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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅧ ~銀の涙

すぐさま、門の内側から、一人の老人が現れた。

 銀の髪を長く垂らした魔法使いだ。


 年齢は分からない。

 老人に見える。

 だが、ただ老いているだけではない。

 長い時を生き、長い時を隠れ、長い時を待った者の顔だった。


 額には薄い星紋。

 耳は人間種より少し長く、瞳は淡い銀。

 手には、節くれだった白木の杖を持っている。


 その衣は古びていた。

 しかし、汚れてはいない。

 幾重にも重ねられた布には、小さな魔導文字が刺繍され、裾には星と根の紋様が連なっている。


~本文より

 安らぎの花園を抜けると、白い石の小道はゆるやかに曲がった。

 花は静かだ。

 ただ、遠くから小さな鐘のような音が聞こえていた。


 りん。

 りん。


 それは花の露が落ちる音にも似ている。

 木の実が光に触れて鳴る音にも似ている。


 ルミナリスは星の羅針盤を見た。


 針は、花園の奥を指している。

 だが、その光は先ほどまでと違って穏やかだ。

 ルルリアは巻貝を手で押さえたまま、周囲を見ている。


「ここ、さっきまでと違うね」


「はい」


 ルミナリスは胸元の灼熱の石守に触れた。

 石は静かに温かい。

 神の花も、今は光を収めている。

 腕の中のアシュラムも、先ほどのような重さはない。


 危ういものは、今は絡んでいない。


 それでも、緊張は解けなかった。


 イグニスはいない。

 オルクスもいない。

 二人だけで、ここまで来た。


 小道の先に、木々の輪が見えた。


 大きな木が何本も寄り添い、枝と根を絡め、自然の門のような形を作っている。

 その向こうに、集落があった。


 家は石ではなく、木でもなかった。

 幹の中をくり抜いたような住居。

 大きな葉を屋根にした小屋。

 透明な鉱石を窓にした塔。

 根の上に建つ小さな広場。

 そのすべてが、庭の一部のようにそこにあった。


 人の気配があるが、生活の気配がない。

 煙はなく、家畜の声もない。

 土を踏む足音も少なく、話し声もしない。


 その代わりに、たゆまぬ魔力の流れがある。

 細い糸のような魔力が家と家を結び、古い文字が葉の裏に淡く浮かび、透明な水路が空中を静かに流れている。


 すぐさま、門の内側から、一人の老人が現れた。

 銀の髪を長く垂らした魔法使いだ。


 年齢は分からない。

 老人に見える。

 だが、ただ老いているだけではない。

 長い時を生き、長い時を隠れ、長い時を待った者の顔だった。


 額には薄い星紋。

 耳は人間種より少し長く、瞳は淡い銀。

 手には、節くれだった白木の杖を持っている。


 その衣は古びていた。

 しかし、汚れてはいない。

 幾重にも重ねられた布には、小さな魔導文字が刺繍され、裾には星と根の紋様が連なっている。

 老人はルミナリスとルルリアを見た。

 そして、動きを止めた。


 息を忘れたような顔だった。


 杖を持つ手が震える。


「……フィリア」


 その名が零れた。

 ルミナリスの胸が跳ねた。


「フィリア様を、ご存じなのですか」


 老人は答えなかった。

 ただ、ルミナリスを見つめていた。


 顔。

 髪。

 瞳。

 立ち姿。


 まるで、亡霊を見た者のように。


「まさか……いや、違う。時が合わぬ。魂の響きも違う。だが、その顔は……」


 老人は一歩近づき、そこで膝をつきそうになった。


 ルルリアが思わず身構える。


「あなたは誰?」


 老人は、はっと我に返った。


 深く息を吸い、杖を支えに立ち直る。


「失礼した。私は、この隠里の長老を務める者。かつては大賢者などと呼ばれたこともある」


 その声は震えていた。


 だが、礼を失ってはいなかった。


