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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅦ ~綴られた思いと決意

生命の女神シレンシオの天啓オルハゼル、アマトリス・フローラ。


 生きとし生けるものを祝福する、女神の恩寵。

 その花の上に、光が揺らいで形を成していく。

 剣の姿にも魔法使いの杖のようにも見えるその光は、様々な祈りを帯びていた。


~本文より

「ルミィ!」


 ルルリアが叫ぶ。

 巻貝の潮騒がさらに強くなる。


 ざあああああ。


 森の声が海の音に砕けかき消されるが、それでも、黒い花の口だけは閉じない。


「潮はいや」


「海はいや」


「なら、海ごと沈めよう」


 花の奥から、黒い根が伸びた。

 巻貝へ向かう。

 ルルリアは腕を引こうとしたが、間に合わない。


 その時、ルミナリスの胸から光が咲いた。

 神の花が、白く、淡く、穏やかな光の花が煌めく。


 その中心から、甘くさわやかな香りが広がる。

 七色に輝く花弁が、一枚ずつ開いていく。

 生命の女神シレンシオの天啓オルハゼル、アマトリス・フローラ。


 生きとし生けるものを祝福する、女神の恩寵。

 その花の上に、光が揺らいで形を成していく。

 剣の姿にも魔法使いの杖のようにも見えるその光は、様々な祈りを帯びていた。


 神の花に宿った願いが光を織りなし、形を成していく。

 白い冥界の底で道を開いた願い。

 焔鳥の刃騎士団の想い、ソラデアの願い。

 そして—— 守りたいというルミナリスそのものの願い。


 黒い花の口が閉じ、根の刃は動きを止めて、赤や黄色の花々に変わった。

 ルミナリスに絡んでいた蔓がほどける。

 名へ食い込もうとした種の影が、小さな白い花びらとなって宙へ舞う。

 小さな花びらに追い立てられるかのように、小さな光たちも一つ一つ姿を消していく


「悪戯は駄目だって」


「帰りなさいって」


 精霊たちの声が、遠くなる。

 立ち塞がっていた蔓が、小さな光の輪が、潮騒に洗われた泡のように弾け、悪戯だけをほどき、元の花へ、ただの草へと戻していく。

 ルルリアは巻貝を握りしめたまま、息を呑んでいた。

 光の中に杖を構えるその姿は、伝説の乙女のようであった。


「太陽の……乙女?」


 ルミナリスも、自分の胸元を見る。

 神の花が光っている。

 神の花が守ったのか。

 ソラデアの祈りが応えたのか。

 何も、分からない。


 アシュラムが、ルミナリスの腕の中で重さを変えた。

 先ほどまでの危険を知らせる重さではない。

 静かに見極めるような重さだった。


 潮騒が強く、大きく、重なっていく。

 ざあああああ。


 白い花びらが辺りを漂う。

 小さな花が舞い、地へ降り注ぐ。


 森の囁きが遠のき、精霊たちの声も、完全に立ち消えていった。

 ルルリアは、巻貝を胸元に押し当てた。


「ありがとう」


 誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 巻貝は答えない。

 ただ、海の音を鳴らし続ける。


 神の花が、前方へ光を放つ。

 薄い幕が破れるように、庭の景色が剥がれ落ちていく。


 笑う花。踊る草蔓。囁きかける小さな光。

 名前を呼ぼうとする水。


 そのすべてが、幻のようにほどけていく。

 神の花は光を弱め、最後にきらりと光ると沈黙した。


 行きなさい。


 そう言われた気がした。

 神の花の光が、静かに収まる。

 巻貝の潮騒も、気が付けば鳴りやんでいた。


 二人はしばらく何も語らず、辺りを見渡している。


 目の前には、ざわめく庭ではなく、静かな花園が広がっていた。


 柔らかな草が広がっている。

 花は咲いているが、こちらを見つめてはいない。

 穏やかに水は流れているが、名前を呼ばない。

 涼やかな風は吹いているが、約束を持ちかけない。


 木々の間から、淡い光が降っている。

 その光は、朝でも夕暮れでもない。

 ただ、心を休めるためにあるような光だった。


 花園の中央には、白い石の小道が続いている。


 小道の先には、さらに奥へ続く門のような樹があった。

 二本の木が寄り添うように立ち、枝が重なって輪を作っている。


 その門の前で、若いドレス姿の女性が、立ってこちらを見ていることにルミナリスは気づいた。

 ルルリアは気づいた様子はない。

 その姿は、ルミナリスにだけ見えていた。


 砕けた月を見上げた、涙の満ちる夜の晩さん会。

 銀の皿に映った、涙の月の光の煌めきの中、私に名をくれたお方。


