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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

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精霊の庭へⅩⅥ ~凍てつく金冠

「何を試されるの」


「通る資格だ」


 イグニスが答えた。


「精霊の庭に入って、壊さずに歩けるか。名前を奪われず、願いを食われず、約束をねじ曲げずに進めるか」


「怖いことばっかり言う」


「精霊の庭だぞ。当り前だ」


~本文より

 銀色の水は、窪地の中心で丸く広がっていった。

 それは水たまりのようで、鏡のようでもあった。


 濁りがなく、底が見えない。

 深いのか浅いのかも分からない。


 石の輪に刻まれていた紋様が、一つずつ光り始めた。

 苔の下に隠れていた線が浮かぶ。

 古い文字にも見え、水の流れにも見える。


 オルクスは石の輪の外側で膝をついた。


「森王よ」


 声は、普段よりも低く、静かだった。


「古き誓いを抱く者として、この泉の前に立つ」


 水面が揺れた。

 何かが応えたわけではない。

 ただ、森全体がオルクスの声を聞いた気がした。


 ルミナリスは、オルクスを見た。

 老いた精霊人エルフの背中は、いつもより小さく見えた。

 剣を持つ背中ではない。

 ルルリアも、何も言わなかった。

 イグニスだけが不機嫌そうに焔を揺らす。


「かしこまるな。森はそういうのを好むが、調子にも乗る」


 オルクスは振り返らない。


「礼は必要だ」


「礼と下手に出るのは違う」


 イグニスは泉を睨んだ。


「おい、森王の水。通す気があるなら、とっとと口を開け。こっちは暇じゃねえ」


 ルミナリスは慌てて言った。


「イグニスさん」


「何だ」


「もう少し丁寧に」


「丁寧に言って開くような泉なら、逃げる泉なんて呼ばれてねえよ」


 水面が、わずかに波打った。


 怒ったのか。笑ったのか。

 それとも、ただ見ているだけなのか。

 ルルリアは小声で言う。


「今の、怒らせてない?」


「怒ったなら分かりやすくていい」


 水が、石の輪の内側を満たしていく。

 それでも、輪の外へは一滴もこぼれない。

 窪地だった場所は、いつの間にか静かな泉になっていた。


 中央に、銀色の水面。

 周囲に十二の濡れた石。

 上には枝葉の天井。

 光は、どこから差しているのか分からない。


 ルミナリスは胸元の灼熱の石守に触れた。

 温もりがある。

 水の冷たさの中で、その温もりは小さな灯のようだった。


 星の羅針盤は、もう針を動かしていない。

 ただ、泉の中心へ向けて光を放っている。


「ここから、精霊の庭へ行けるのですね」


 ルミナリスが言う。


 オルクスはゆっくり立ち上がった。


「行ける、とは限らぬ。願えば通る門ではない。試される」


「試し……」


 ルルリアが泉を見る。


 水面には、何も映っていない。


 自分の顔も。

 木々も。

 空も。

 ただ、銀色の光だけが揺れている。


「何を試されるの」


「通る資格だ」


 イグニスが答えた。


「精霊の庭に入って、壊さずに歩けるか。名前を奪われず、願いを食われず、約束をねじ曲げずに進めるか」


「怖いことばっかり言う」


「精霊の庭だぞ。当り前だ」


 イグニスは泉の縁へ近づいた。

 水面が、イグニスの焔を映さない。

 火がそこにあるのに、泉には火がない。

 ルルリアは気づいた。


「イグニス、映ってない」


「こいつは俺様を嫌ってるんじゃねえ。測れねえから映さないだけだ」


「測れない?」


「強すぎる火は、水の底を抜く」


 イグニスは、さらりと言った。

 ルルリアは少し呆れた。


「そういうところだよ」


「どこだ?」


「強いから何してもいいと思ってるところ」


「何してもいいとは思ってねえ。大抵はいいと思ってるだけだ」


「だめじゃん」


 ルミナリスは小さく笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。

 泉の水面に、変化があった。


 銀色の水が、ゆっくりと渦を巻き始める。

 大きな渦ではない。

 指先で水面を撫でたような、小さな流れ。


 その中心に、白いものが浮かんだ。


 雪のように白い。

 氷のように硬い。

 王冠のように輪を成すもの。


 ルルリアは身を固くした。


「……何、あれ」


 オルクスの顔色が変わった。


「凍てつく金冠」


 泉の水面に浮かんだ白い輪は、確かに王冠だった。

 だが、飾りでもなく、祝福でもない。

 氷の茨で編まれた冠だ。

 薄い金色の光を自ら発している。


 ルミナリスは、百眼で分析を試みたが、高濃度の魔力結晶体であることしかつかめなかった。


「これが、予言にあった……凍てつく金冠」


「そうだろうな」


 イグニスの焔が、わずかに冷気に食われ、火花が消える。

 周囲の冷気が、火の形を押し込めている。


「嫌なものを出しやがる」


 ルルリアは胸の奥が冷えるのを感じた。


 凍てつく金冠。

 それは、アルゲントルム魔法人に会うための予言に出てきた言葉だった。

 星の羅針盤。

 精霊の庭。

 そして、凍てつく金冠。


「どうせ、ろくでもない試練ってやつでしょ」


「精霊に交わりのないものよ。通りたければ、冠を知れ」


 泉の水面から、声がした。

 あまりに静かな声。


 水が石を撫で、霜が葉を裂き、遠い冬の空気が、それらが、言葉になった。

 ルルリアは思わず後退しかけた。

 メル・アラが腰を支える。

 逃げる足を、そこで止める。


 イグニスが低く言った。


「黙って聞いてろ」


 泉の声は続いた。



次回、凍てつく金冠の試練を描きます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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