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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅤ ~ アシュラムの重さ

「……儂は」


 声がかすれた。


「また、見送るのか」


 ネメリアの瞳が揺れた。


「はい」


 その一言は、優しくも容赦なかった。

 オルクスは目を閉じた。

 長い時間のように見えた。

 実際には、数呼吸ほどだったのかもしれない。


~本文より

 ルルリアが息を呑む。


「え?」


 ルミナリスも、思わず一歩前へ出た。


「どういうことですか」


 ネメリアは二人へ向き直る。


「あなたたちは、自分の足で精霊王の元へ向かわなければなりません」


「私たちだけで?」


 ルルリアの声が震える。


「はい」


「イグニスもいない。おじいちゃんも?」


「はい」


 ネメリアの答えは変わらない。


「原初の焔は、原初の岩と向き合っています。オルクスは、私と来なければなりません」


 オルクスは目を伏せた。


「精霊王の意志か」


「庭の意志です」


「同じではないのか」


「時に同じ。時に違います」


 イグニスの言葉が、また胸をよぎる。

 精霊王には気をつけろ。

 ルミナリスはネメリアを見つめた。


「なぜ、オルクスさんは一緒に行けないのですか」


 ネメリアは、少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「オルクスがいると、あなたたちは守られてしまうからです」


「守られることは、悪いことなのですか」


「悪くありません」


 ネメリアは言った。


「守りは尊いものです。しかし、精霊王の前へ行くには、自分の名と願いを、自分で抱えていなければなりません。誰かの剣の影に隠れたままでは、庭はあなたたちを見失う」


 ルルリアは唇を噛んだ。

 森王の泉でも、同じことを言われた。

 オルクスは手を出せなかった。

 ルミナリスもルルリアも、自分で冠を越えなければならなかった。

 それが、まだ続く。


「でも、危ないんでしょ」


 ルルリアが言う。


「危ないです」


 ネメリアは否定しない。


「精霊王は優しくもあり、残酷でもあります。正しくもあり、気まぐれでもあります。人の願いを美しいと感じながら、同じ願いを根元からほどくこともあります」


「怖いことばっかり」


「だからこそ、オルクスの剣ではなく、あなたたちの足が必要なのです」


 オルクスは、長く沈黙していた。

 その沈黙の中で、アシュラムがまた小さく震える。

 ルミナリスはオルクスを見る。


「オルクスさん」


 オルクスは、ゆっくり顔を上げた。

 その目には、深い迷いがあった。

 守りたい者を、また自分の手から離さなければならない者の目だった。


 王子。

 ネメリア。

 そして、今はルミナリスとルルリア。

 オルクスは、何度も手放す場所へ立たされる。


「……儂は」


 声がかすれた。


「また、見送るのか」


 ネメリアの瞳が揺れた。


「はい」


 その一言は、優しくも容赦なかった。

 オルクスは目を閉じた。

 長い時間のように見えた。

 実際には、数呼吸ほどだったのかもしれない。

 やがて、オルクスは腰の魔剣へ手を伸ばした。

 アシュラム。

 鞘に収まったままの魔剣を、ゆっくりと外す。


 ルルリアが驚いて声を上げる。


「おじいちゃん?」


 オルクスは、ルミナリスの前へ立った。


「ルミナリス」


「はい」


「これを預ける」


 差し出された魔剣は、重かった。

 見た目以上に。

 鉄の重さだけではない。

 誓い。

 後悔。

 呪いを断った記憶。

 守れなかった者への祈り。

 そういうものが、剣の中に沈んでいる。

 ルミナリスは戸惑った。


「私が、アシュラムを?」


「抜く必要はない」


 オルクスは言った。


「おぬしが振るう剣ではない」


「では、なぜ」


「この剣は、ネメリアの呪いを、黒の樹魔女の呪いから切り離すために得た」


 ネメリアは黙って聞いていた。

 その表情は、悲しみだけではなかった。

 懐かしさも、痛みも、そしてわずかな安らぎもあった。


「アシュラムは、ただ斬る剣ではない。絡みつくものを断つ剣だ。呪い、契約、影、執着。すべてを斬れるわけではないが、切れ目を作ることがある」


 オルクスは、ルミナリスの目を見る。


「精霊王の元へ行けば、願いや名に触れられるだろう。もし、おぬしらの足に、どうしてもほどけぬ根が絡んだなら、この剣が重くなる。その時は、逃げろ」


「斬るのではなく?」


「逃げろ」


 オルクスははっきり言った。


「この剣が勝手に斬ることはない。だが、重さで知らせる。危ういものが絡んだ時、アシュラムは黙らぬ」


 ルミナリスは、両手でアシュラムを受け取った。

 重い。

 しかし、拒まれはしなかった。

 魔導機兵である自分を、剣は拒まない。

 ただ、静かに重さを預けてくる。

