精霊の庭へ ⅩⅩ ~私はルミナリス
ルミナリスは、胸元を押さえた。
「私は……魔導機兵でした。そう作られました」
その言葉は、水に答えたものではなかった。
自分へ言った言葉だった。
白い冠が止まる。
ルミナリスは、星の羅針盤を抱きしめる。
「私は、ヴェリットお嬢様を守れなかった」
声が震える。
「そのことを、後悔していました。赤の宰相を……知らないうちに、憎んでいました」
水面の中で、赤い影が揺れた。
「それが命令なのか、感情なのか、私にはまだ分かりません」
~本文より
白い装甲。番号。魔導核。防衛対象、ヴェリット。
破壊記録。
再起動の残響。
理解したくなくても、分かってしまう。
ルミナリスは人間ではない。
魔導機兵だった。
ルルリアの顔が強張る。
「嘘つき! 騙していたのね! あたしを、おじいちゃんをっ!」
激しく罵るルルリアの後ろからアシュラムを構えたオルクスが険しい顔で現れた。
「……まさか、お主が帝国の手先であったとは……わしも随分と耄碌したものよ」
老剣聖の眼には怒りと失望と、何より強い殺気が込められていた。
「そこになおれ。せめてもの情けじゃ。一撃で破壊してくれる」
ルミナリスは二人を見た。
何を伝えればいいのか……わからない。
「はい。私は魔導機兵です。アルゲントルム魔法人ではありません。だましていて申し訳ありませんでした」
目の前にある白い冠の内側から、星がまた一つ消える。
「私は帝国で造られました。でも帝国の機兵ではありません。私は—— 私は……」
私は何なのだろう?
ルミナリスの中で疑問が生じた。
魔導機兵は感情を持たない。
しかし、私には感情がある。
赤の宰相に敵対的行動をとっていたのは、論理ではなく感情からだった。
大好きだったお嬢様を奪われ、憎く思った結果だった。
ワタシハナニヲシタイノ?
イイエ、ナニヲモクテキトシテイルノ?
「覚悟せいっ! 魔導機兵っ」
オルクスの魔剣が振りあげられたその時、栄光の星の杖が反応した。
蒼い光が放たれ、その光の中から青銀の甲冑に広刃の剣を片手にしたアルゲントルムの古代戦士が現れた。
『我が名は、リダール。偉大なるエルカナリスの青き誓約により、同胞を虚ろより守る』
青銀の甲冑をまとうリダールは苦も無く、広刃の剣でオルクスだった水の影を両断した。
『我は証を立てる。このものは自らを捨て、民人の為に誠を尽くす、同胞なり』
オルクスの姿は水となり消えてなくなり、リダールの姿も合わせて消えた。
だが、ルルリアは怒ったままの表情で睨みつけている。
「あんたはあたしをだました。おじいちゃんを、騎士さまたちを、子供たちをだました」
大きな声で怒鳴り散らす。
目は見開かれて、顔が怒りに塗れている。
「ねえ!」
凍てつく金冠を見据えたまま動かないルミナリスに向かって、ルルリアは叫んだ。
ルミナリスの澄んだ瞳から、大粒の涙が零れている。
ルルリアは察した。
今の状況とルミナリスに及んでいる魂の危機を。
「聞こえてるなら、こっちを見て! あんたは一人じゃないっ。あたしが居る。ゴルデンオストの密偵だった裏切り者のあたしが居るよっ。負けんなっヘンテコ娘っ」
ルミナリスの肩がわずかに動く。
イグニスが怒鳴った。
「さえずるなっ! これはルミナリスの試練だ」
「でも!」
「そいつの試しだ! おまえが代わりに答えたら沈む!」
ルルリアは歯を食いしばり、足を止めた。
できない。触れない。
代わりに答えられない。
それでも、大粒の涙を流しているルミナリスを見ていないふりはしない。
「魔導機兵……あんな泣き虫なわけないじゃないっ。あたしは、アンタを信じるっ」
ルルリアは言った。
「傍で、見てる」
水が揺れた。
「あなたが何だったとしても、私はここで見てる。私は逃げない」
水面の中の魔導機兵が、ぎこちなく顔を上げた。
その顔には、人の表情がない。
壊れた視覚器があるだけだ。
広間の外で、オルクスの声が届いた。
「ルミナリス」
水が大きくざわめく。
イグニスの焔が荒くなる。
「老いぼれ!」
「分かっている」
オルクスの声は静かだった。
「これは水へ渡す名ではない。儂が呼ぶ名だ」
その声には、剣よりも重いものがあった。
「儂が見てきたのは、番号ではない。機構でもない。兵器でもない。旅の中で、傷つき、迷い、誰かを案じ、なお歩こうとした者だ」
ルミナリスの目が揺れた。
「おぬしが魔導機兵であったとしても、儂が共に歩いた事実は変わらぬ」
ルルリアも、震える声で続けた。
「私が呼んでた名前は、兵器の名前じゃないよ」
水面が揺れる。
「ルミィって呼んだのは、命令されたからじゃない。そう呼びたかったから」
その名は、ここでは危うい。
それでも、ルルリアはぎりぎりのところで言葉を掴んだ。
「私の中にあるあんたの呼び方」
ルミナリスの胸元で、灼熱の石守が赤く光った。
凍りかけた願いの中心へ、温もりが届く。
火のそばに立つための守り。
強すぎる焔から身を護る石。
今は、冷たすぎる問いから、ルミナリスを立たせていた。
イグニスが低く言う。
「見ろ。逃げるな。だが、呑まれるな」
ルミナリスは水面を見る。
壊れた魔導機兵。
守れなかった主人。
赤への憎しみ。
ソラデアの願い。
大きすぎる魔法の残響。
全部、自分へ続いている。
認めたくない。
分からない。
怖い……の?
