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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

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精霊の庭へⅩ ~語られる噂

一行は、ザイム隊商に聞こえぬよう、細心の注意を払っていた。

 道で出会った商人へ聞かせてよい内容ではなく、また気軽に語るべきものではない。

 ザイムに秘密を聞かせてしまうと、危険に巻き込む可能性がある。

 そのための最大の配慮だったが、一つというか一人というか、肝心なものの口を封じていなかった。


 原初の焔の主精霊、イグニス。

 存在の次元が違いすぎて、そういう配慮をほとんどしなかった。


~本文より

 隊商の行き先が途中まで同じということを知ったオルクスが、


「ならば、途中まで共に参ろう。馬鹿どもが仕返しに来ぬとも限らんしな」


 そう提案し、しばらく道行を共にすることに成った。

 隊商の者たちは、ルミナリス、オルクス、ルルリア、そしてイグニスという、奇妙奇天烈な一行であるにもかかわらず、あれこれ質問をしてこなかった。

 培ってきた商才と何らかの情報によるものだろう。


 ルミナリスは思考領域に、自分たちの情報が広く知られている可能性を書き込んでいた。

 領域は黄色。要警戒だ。


 隊商が進むにつれ、道は静かになっていった。

 鳥の声が減る。

 風の音が近くなる。

 木々の幹が、少しずつ太くなる。


 星の羅針盤の針は、隊商の進む道の先と、右手の森の奥との間で揺れていた。


 ルミナリスはそれを見つめる。


「……分岐までは、まだ大丈夫そうです」


 その声は小さかった。

 あくまで、仲間へ伝える声だった。

 オルクスも静かに頷く。


「道を外れるのは、南の外れのあたりで、よかろう」


 ルルリアは周囲を見回した。


「この先、森が深くなるね」


「うむ。街道を外れれば、獣道じゃな」


 オルクスの声も低い。


 一行は、ザイム隊商に聞こえぬよう、細心の注意を払っていた。

 道で出会った商人へ聞かせてよい内容ではなく、また気軽に語るべきものではない。

 ザイムに秘密を聞かせてしまうと、危険に巻き込む可能性がある。

 そのための最大の配慮だったが、一つというか一人というか、肝心なものの口を封じていなかった。


 原初の焔の主精霊、イグニス。

 存在の次元が違いすぎて、そういう配慮をほとんどしなかった。


「水の臭いが混じってきたな」


 イグニスが、ルミナリスの肩近くで乱暴に焔を揺らした。


「普通の水じゃねえ。古い水だ。森王の泉に近い。このまま精霊の庭へ行けそうだな」


 ルミナリスが、少し慌ててイグニスを見た。


「イグニスさん」


「何だ」


「声が大きいです」


「聞こえたら何だ。聞こえただけで泉に入れるなら、世話はねえ」


 イグニスは気にした様子もない。


「精霊の庭ってのは、名前を知ったくらいで開くほど安くねえ。場所を聞いて、地図に丸をつけて、はい到着なんて場所じゃないんだよ」


「だからこそ、あまり話さない方が」


「俺様がいるんだ。変な奴が寄ってきたら燃やせばいい」


「燃やさないでください」


「分かってる。少しだけだ」


「少しもだめです」


 ルルリアは小さくため息をついた。


「イグニス、強い人って秘密を雑に扱うよね」


「強いからな」


「否定しないんだ」


「弱い奴は隠す。強い奴は通る。俺様は後者だ」


「すごく分かりやすいけど、だめな考え方だと思う」


「知るか」


 ザイムは少し離れたところで、その会話の一部を聞いていた。


 全てではない。

 細かな事情も分からない。


 ただ、いくつかの言葉だけが耳に残る。


 古い水。

 森王の泉。

 精霊の庭。

 名前を知っただけでは開かない場所。


 ザイムは首元のお守りに触れ、しばらく考えてから、ルミナリスたちへ声をかけた。