「ルミィ。あれから、随分と歩いていらしたのね」


 女性が、懐かしい鷹揚な声で呼んだ。

 ルミナリスの瞳から、大粒の涙が零れた。


「お嬢さま……」


「わたくしが、なぜ今ここに居るのか分からないのだけれど……伝えなければいけないことがひとつあるの」


「はい……」


 如何なる誹りを受けようと、構わない。

 これが幻でも構わない。

 お嬢様…… 私は——。


「急なお別れになってしまって言えなかったから、今伝えます」


 ルミナリスは一度目を閉じて、再び真っすぐな視線を投げた。

 女性は柔らかく優しく視線を受け止め、大きな笑顔で返した。


「色々と良くしてくれて、ありがとう。私のルミィ。これからは、貴女の想うようになさってね。きっとよ」


 ルミナリスは返事をしようとして言葉が出ず、何とか絞り出した声も震えていた。


「私は、私は……お嬢様が大好きでした。とても、とても大切でした。どれほどお伝えしたかったか」


 女性は、にっこりと明るい笑顔を浮かべた。


「ええ。よく分かっていてよ。ルミィ」


 その声は、記憶の中と同じだった。

 柔らかくて、少し得意げで、何もかも分かっているようで、何よりも思いやりに溢れている。


「言葉なんか無くても、貴女は分かりやすいから」


 ルミナリスは大粒の涙を零した。


 守れなかったこと。

 届かなかったこと。

 伝えられなかったこと。

 そのすべてが、涙の一つ一つになって零れていく。


 女性は門を差し示す。


「行ってらっしゃい。私の大好きなルミィ」


 ルミナリスは、涙の中で顔を上げた。


「誰の為でもない、貴女の為に」


 ルミナリスは胸元の神の花に手を添える。


「ありがとうございます」


 女性は頷いた。

 次の瞬間、その姿は光の粒になり、神の花へ戻っていった。

 花の光が静かに収まる。


 ルルリアが、そっとルミナリスの顔を覗き込んだ。


「ルミィ?」


 ルミナリスは涙を拭わないまま、しばらく門を見つめていた。


「今……」


「うん」


「ヴェリットお嬢様が、いらっしゃいました」


 ルルリアは目を見開いて、小さく頷くと優しい顔をした。


「そっか」


「はい」


「よかったね」


 その言葉だけで、ルミナリスの胸に残っていたものが少しほどけた。


「はい」


 二人は、しばらく何も言えなかった。

 やがて、ルルリアが長く息を吐いた。


「……はあ。助けがなかったら、かなり危なかったよね」


「はい」


「木にされるところだった?」


「はい」


「動物にも?」


「たぶん」


「嫌すぎる」


 ルルリアはしゃがみ込みかけて、メル・アラに支えられた。


「もう無理。イグニスはいないし、おじいちゃんもいないし、精霊たちは好き勝手言うし、花は口を開けるし、巻貝は海になるし、ルミィの胸から神様の光みたいなのは出るし……何なの、ここ」


 言いながら、ルルリアは自分に言い聞かせているようだった。

 ルミナリスも、同じ気持ちだった。

 ルルリアは立ち上がり、また小さく息を吐く。


「助けられたね。いろいろな縁に」


「はい。ルルリアさんの巻貝に」


 ルルリアは少し照れたように目を逸らす。


「ルミィの神の花も」


 ルミナリスは胸元に触れる。


「勝手に、守ってくれました」


「なら、お互い様だね」


 その言葉に、ルミナリスは頷いた。


「はい」


 二人は、安らぎの花園を見渡した。

 ルルリアは、小さな花を見て一歩引いた。


「ここは触っても大丈夫そうだけど、触らない」


「はい。触らない方がよいと思います」


「学んだ」


 ルミナリスは星の羅針盤を確認した。

 針は、花園の中央を抜ける白い小道を示している。


 その先に、精霊王がいる。


 イグニスの言葉が胸に残る。

 精霊王には気をつけろ。


 オルクスの言葉が胸をよぎる。

 精霊王の言葉を、そのまま飲むな。


 ルミナリスはアシュラムを抱え直した。

 剣は重い。

 だが、今はその重さが心を落ち着かせた。


「行きましょう」


 ルルリアが頷く。


「うん」


 二人は白い石の小道へ足を踏み出した。

 花々が静かに揺れる。

 それは歓迎にも、見送りにも見えた。

 ルミナリスとルルリアは、自分の足で、精霊王の待つ庭の奥へ進んでいった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


第1部のまとめに入りました。

また是非ご一読ください。

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