ルミナリスは、胸元を押さえた。
「私は……魔導機兵でした。そう作られました」
その言葉は、水に答えたものではなかった。
自分へ言った言葉だった。
白い冠が止まる。
ルミナリスは、星の羅針盤を抱きしめる。
「私は、ヴェリットお嬢様を守れなかった」
声が震える。
「そのことを、後悔していました。赤の宰相を……知らないうちに、憎んでいました」
水面の中で、赤い影が揺れた。
「それが命令なのか、感情なのか、私にはまだ分かりません」
あげた顔には大粒の涙が溢れていた。
「ソラデア様の願いで、私はもう一度歩き始めました。フィリア様を探すことも、私の中にある大切な目的です」
白い冠の冷気が、少しずつ弱まる。
「でも、それだけではない」
ルミナリスは、ルルリアを見る。
水の向こうで声をくれたオルクスを見る。
前で燃えるイグニスを見る。
「リシュタ家の子供たちやザイムさんたちのような人々が、誰かの都合で傷つけられるのを見たくありません。ルルリアさんが沈むのも、オルクスさんが悲しむのも、イグニスさんが黙るのも、嫌です」
イグニスが小さく焔を跳ねさせた。
「俺様を混ぜるな」
「嫌です」
「返事が早いな」
ルミナリスは、涙をぬぐいさった。
「私は、まだ自分が何なのか分かりません。兵器なのか、器なのか、誰かの願いで動いているだけなのか、まだ分かりません」
白い冠が、胸の前で静かに回る。
「それでも、今はこの名で進みます」
ルミナリスは息を吸った。
「名は、ルミナリス……ヴェリットお嬢様が付けて下さり、皆が、オルクス様がルルリアが……そう呼んでくれる私自身です。私は、ルミナリス。魔導機兵の名はもう置いてきました」
水面が大きく揺れた。
「これは番号でも、用途でも命令でもありません。私が、失いたくない名です」
白い冠の内側で、消えかけていた星の光が一つ戻った。
また一つ。
ぽつりぽつりと。
青白い魔導回路の光と、星の光が重なる。
完全には混ざらない。
だが、互いを消しもしない。
ルミナリスの胸に嵌まりかけていた冠が、ぎしりと鳴った。
願いを冷やす。
命令かもしれないもの。後悔から生まれた感情。
赤への憎しみ。ソラデアの願い。
自分のものかもしれない守りたい気持ち。
それらが凍り、形を見せる。
砕けなかった。完全に解けもしなかった。
白い冠は、ルミナリスの胸の前で静止した。
ルミナリスは膝をついた。
「っ……」
ルルリアが駆け寄る。
今度は、イグニスが止めなかった。
ルルリアはルミナリスの肩を支える。
「大丈夫?」
名を呼ばない。
水に渡さない。
それでも、声は届く。
ルミナリスは浅く息をした。
「大丈夫、です」
「本当に?」
「分かりません」
ルルリアは泣きそうな顔で笑った。
「分からないこと、多いね」
「はい」
「じゃあ、あとで考えよう」
ルミナリスはルルリアを見る。
「あとで」
「今は通る。あとで考える。私も、逃げるとか届くとか、まだ全部分かったわけじゃないし」
ルルリアは、少しだけ笑った。
「一緒に持ち越そう」
ルミナリスは、ゆっくり頷いた。
「はい」
広間の外で、オルクスが目を閉じた。
その顔には、痛みと安堵が同時にあった。
「ルミナリス。おぬしが何でできていようと、儂が見た旅は変わらぬ」
オルクスの声は静かだった。
「儂は、おぬしを機構とは呼ばぬ。兵器とも呼ばぬ。おぬしが望まぬ限り、そのようには見ぬ」
ルミナリスの目が潤んだ。
「ありがとうございます」
白い冠が、ゆっくりと離れた。
水面に映っていた壊れた魔導機兵の姿も、少しずつ薄れていく。
最後に残ったのは、胸部の古い番号ではなかった。
白い花のような光だった。
存在を肯定する神の花の光が、辺りを包んでいた。
次回、試練を越えて精霊の庭へと歩む一行を描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また是非ご一読ください。
お待ちしています。