「あなた方は、凍てつく金冠を越えたのだな。あの試練を……」


「はい」


 ルミナリスは頷く。


「森王の泉を越え、ここまで来ました」


「原初の焔は」


「途中で、原初の岩の主精霊と共に離れました」


「守護剣聖は」


「森の精霊ネメリアさんと共に」


 大賢者の瞳がわずかに細くなる。


「そうか。庭は、あなた方だけをここへ通したのか」


 ルルリアは、まだ警戒を解かない。


「あなたは、敵じゃない?」


 大賢者は静かに首を横に振った。


「敵ではない。少なくとも、あなた方をここで害する理由はない」


「そこは、害しませんって言ってほしい」


「精霊の庭では、言葉には気をつけねばならない」


 ルルリアは少し黙った。


「それは、ちょっと分かる」


 大賢者は、苦く笑った。

 その視線がまたルミナリスへ戻る。


「あなたの名を、伺ってもよろしいか」


 ルミナリスは少しだけ胸に手を当てた。

 ここでは、名を渡すことの重さを知っている。

 だが、この老人の問いは、奪うためのものではなかった。


「ルミナリスです」


 大賢者の瞳が揺れた。


「ルミナリス……」


「はい」


「ソラデア様の名を、知っていますか」


 ルミナリスは、静かに頷いた。


「はい」


 大賢者の顔から、さらに血の気が引いた。


「では、やはり……」


 ルミナリスは、言葉を探した。


 ここまで来た理由。

 フィリアを探してきたこと。

 ソラデアの願い。

 自分が何であるのか。

 凍てつく金冠で見たものを、全部うまく語ることはできない。

 それでも、伝えなければならない。


「私は、ソラデア様の願いによって、再び歩き始めた者です」


 大賢者は黙って聞いた。


「私は……人間ではありません。帝国の魔導機兵でした。一度、壊れました」


 ルルリアが隣で息を止める。

 ルミナリスは続けた。


「ソラデア様の魔法によって、私は今の姿でここにいます」


 魔導機兵であり、壊れたもの。

 願いで立たされたもの。

 まだ、自分では整理できていない。

 それでも、逃げない。


 老人は眼を細めながら、魔力の流れを読んでいた。


「メガリマギアを用いたのか……であれば、その姿も理解できる」


 その名を出した瞬間、隠里の空気が変わった。


 近くの家の窓がかすかに光る。

 葉の裏の魔導文字が揺れる。

 空中の水路が一瞬だけ止まる。


 大賢者は杖を強く握った。


「メガリマギア……」


 声は、祈りにも恐れにも聞こえた。


「ソラデアは、本当にそこまで……願えたのか」


 ルミナリスは胸元を押さえる。


「私は、フィリア様を探すために来ました。ソラデア様の妹君を」


 大賢者は目を閉じた。

 長い沈黙だった。

 花園の鐘のような音も、止まっている。


 ルルリアは不安そうにルミナリスを見る。

 ルミナリスは、大賢者の答えを待った。

 やがて、大賢者は目を開いた。


「こちらへ」


 それだけ言った。


 隠里の中は、静かだった。


 人の姿はあった。

 アルゲントルム魔法人たちが、家の陰や窓の奥から二人を見ている。


 子供もいる。

 老人もいる。

 杖を持つ者も、薬草の籠を抱えた者もいる。


 だが、誰も騒がない。


 ルミナリスを見る目には、驚きがあった。

 畏れもあった。

 そして、痛みもあった。


 フィリアに似ている。


 その事実が、言葉にならずとも伝わってくる。


 ルルリアは小声で言った。


「ルミィ、見られてる」


「はい」


「嫌だったら、言って」


「大丈夫です」


 人間ではないと見られるのも怖い。

 フィリアとして見られるのも怖い。

 自分ではない誰かの影を、顔に重ねられることが怖い。


 それでも、歩く。


 大賢者は集落の奥へ向かった。


 小さな橋を渡る。

 空中を流れる水路の下をくぐる。

 根で編まれた階段を上がり、白い花の咲く丘へ出る。


 そこは、墓地だった。