 ルルリアが不安そうに言う。


「おじいちゃん、武器なしで大丈夫なの?」


 オルクスは少しだけ笑った。


「儂が行く先の相手は、剣で斬る相手ではない」


 ネメリアが穏やかに言う。


「剣で斬られた相手でもありますが」


「……そうであったな」


 オルクスの声に、少しだけ苦笑が混じった。

 ルルリアは泣きそうな顔になった。


「戻ってくる?」


 オルクスは即答しなかった。

 その沈黙が、ルルリアの胸を冷やした。

 だが、オルクスは逃げずに答えた。


「そうありたい」


「約束?」


 オルクスは、精霊の庭の空気を思い出したように、少しだけ目を細めた。


「言葉としては、結ばぬし、結べぬ」


 オルクスは静かに言った。


「だが、儂の足は戻る方を覚えているぞ」


 ルルリアは唇を噛み、それから頷いた。


「分かった」


 ルミナリスはアシュラムを抱えたまま、オルクスを見上げる。


「私たちは、精霊王の元へ向かいます」


「うむ」


「自分の足で」


「そうだ」


「でも、オルクスさんの剣は預かります」


「頼む」


 その言葉が、ルミナリスの胸に深く入った。

 預けられたのは剣ではない。

 それは、とても重い。


 ネメリアが手を差し出した。

 白い指。

 木の根のように細く、しかし折れない指。


 オルクスは、その手を見た。


 かつて恋人だった者。

 長い時を越えて、その手がもう一度差し出されている。


 オルクスは、ゆっくりとその手を取った。

 その瞬間、足元から細い根が伸びた。


 根はオルクスを縛らなかった。

 ネメリアを飾るように、二人の周りへ円を描く。


 草が伏せる。

 花が閉じる。

 水音が遠くなる。


 ネメリアはルミナリスとルルリアを見た。


「精霊王の道は、まっすぐではありません」


「うん。なんとなくわかる」


 ルルリアが小さく言う。

 ネメリアは微笑んだ。


「星の羅針盤を見てください。しかし、羅針盤だけを信じすぎないでください」


「それも?」


「はい。道具は道を示します。足を動かすのは、あなたたちです」


 ルミナリスは頷く。


「分かりました」


「花が問いかけたら、答えずに見てください。水が名を呼んだら、呼ばれたことを忘れてください。風が約束を持ちかけたら、笑わず、怒らず、ただ通り過ぎてください」


 ルルリアは顔をしかめる。


「難しい」


「難しいです」


 ネメリアはやはり否定しない。


「ですが、凍てつく金冠を越えたあなたたちなら、歩けます」


 オルクスが最後に言った。


「ルルリア」


「うん」


「ルミナリスを守ろうとしすぎるな。守りたいと思った時ほど、足元を見よ」


「……分かった」


「ルミナリス」


「はい」


「ルルリアに任せることを恐れるな。すべてを自分の使命にするな」


 ルミナリスは、胸を押さえた。


「はい」


「そして二人とも」


 オルクスの声が低くなる。


「精霊王の言葉を、そのまま飲むな」


 イグニスと同じ忠告。

 ルミナリスとルルリアは、同時に頷いた。


「はい」


「分かった」


 ネメリアの周囲で、葉が舞い上がる。

 緑の葉。

 黒い葉。

 白い小さな花びら。

 それらが渦を巻き、オルクスとネメリアの姿を少しずつ隠していく。


 ルルリアが一歩踏み出しかける。


「おじいちゃん!」


 オルクスが振り返る。


「戻ってきたら、ちゃんと説明して」


 オルクスは少しだけ驚き、それから頷いた。


「分かった」


「ネメリアさんのことも」


 ネメリアが微笑む。


「私のことは、彼が上手に話せるか分かりませんよ」


「そこも含めて聞く」


「では、困らせてあげてください」


 オルクスは苦い顔をした。


「本人の前で言うことではない」


「昔から、困った顔が似合っていました」


 その言葉に、オルクスは返せなかった。

 葉の渦が濃くなる。

 ネメリアの声が、最後に届く。


「自分の足で、精霊王の元へ」


 オルクスの声も続いた。


「アシュラムを頼む」


 葉が舞い上がり、光が弾け、二人の姿は消えた。


 残されたのは、細い森の道。

 星の羅針盤。

 ルミナリスの腕の中の魔剣アシュラム。

 そして、ルルリアの浅い呼吸だけだった。


 ルルリアは、しばらく黙っていた。


 それから、小さく言う。


「……本当に二人だけになった」


 ルミナリスはアシュラムを抱きしめる。

 剣は重い。

 ルミナリスは星の羅針盤を見た。

 針は、庭の奥を指している。


 そこに精霊王がいる。


 イグニスはいない。

 オルクスもいない。

 それでも、道はある。


「行きましょう」


 ルミナリスは言った。

 ルルリアは深く息を吸った。


次回、2人で進む先の精霊の庭を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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