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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

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精霊の庭へⅪ ~守りの石と小さな別れ

「灼熱の石守、と呼ばれています」


 ザイムは言った。


「昔、先祖が遺跡で拾ったものです。黒い鱗とは違い、何の由来かは分かりません。ただ、一度だけ高名な魔導士に鑑定してもらったことがあります。その方は、これは守りの石だと言いました」


「守りの石……」


「はい。我が家に残る品の中では、鱗を除けば一番貴重なものです」


 ルミナリスは、慌てて首を横に振った。


~本文より

 隊商が南の分岐へ近づくころ、空気がまた変わった。

 道の先に、小さな石標が立っている。

 片方は広い街道へ、もう片方は、森の奥へ。


 ザイムが言っていた古い獣道は、石標の影に隠れるように続いていた。


 人の足があまり入っていない道だった。

 草は深く、地面は湿っている。

 荷車が通れる幅はない。


 星の羅針盤の針は、迷わずその獣道を指していた。

 分岐だ。

 ザイムは荷車を止めた。


「私たちは、ここから南へ向かいます」


 ルミナリスは頷いた。


「私たちは、森へ」


 ミルが荷台から顔を出した。


「もう行くの?」


「うん」


 ルルリアが答える。


「お姉ちゃん、また雷を見せてくれる?」


「安全な時にね」


「安全な雷ってあるの?」


「聞いたことないや」


 ミルは笑った。

 ザイムは一歩前へ出て、深く頭を下げた。


「ここまで、本当にありがとうございました。あなた方がいなければ、荷も命も失っていたでしょう」


「ザイムさんたちも、気をつけてください」


 ルミナリスが言う。


「はい。この鱗のことも、余計な者には話しません」


 ザイムは、そこで少しだけ間を置いた。


「それから、森の逃げる泉についても。こちらから誰かに話すことはありません」


 オルクスは静かに頷いた。


「助かる」


「聞いてよいことと、聞かぬ方がよいことがあります。商人は、それを間違えると長く続きません」


 ザイムは苦笑した。

 イグニスが偉そうに焔を揺らす。


「分かってるじゃねえか」


「あなた様は、もう少し隠すことを覚えた方がよいかもしれません」


 ザイムが穏やかに言う。

 イグニスの焔が、ぼっと膨らんだ。


「俺様に説教か、火トカゲ」


「商人としての助言です」


「いらん」


「では、差し控えます」


 ザイムは丁寧に頭を下げた。

 ルルリアは小さく笑う。


「イグニス、言われてる」


「うるせえ」


 ザイムは首元のお守りを服の中へしまった。

 オルクスは、ザイムを静かに見た。


「道中、帝国の検問があれば、今日の襲撃について多くを語らぬ方がよい」


「やはり、そう思われますか」


「語れば、聞きたい者が寄る」


「商人として、口の閉じ方は心得ております」


 ザイムは表情を引き締めた。


「ただ、隊商の者たちには伝えます。獣人種が危ないのではない。危ない者が、獣人種の顔を使ったのだと」


 オルクスは頷いた。


「それでよい」


 ルルリアは、逃げた賊たちの方向を少しだけ見た。


 獣人種の顔、賊の顔、恐怖の顔。

 誰かがそれを用意して、道に置いた。


 ルルリアは右手を握った。

 テンフラウの中で、鋼球が小さく鳴る。

 ザイムの隊商が南へ向かおうとした時、火トカゲ人の主人はふと足を止めた。


「ルミナリスさん」


 呼ばれて、ルミナリスは振り返る。


「はい」


「少しだけ、お待ちください」


 ザイムは荷車の一つへ戻った。

 商人たちが不思議そうに見る中、荷台の奥に手を入れ、小さな革袋を取り出す。

 古い袋で何度も修繕された跡があり、口紐には焦げ跡が残っている。


 ザイムはそれを両手で持ち、ルミナリスの前へ差し出した。


「こちらを、お受け取りください」


 ルミナリスは戸惑った。


「これは」


「礼です」


「礼なら、先ほど十分いただきました。食料と薬草も分けていただきました」


「それでは足りません」


 ザイムの声は穏やかだったが、引く気配はなかった。


「あなた方は、荷を守ってくださっただけではありません。私たちが何者であるかを、賊の言葉で決めませんでした。獣人種だから危ないのではない、と言ってくださいました」


 ザイムは、首元にしまった黒い鱗へ一度だけ手を当てる。


「商人にとって、荷は大切です。ですが、名も同じくらい大切です。今日、あなた方は私たちの荷と名を守ってくださった」


 ルルリアは、少しだけ目を伏せた。

 名を守る。

 その言葉は、胸の奥に小さく残った。


 ザイムは革袋の口を開く。

 中から出てきたのは、小さな石だった。

 赤黒い石。

 形は不揃いで、宝石のように磨かれてはいない。

 しかし表面には、赤い模様が刻まれていた。

 模様は文字にも見える。

 炎にも見える。

 細い蔦が燃えながら絡み合っているようにも見える。

 石そのものは冷えているはずなのに、見ているだけで熱が肌に近づくようだった。


「灼熱の石守、と呼ばれています」


 ザイムは言った。


「昔、先祖が遺跡で拾ったものです。黒い鱗とは違い、何の由来かは分かりません。ただ、一度だけ高名な魔導士に鑑定してもらったことがあります。その方は、これは守りの石だと言いました」


