思いの果てにⅥ ~庭の悪戯
道の先で、花が一斉に揺れた。
風はなく、水音もない。
代わりに、囁きが聞こえた。
最初は、葉擦れのようだった。
次に、鳥の声のようになった。
それから、子供の笑い声のようになった。
「来た」
「来た」
「来た」
「魔導機兵が来た」
ルミナリスの足が止まった。
ルルリアの右手が、テンフラウに触れる。
周囲の花が、くすくすと笑う。
~本文より
ルミナリスとルルリアは、精霊の庭の奥へ進んだ。
イグニスはいない。
オルクスもいない。
前を示すのは、星の羅針盤だけだった。
ルミナリスの腕には、魔剣アシュラムがある。
抜いてはいけない剣。
危ういものが絡んだ時、その重さで知らせる剣。
ルルリアは隣を歩きながら、何度も周囲を見た。
花も水も木々の枝も、宙を漂う小さな光も、何もかもが綺麗だった。
綺麗すぎた。
綺麗なものは、ここでは信用しすぎてはいけない。
「イグニスがいないと、静かすぎるね」
ルルリアが小さく言った。
「はい」
ルミナリスも頷く。
「あの方の声は、少し乱暴でしたが」
「少し?」
「……とても乱暴でしたが」
「うん」
「でも、分かりやすかったです」
「それは本当にそう」
二人は、ほんの少しだけ笑った。
その笑いは、すぐに消えた。
道の先で、花が一斉に揺れた。
風はなく、水音もない。
代わりに、囁きが聞こえた。
最初は、葉擦れのようだった。
次に、鳥の声のようになった。
それから、子供の笑い声のようになった。
「来た」
「来た」
「来た」
「魔導機兵が来た」
ルミナリスの足が止まった。
ルルリアの右手が、テンフラウに触れる。
周囲の花が、くすくすと笑う。
「魔導機兵」
「壊れたもの」
「作られたもの」
「命令で動くもの」
「番号を持つもの」
「名前を拾ったもの」
ルミナリスは息を詰めた。
凍てつく金冠で見た水面が、胸の奥に戻ってくる。
七〇三式。自律型魔導機兵。
主登録、ヴェリット。
星の羅針盤を持つ手が震える。
その時、別の声が混じった。
「人間もいる」
「ただの人間」
「森の根に養分をやろう」
「木にしよう」
「白い枝にしよう」
「いや、動物がいい」
「小さい獣にしよう」
「鳥にしよう」
「籠から出た鳥なら、また籠に入れよう」
ルルリアの顔がこわばった。
花の奥から、細い蔓が伸びる。
草の間から、白い根が顔を出す。
小さな光が、二人の周りで円を描いて回り始めた。
冗談のような声だった。
悪意だけではない。強い好奇心も混じっている。
相手は精霊だ。
それが余計に怖かった。
魔導機兵を、庭の珍しいものとして見ている。
人間種を、形を変えて遊べるものとして見ている。
ルルリアは息を吸った。
「やめて」
言った瞬間、花々が笑った。
「返事した」
「返事した」
「人間が返事した」
「声をもらおう」
「名前ももらおう」
しまった。
ルルリアは口を押さえる。
足元の草が、指のように伸びた。
メル・アラの脚部に絡もうとする。
ルルリアは跳ぼうとしたが、足が重い。
森が、足を覚えようとしている。
「ルルリアさん!」
ルミナリスが手を伸ばす。
その腕にも、細い蔓が絡みかけた。
「魔導機兵はどうしよう」
「油臭いから花を植えよう」
「胸の核に種を置こう」
「兵器に花を咲かせよう」
「動けば散る花」
「壊れたら咲く花」
ルミナリスの胸元で、凍てつく金冠の残した冷たい芯が痛む。
胸の奥に触れられる。
願いに、名に、機構に、花を植えられる。
星の羅針盤の光が乱れた。
アシュラムが、腕の中で重くなる。
危ういものが絡んでいる。
オルクスの言葉が蘇る。
この剣が重くなるその時は、逃げろ。
だが、どこへ。
道が分からない。
花が笑う。
草が揺れる。
光が回る。
世界が、二人の形を違うものに変えようとしている。
その時、ルルリアの巻貝が震え、さざ波のような小さな音を立てた。
海辺の石が、波に転がされるような音だった。
ルルリアは、はっと腰の巻貝へ手を伸ばした。
辺りに潮の匂いが漂いはじめる。
精霊の庭の濃い緑の空気の中に、突然、海の匂いが溢れた。
潮風に荒い波、波間の白い泡。
そのすべてを混ぜ合わせた音。
巻貝から、潮騒が溢れた。
ざあ。
ざああ。
ざあああああ。
波の音が、庭の囁きを押し流した。
「魔導機兵を」
「人間を」
「木に」
「動物に」
声が砕ける。
潮騒に呑まれ、言葉が意味を失っていく。
花々がざわめいた。
小さな光が散る。
蔓が引っ込む。
草の指が水を浴びたように伏せる。
ルルリアは巻貝を握りしめた。
巻貝の奥から、海が鳴っている。
そして、その奥から、神獣アルケイラの声と共にマルッカの声が遠く響いた。
ああ、そうさ。海の者は、仲間を見捨てない。
その声が、森の声を打ち消していた。
「ルミィ」
ルルリアは思わず名を呼びかけて、すぐに言い直した。
「こっち!」
ルミナリスは頷く。
だが、次の瞬間、足元の花が大きく開いた。
白い花弁の奥に、黒い口がある。
「海はいや」
「潮はいや」
「なら切ろう」
「巻貝を割ろう」
花の口から、細い根の刃が伸びた。
根の刃は、ルルリアの手に向かって走る。
テンフラウを撃つには近すぎる。
「させません」
ルミナリスが星の杖を振る。
防御結界がルルリアを覆い、細い根の刃を防いだ。
しかし、その一瞬の隙を突いて、別の蔓がルミナリスの足に絡みつく。
「魔導機兵を止めた」
「植えよう」
「咲かせよう」
「核に根を」
「名前に種を」
蔓が膝へ、腰へ、腕へ伸びる。
ルミナリスは星の杖を握り直そうとした。
その手首にも、細い蔓が絡んだ。
次回、庭を踏破すべく奮闘する2人を描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また是非、ご一読ください。