「差し出がましいことを申しますが」


 ルミナリスが振り返る。


「はい」


「皆さまが探しているのは、森の奥にある水場でしょうか」


 オルクスの目が、ほんの少しだけ鋭くなった。


 ザイムはすぐに両手を軽く上げる。


「詮索するつもりはありません。先ほど、そちらの火の精霊様が水の話をされていたので、少し気になっただけです」


「火の精霊ではない。原初たる焔だ」


 イグニスが偉そうに言った。


「失礼しました」


 ザイムは丁寧に頭を下げた。


 イグニスは満足そうに焔を揺らす。


 ルルリアが小声で言う。


「そこは満足するんだ」


「当然だ」


 ザイムは話を続けた。


「商人の間で、森の逃げる泉という噂があります」


 その言葉に、オルクスの目がわずかに動いた。


 イグニスの焔も、少しだけ強くなる。


「続けろ、火トカゲ」


 ザイムは頷いた。


「場所を聞いて向かうと見つからない泉です。古い木こりや薬草採りが、時々その話をします。水音は聞こえる。草も濡れている。足元には泉へ続くような湿り気がある。ですが、近づくと水音が遠ざかる」


「森の逃げる泉……」


 ルミナリスが小さく呟く。


「はい。追えば遠ざかり、諦めると近づく。探す者には見つからず、迷った者の前にだけ開く。水を汲もうとするとただの湿った窪みになり、怪我人を抱えていると水面が現れる。そんな話です」


 ルルリアは腕をさすった。


「怖いんだけど」


「商人としては、近づきたくない場所です」


 ザイムは正直に言った。


「荷車がはまったという話もあります。道が一晩で変わったという話も。昔、私の祖父が薬草商から聞いた話では、その泉のそばで名前を呼ばれても返事をしてはいけないそうです」


「名前を?」


「ええ。自分の名前を、自分の声で呼ばれることもあるとか」


 ルルリアの顔が引きつった。


「嫌すぎる」


「だから言っただろ」


 イグニスが言う。


「水の声に返事するな。森の中で自分の声が聞こえたら、まず罠だと思え」


 イグニスの言葉は乱暴だったが、分かりやすかった。

 オルクスは、ザイムへ静かに尋ねた。


「その噂は、どのあたりで多い?」


「この先の南分岐から、古い獣道へ入ったあたりです。今は誰も使いません。荷車は通れませんし、道が湿りすぎています。私たちはそこを避けて南へ抜けます」

 ザイムは道の先を指した。


「もし皆さまが森の奥へ向かわれるのであれば、その獣道は手がかりになるかもしれません」


 ルミナリスは羅針盤を見た。

 針は、ザイムの言葉に反応するように、森の奥へ傾いた。

 淡い光が、細く震える。


「……示しています」


 ザイムは、それ以上は聞かなかった。

 商人らしく、必要なところで口を閉じた。


「なら、噂は噂ではなかったのでしょうね」


 イグニスがふんと焔を揺らした。


「森の逃げる泉か。人間が勝手につけそうな名前だな」


「違うの?」


 ルルリアが尋ねる。


「逃げてるんじゃねえ。選んでるんだ」


「選ぶ?」


「来る奴を見てる。追いかけてくるだけの奴は嫌う。奪う気の奴も嫌う。水を道具だと思ってる奴も嫌う。だから逃げたように見える」


「じゃあ、どうすればいいの」


「追うな。急ぐな。だが、遅れるな」


「矛盾してる」


「精霊ってのはそういうもんだ」


 ルルリアが頭を抱える。

 オルクスは小さく息を吐いた。


「ザイム殿の話は、大きな手がかりだ」


「お役に立てたなら何よりです」


 ザイムは頭を下げた。


「ただし、商人の噂話には、半分は誇張があります」


「もう半分は?」


 ルルリアが聞く。


 ザイムは少し笑った。


「商売上、残しておいた方がよい真実です」


 その答えに、ルルリアも少し笑った。


次回、さらに森の奥へと分け入る一行を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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