「守りの石……」


「はい。我が家に残る品の中では、鱗を除けば一番貴重なものです」


 ルミナリスは、慌てて首を横に振った。


「そんな大切なものは受け取れません」


「受け取っていただきたいのです」


「ですが」


 その時、イグニスが強く燃えた。


「受け取れ」


 短い声だった。

 乱暴で、迷いがない。

 ルミナリスは驚いてイグニスを見る。


「イグニスさん」


「いいから受け取れ。そいつは役に立つ」


 イグニスは灼熱の石守を睨むように見た。

 焔が、少しだけ低くなる。

 いつものように偉そうではあるが、からかう気配はない。


「焔から身を守る石だ」


 ルルリアが首を傾げた。


「焔から? 火除けってこと?」


「ただの火除けじゃねえ。強い火だ。普通の火、魔法の火、精霊の火。全部を消すわけじゃねえが、身に入る熱をずらす」


「ずらす?」


「燃えるはずのところを、少し外す。焼けるはずの熱を、少し逃がす。火に食われるのを遅らせる。そういう守りだ」


 イグニスは、ルミナリスへ向き直った。


「森へ行くんだろ。精霊の庭へ近づくんだろ。例え火が味方でも、強すぎりゃ焼ける」


「イグニスさんの火も、ですか」


 ルミナリスが静かに尋ねる。


 イグニスは少しだけ黙った。


「俺様の火は強い。強すぎる」


「はい」


「強い火は、守る時でも熱い。近くにいりゃ、守った相手まで焦げることがある」


 その言葉は、いつもの乱暴な口調のままだった。

 それなのに、どこか苦かった。


「だから持っとけ。邪魔にはならん」


 ルミナリスは灼熱の石守を見た。

 赤い模様が、かすかに光っている。

 ザイムは、石を差し出したまま頭を下げた。


「私には、黒い鱗があります。この石も大切なものですが、今日ほど誰かへ渡すべきだと思った日はありません」


「ザイムさん……」


「どうか、旅の守りに」


 ルミナリスは、両手で石を受け取った。

 手のひらに置くと不思議なほど落ち着いた温もりが広がる。

 火のそばに立つための守り、そんな感じがした。


「ありがとうございます。大切にします」


 ザイムはほっとしたように笑った。


「こちらこそ、受け取っていただき感謝します」


 ルルリアは横から石を覗き込む。


「イグニス、本当にすごいものなの?」


「すごいというより、しぶとい石だ」


「しぶとい?」


「火に食われても、燃えずに残る。そういうための石だ」


「言い方が怖い」


「怖いもんだ。守りってのは、だいたい怖い目に遭う時に役立つ」


 オルクスは静かに灼熱の石守を見た。


「古い遺跡のものか」


「はい。祖父の話では、焼け落ちた神殿のような場所で見つかったと聞いています」


「焼け落ちた神殿……アグニス……」


 オルクスはそれ以上は言わなかった。

 イグニスも、それ以上語ろうとはしなかった。

 ただ、灼熱の石守から目を離さない。


「ルミナリス」


「はい」


「そいつは荷の奥にしまうな。すぐ出せる場所に持て。袋に入れて、服の内側に吊るせ。燃えそうになってから探しても遅い」


「分かりました」


「あと、ルルリア。おまえも近くにいろ。雷と火は相性が悪い時がある。テンフラウを使う時、余計な火に触れるな」


「分かった」


「本当に分かってる顔じゃねえ」


「今のは分かってる」


「ならいい」


 ミルが荷台から顔を出した。


「その石、熱いの?」


 ルミナリスは小さく笑って、石を少しだけ見せた。


「熱くありません。優しい温かさです」


「じゃあ、よかった」


「なぜですか」


「熱かったら、持てないから」


 あまりにも素直な答えに、ルミナリスは少しだけ笑った。


「はい。持てます」


 ミルは満足そうに頷いた。

 ザイムが隊商へ合図を送る。

 荷車が、ゆっくりと南の道へ動き出した。


「どうか、ご無事で」


 ザイムが言う。


「ザイムさんたちも」


 ルミナリスは灼熱の石守を胸元にしまった。

 服の内側に下げると、石は小さく温もりを返した。

 その温もりは、火の熱ではなかった。

 火を恐れず、火に呑まれず、火のそばに立つための温度。

 イグニスはそれを確認すると、ふんと焔を揺らした。


「よし。行くぞ」


 その声は乱暴だった。

 だが、どこか安心したようにも聞こえた。


 背後で、ザイムの隊商が南へ遠ざかっていく。

 荷車の音。

 馬の足音。

 ミルが小さく手を振る気配。


 ルルリアは左手を上げて応えた。

 ルミナリスは星の羅針盤を取り出した。


 針は、古い獣道の奥を指している。


次回、精霊の庭へ進む一行を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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