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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

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精霊の庭へⅩⅦ ~泉の奥へ

水面の冠が、今度はルルリアの方へ向いた。


 冷たい。

 見られているだけで、胸の奥が冷える。

 逃げたい。

 その感覚が、昔の癖のように足へ落ちる。


 メル・アラが鳴った。

 前へ進むために力を伝えてくる。


 ルルリアは唇を噛む。


~本文より

「冠は、王に載るものではない」


 水面の白い輪が回る。


「冠は、魂の願いに嵌まるもの」


 ルミナリスは星の羅針盤を握りしめた。

 願い。

 その言葉が、胸に刺さる。


 フィリアを探す願い。

 ソラデアから受け取った使命。

 白い冥界を閉じた先で、まだ残っている約束。

 それらは、どこまでが自分のものなのか。


 水面の冠が、ルミナリスの方へ少し傾いた。


 オルクスが一歩出ようとしたが、その足元で、石の紋様が光る。

 オルクスの足が止まった。


「……やはり、儂は手を出せぬか」


 苦い声だった。


 泉は答えない。

 ただ、オルクスの足元に薄い霜が広がった。

 それ以上進めば、誓いそのものが凍る。

 オルクスは歯を食いしばり、足を引いた。


 ルルリアがそれを見た。


「おじいちゃん」


「案ずるな」


 オルクスは言った。


「見ている」


 その声は、自分に言い聞かせるものでもあった。

 ルルリアは頷く。


 水面の冠が、今度はルルリアの方へ向いた。


 冷たい。

 見られているだけで、胸の奥が冷える。

 逃げたい。

 その感覚が、昔の癖のように足へ落ちる。


 メル・アラが鳴った。

 前へ進むために力を伝えてくる。


 ルルリアは唇を噛む。


「冠って、何をするの」


「願いを冷やし凍らせる」


 イグニスが答えた。

 声には、珍しく冗談がなかった。


「熱すぎる願いは、周りを焼く。弱すぎる願いは、水に流される。凍てつく金冠は、願いを冷やして形を見る。そして凍った願いは、自らの熱で解くか。凍り付いて砕け散るか、だ」


「分かりやすいね。つまり、生きるか死ぬかってことでしょ」


「ああ、本来ならな。だが、俺様が傍に居る。砕けることはねえ」


 ルミナリスは泉を見つめた。


「私たちは、どうすればよいのですか」


 泉の水面が揺れた。

 白い冠が、二つに分かれる。


 一つはルミナリスの前へ。

 一つはルルリアの前へ。


 水の上に浮かんだ二つの冠は、同じ形ではなかった。


 ルミナリスの前の冠は、細く、白く、透き通っている。

 その内側には、星のような小さな光が閉じ込められていた。


 ルルリアの前の冠は、少し歪んでいた。

 氷の輪の一部が鳥の翼のように広がり、別の一部は籠の格子のように細く並んでいる。


 ルルリアはそれを見て、顔をしかめる。


「性格悪い形してる」


「泉に文句を言うな」


「言いたくなるよ」


 イグニスは、二つの冠に火花を散らした。


「やっぱり、おまえら二人だけが試される」


「オルクスさんは?」


 ルミナリスが尋ねる。


「エルフのじじいは森の精霊に近い。己だけなら通れる。だが、こいつらを連れていくなら別だ」


 オルクスは静かに言う。


「儂が二人を連れていくことはできぬ、ということか」


「そうだ。おまえが背負えば、泉は二人を見失い、庭の中で永劫に迷う。そっちの方が危ねえ」


 オルクスは拳を握る。


「分かった。ではイグニス殿、お主が運ぶことは出来ぬか?」


「分かってて聞くんじゃねえ。精霊は約束に縛られる。精霊の庭なら尚更だ」


「そうか」


 それだけ言った。

 ルミナリスは、オルクスの苦しさを感じた。


 守りたい。

 だが、守るために手を出してはいけない。

 それは、剣を持つ者にとって、とても重いことなのだろう。

 ルルリアが、泉の縁へ一歩進んだ。


「つまり、私たちが自分でやればいいんでしょ」


「行く前に力を貸してやる」


 イグニスはそういうと、小さな炎の息を、ルミナリスとルルリアに吹きかけた。


「俺様の火が、お前らの生命と魂は守る。試練には手助け出来ねえが、これは問題ない」


 ルルリアは、前を見たまま答えた。


「ありがと。それくらいないと、足が止まる」


 イグニスは火花を散らした。

 ルミナリスも一歩進む。

 灼熱の石守が胸元で温もる。

 星の羅針盤は、泉の中心を指している。

 栄光の星の杖は、まだ背中で静かにしている。


「私も進みます」


 泉の声が、また響いた。


「名を持つ者は、名を戴け」


 水面が揺れる。


「願いを持つ者は、その澄んだ願いのみ戴け。欲が表に現れるなら欲は捨てよ」


 白い冠が、少しずつ近づいてくる。


「通る者は、冠を知る。冠は通る者の全てを知る」


 冷気が、足元から這い上がる。


 ルルリアは右手を握った。

 テンフラウは鳴らない。

 ここで雷は撃てない。


 ルミナリスは羅針盤を胸に抱いた。

 ここで水に返事をしてはいけない。


 イグニスは二人の間で燃えた。


「聞け」


 いつもの乱暴な声だった。

 それでも、今はその声が一番頼もしい。


「冠を怖がるな。だが、受け入れるな。逆らいすぎるな。自分の願いが凍るところを見ろ」


「難しい」


 ルルリアが言う。


「嘘をついても仕方ねえ」


 ルミナリスは静かに頷いた。


「分かりました」


「本当に分かったのか」


「いいえ、ただ願いを念頭に置くということしか、分かりません」


「だろうな」


「でも、進みます」


 イグニスの焔が、少しだけ揺れた。


「ならいい」


 泉の中心で、水が盛り上がる。

 銀色の水は階段のような形を作った。

 一段また一段。

 徐々に増えてゆき、水でできた階段となり、泉の中へ二人を誘っている。


 底は見えないが、沈みゆくその先に別の光がある。


 森の光ではない。

 精霊の庭へ続く光。


 ルルリアはルミナリスを見る。


「行こう、ルミィ」


 名前を呼んだ瞬間、水面が少し揺れた。

 ルルリアはしまった、という顔をした。


 イグニスが怒鳴る。


「今のはぎりぎりだ! いい加減にしろ」


「ごめん!」


「余計に与えすぎるなよ」


 ルルリアは口を閉じた。

 ルミナリスは小さく頷くだけにした。


 名前を大切にする。

 でも、ここでは名を水に渡さない。


 二人は水の階段へ足をかけた。

 白い冠が、頭上ではなく、胸の高さに浮かぶ。

 願いに嵌まるもの。

 その意味が、少しだけ分かった気がした。

 水の階段が、二人の足元で沈み始める。


 ルミナリスとルルリアは、森王の泉の中へ降りていった。

 オルクスは石の輪の外から見ている。


 イグニスは二人の前で燃えている。

 銀色の水が、静かに閉じていく。

 凍てつく金冠の試練が、始まろうとしていた。


次回、金冠の試練を描きます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

第1部の終盤です。

また是非ご一読ください。

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