者は、深く息を吐いた。


「精霊王の予言……はなった。なされてしまった」


 その声には、畏れがあった。


 ルミナリスは今、予言のすべてを受け止めることはできなかった。

 ただ、ソラデアの言葉と、精霊王の言葉だけが胸の中で重なる。


 ルミナリスは、フィリアの墓標へ向き直った。

 青い花が揺れている。


「私は、歩きます」


 小さな声だった。


「まだ、何者か分からないままでも」


 墓標は答えない。

 花が一度だけ、深く頷くように揺れた。

 ルミナリスは星の羅針盤を胸に抱いた。


 針は、遠くを指している。

 その先に何があるのかは、まだ分からない。


 それでも、歩く。

 命令ではなく、誰かの願いだけでもなく、自分の中に芽生えた、まだ小さな願いで。


 ルミナリスは、自分が何者かではなく、何を為すのかを自分に問うていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。


お付き合いいただき、感謝いたします。

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