 墓石は少ない。

 石ではなく、白い結晶と木の根で作られている。

 一つ一つに名前が刻まれ、星の紋様が添えられていた。


 大賢者は、その中の一つの前で足を止めた。


 白い結晶の墓標。

 根が優しく抱くように巻きつき、小さな青い花が咲いている。


 墓標には、古い文字で名が刻まれていた。


 フィリア・アルクス。


 ルミナリスは、声を失った。

 世界が遠くなる。


 フィリア様。

 探していた人。

 ソラデアの願いの先にいた人で、自分の新たな主人になるはずの人。

 その人の名が、墓に刻まれている。


 ルミナリスは震えながら、一歩近づいた。

 ルルリアが支えようとしたが、すぐには触れなかった。

 これは、ルミナリスが自分で受け取らなければならないことだと分かったからだ。


 大賢者は墓の前に立ち、静かに言った。


「フィリアは、ここで亡くなった」


 ルミナリスは、墓標を見つめる。


「いつ……」


「ずっと昔に。ソラデアが、まだ生きていた時代に」


 ルミナリスの胸が冷えた。


「では……」


 声が震える。


「ソラデア様は、知らなかったのではないのですか。フィリア様が生きていると思って、私に……」


 大賢者は首を横に振った。


「いいや」


 その一言は、静かだった。

 静かなのに、刃のようだった。


「ソラデアは、フィリアが亡くなっていることを知っておる。ここに墓所を設けたのもソラデアだ」


 ルミナリスは動けなくなった。

 言葉の意味が、すぐには入ってこなかった。

 知っていた。


 ソラデアは、フィリアが亡くなっていることを知っていた。

 それなのに、探して、と願った。

 ルミナリスを、ここまで歩かせた。

 フィリアを探すために。


「どうして……」


 墓地の白い花が、風に静かに揺れる。


「どうして、私に探せと……」


 ルルリアが苦しそうにルミナリスを見る。


 大賢者は、目を伏せた。


「ソラデアが何を託したのか、私には分かりかねる」


 大賢者は真っすぐにルミナリスを見据えた


「ソラデアは、フィリアの死を知っていた。それでも、あなたをここへ導く願いを残した」


 ルミナリスの手から、星の羅針盤が滑り落ちそうになる。

 慌てて抱きしめる。


 胸の奥で、凍てつく金冠の冷たい芯が痛んだ。


 命令か。

 願いか。

 借り物か。

 自分の足か。


 分からない。

 分からないまま、ここまで来た。

 そして、探していた人は、最初から墓の下にいた。


 ルミナリスは墓標の前に膝をついた。


「フィリア様……」


 その名を呼んでも、返事はない。

 水も、森も、風も、その名を真似しなかった。

 ただ、白い花が揺れている。


 ルルリアは、ゆっくりとルミナリスの隣に膝をついた。

 何も言わない。言うべき言葉がなかった。

 大賢者は、二人の背後で静かに立っている。


 ルミナリスの中で、何かが崩れていく。

 フィリアを探す。

 その目的が、足元から抜け落ちる。

 ソラデアの願い。

 メガリマギアの奇跡。

 美しい少女の姿を与え、壊れた魔導機兵を再び立たせた理由。

 それはいったい、何だったのか。

 ルミナリスは墓標に手を伸ばした。


 触れる寸前で、手が止まる。


 自分は、フィリアではない。

 ソラデアの妹でもない。

 人間でもない。

 フィリアに瓜二つの顔を持った、別の何か。


 大賢者の声が、静かに落ちた。


「ルミナリス殿」


 どの、と呼ばれたことに、ルミナリスは少し震えた。


「フィリアの墓前へ、よく来てくれた」


 ルミナリスは、何も答えられなかった。

 墓標の青い花が、静かに揺れている。

 その花びらの上に、銀色の露が一粒落ちた。

 何かが零した涙のようだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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