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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第21章

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思いの果てにⅣ ~ ネメリアとオルクス

オルクスのその顔が、信じられないものを見るように強張る。


「……ネメリア」


 名が落ちた。

 庭が、その名を拾おうとはしなかった。


 その名は、すでに庭の中に根を張っているものだった。

 女性は、かすかに微笑んだ。


「風ではなくこの姿で、貴方に逢えました」


 声は、木漏れ日のように柔らかかったが、ルルリアの背筋が震えた。

 イグニスの焔が消えたあと、精霊の庭は急に広くなった。

 同じ場所にいるはずなのに、空気の厚みが変わった。

 さっきまで前で燃えていた赤い光がないだけで、花の色も、水の音も、草の揺れも、すべてがこちらへ近づいてくるようだった。


 ルルリアは耳を塞いだまま、足元の白い花を見下ろしていた。


 花は、楽しそうに揺れている。


「ようこそ」


 また声がした。

 小さな声。

 子供のようでもあり、老人のようでもある声。

 ルルリアは眉を寄せる。


「返事しない。返事しない。返事しない」


「そこまで言うと、返事に近い」


 オルクスが静かに言った。


「えっ」


「言葉を向けるな。聞こえたことを、心の中で流せ」


「難しい」


「難しい場所だ」


 オルクスの言葉は落ち着いていた。

 だが、その横顔は硬い。

 イグニスがいなくなったせいだけではない。

 庭そのものが、何かを待っている。


 ルミナリスは星の羅針盤を見た。


 針は、先ほどまでと同じく庭の奥を指している。

 しかし、光は少し細くなっていた。


 まるで、道を示してはいるが、守りはしないと言っているようだった。


「進みましょう」


 ルミナリスが言う。


 声は小さかった。

 花に向けた言葉ではない。

 水にも、風にも、木にも向けていない。


 仲間にだけ届く声。


 ルルリアは頷いた。


「うん。イグニスが戻ってくる前に、変な実とか食べないようにしないと」


「食べなければよいだけだ」


 オルクスが言う。


「そうなんだけど、ここだと実の方から口に入りそうで怖い」


「ありえぬとは言い切れぬな」


「そこは否定して」


 ルルリアが顔をしかめる。

 その時、道の先で枝が揺れた。


 風は吹いていない。

 枝は、自分の意思で道を開けるように左右へ分かれていく。

 葉が重なり、光が落ち、草の上に細い影が伸びる。


 その影の中から、一人の女性が現れた。

 緑の髪。

 森の葉と同じ色をした長い髪が、肩から背へ流れている。

 肌は白く、しかし、人の白さではない。

 樹皮の下にある新しい木肌のような、静かな白さだった。


 耳は長い。

 精霊人エルフに似ている。

 だが、完全なエルフではない。

 瞳は深い森の色をしていた。

 その奥に、黒い樹の影が沈んでいる。


 服は布ではなかった。

 葉と影と、細い蔓で編まれたような衣。

 歩くたびに足元の草が小さく伏せ、また起き上がる。

 女性は静かに立ち止まった。


 ルミナリスは息を呑む。


 美しい。

 だが、ただ美しいだけではない。

 人でなくなったもの。

 そんな気配があった。


 オルクスのその顔が、信じられないものを見るように強張る。


「……ネメリア」


 名が落ちた。

 庭が、その名を拾おうとはしなかった。


 その名は、すでに庭の中に根を張っているものだった。

 女性は、かすかに微笑んだ。


「風ではなくこの姿で、貴方に逢えました」


 声は、木漏れ日のように柔らかかったが、ルルリアの背筋が震えた。

 その柔らかさの奥に、黒い森の記憶がある。

 枝に絡まれ、根に沈み、呪いが花を咲かせるような記憶。


 オルクスは、動けなかった。


「おぬしは……生き返ったのか?」


「いいえ、死んだままです」


 ネメリアは穏やかに言った。


「黒の樹魔女として。呪いの根に絡まり、あなたの剣に断たれて」


 ルミナリスは、オルクスの腰の魔剣を見た。

 アシュラム。

 これまで幾度もオルクスの手にあった魔剣。

 重く、静かで、血を急がない剣。

 その剣が、かすかに震えていた。

 ネメリアの視線も、アシュラムへ落ちる。


「その剣も、久しいですね」


 オルクスは、低く答えた。


「アシュラムは、おぬしの呪いを断つために振るった剣だ」


「はい」


 ネメリアは頷いた。


「私を救うために。私を殺すために」


 オルクスの拳が震える。


「すまぬ」


「いいえ」


 ネメリアは一歩近づいた。

 その足元で、黒い小さな花が咲いて、すぐに白く変わった。


「あなたは断ちました。黒い樹が私を食い尽くす前に。私が誰かを、もっと多く傷つける前に。あなたは、私の呪いを断ちました」


「だが、おぬしは死んだ」


「呪いの躰は死にました」


 ネメリアの声は穏やかなままだった。


「そして、森が残った魂を、拾いました。森の息として残れるように」


 ルルリアは小さく呟く。


「精霊に、なったの……」


 ネメリアの視線がルルリアへ向いた。

 その視線は優しかった。

 だが、ルルリアは少し身を固くした。


 優しいものほど危ない。

 イグニスの言葉が、まだ耳に残っている。

 ネメリアはそれに気づいたように微笑む。


「よい警戒です。原初の焔に、よく叱られましたね」


「かなり」


「でしょうね」


 ネメリアはルミナリスを見た。

 その瞳が、少しだけ深くなる。


「凍てつく金冠を越えた者にして、調和をもたらすもの」


 ルミナリスは、星の羅針盤を抱く手に力を入れた。


「あなたは……私たちを、試しに来たのですか」


「いいえ」


 ネメリアは首を横に振った。


「もう試しは始まっています。私が来たのは、道を分けるためです」


「道を……」


 オルクスの表情が変わった。

 何かを察したのだ。


「ネメリア」


「オルクス」


 ネメリアの声は静かだった。


「あなたは、ここまでです」



ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回、オルクスとルミナリス、ルルリアの思いを描きます。


また是非ご一読ください。

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