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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

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精霊の庭へⅨ ~ 龍王の鱗

イグニスが舌打ちするように焔を散らす。


「どいつもこいつも甘いな」


「分かってる」


 ルルリアは右手を下ろした。

 テンフラウの内側で、鋼球が回転している。


「でも、今は殺す相手じゃないと思ったの」


「面倒を抱え込むのが好きなやつらだな」


「覚悟はしてる」


「ならいい」


 イグニスはそれ以上言わなかった。


~本文より

「荷を奪う気もなく、命を取る気もなく、ただ恐怖だけを残す者たちよ。おまえたちは賊ではない。賊の皮を着せられた哀れな役者だ」


 賊の一人が牙を剥く。


「獣人が人間の商人を庇うのか!」


「うちの商会の者だ。獣人種も人間種も関係ない」


 主人の声は、静かだった。


「荷を運ぶ者は仲間だ。飯を分ける者も仲間だ。道で倒れた時に手を貸す者も仲間だ」


「きれいごとを!」


「商人だからな。きれいに包まねば、売れるものも売れん」


 火トカゲ人の主人は棍棒を構え直した。


「私の仲間に手を出すな」


 その言葉に、人間種の商人たちが主人の背後へ集まった。


 獣人種の御者もいる。

 人間種の荷運びもいる。

 小さな火トカゲ人の子供も、荷台の奥で震えながら主人を見ている。


 ルミナリスは、その光景を見た。

 種族が違う。

 形も違う。

 でも、互いを守ろうとしている。


 それは、帝国や王国や大商会の話より、ずっと小さな世界だった。

 小さくて壊れやすい。

 だからこそ、守らなければ簡単に踏み潰される。


「イグニスさん」


 ルミナリスが呼ぶ。


「燃やすなって言うんだろ」


「はい」


「言われなくても分かってる」


 イグニスの焔が不機嫌に揺れた。


「ちょっと脅すだけだ」


 次の瞬間、賊たちの背後で火柱が上がった。


 誰も焼いていない。

 逃げ道の横に、壁のような炎が立つ。


 賊たちが一斉に退いた。


「今だけは見逃してやる」


 イグニスの声が響く。


「焔の精霊は焔を通してすべてを見る。次は無え」


 脅しは分かりやすかった。

 賊たちは崩れた。

 一人が逃げる。

 それにつられて、残りも走り出す。


 オルクスは追わない。


 ルルリアは、一人だけ逃げ遅れた賊の腕をテンフラウで軽く弾いた。

 雷が走り、武器が落ちる。


「行きなよ」


 ルルリアは言った。

 賊が睨む。


「何だと」


「逃げるなら今。捕まったら、たぶん雇った人たちに切られるよ」


 賊の顔色が変わった。

 ルルリアは小さく続ける。


「あなたたち、賊にさせられてるんでしょ。違う?」


 答えはなかった。

 賊は武器を拾わず、森の奥へ逃げた。

 イグニスが舌打ちするように焔を散らす。


「どいつもこいつも甘いな」


「分かってる」


 ルルリアは右手を下ろした。

 テンフラウの内側で、鋼球が回転している。


「でも、今は殺す相手じゃないと思ったの」


「面倒を抱え込むのが好きなやつらだな」


「覚悟はしてる」


「ならいい」


 イグニスはそれ以上言わなかった。

 ルミナリスは倒れた商人へ駆け寄る。


「怪我を見せてください」


「いや、助かった。本当に助かった」


 人間種の商人が震えながら頭を下げる。

 荷台の奥から子供が顔を出した。

 さっきルルリアが庇った子だ。

 ルルリアを見ると、子供は小さく手を振った。

 ルルリアは少し戸惑いながら、右手ではなく左手で振り返す。


 右手はまだ痺れていた。


「痛い」


 小さく呟く。

 バルカの言葉が頭をよぎった。

 痛いくらいで済むようにした。


 確かに、右手は動く。

 テンフラウは壊れていない。

 メル・アラも腰で静かに鳴っている。

 初実戦としては、たぶん悪くない。


 火トカゲ人の主人が、ルルリアたちの前へ歩いてきた。

 赤銅色の鱗は、朝の光を受けて鈍く光っている。

 眼差しは落ち着いていたが、首元のお守りを握る手には力がこもっていた。


「助けていただき、感謝します」


 主人は深く頭を下げた。


「私は、ザイムと申します。見ての通り、小さな隊商の主です。帝国の荷でも、ゴルデンオストの荷でもありません。ただの商人です」


 ルルリアは、少しだけ肩の力を抜いた。


「よかった。ゴルデンオストじゃなくて」


 ザイムは一瞬だけ不思議そうな顔をして、それから苦笑した。


「大商会に見えましたか」


「見えないから、よかった」


「それは安心しました」


 ザイムは、今度はルミナリスへ向いた。


「荷も人も救われました。礼をしなければなりませんが、今は道の上です。まずは怪我人の手当てを」


「はい。手伝います」


 ルミナリスは頷く。

 オルクスは周囲を見た。


「まだ近くに残っているかもしれぬ。手当ての間、警戒する」


「お願いします」


 ザイムは深く頭を下げた。

 その時、首元のお守りが服の外へこぼれた。


 黒い小さな鱗。


 石にも見える。

 金属にも見える。

 古い骨にも見える。

 ただ、近づくと妙な圧があった。


 ルルリアは、それを見て眉を寄せた。


「それ、お守り?」


 ザイムは少し照れたように、首元へ手をやった。


「ええ。先祖代々の形見です。大したものではありません。古い鱗だと聞いております」


「鱗?」


「祖父の祖父よりも前から、家にあるものです。火事でも割れず、盗賊に襲われた時も失くならず、嵐の夜にも紐だけは切れなかった、と」


 イグニスの焔が、ふいに強くなった。


「おい。そいつを見せろ」


 ザイムは少し身を引いた。


「これは売り物ではありません」


「誰が買うと言った。見せろ。噛みつきゃしねえ」


「燃やしませんか」


「燃やすか。そんなもん燃やしたら、こっちの火が嫌がる」


 ルミナリスが困ったようにイグニスを見る。


「イグニスさん、もう少し優しく」


「優しくしてるだろうが」


「していません」


 ザイムは戸惑いながらも、首元のお守りを少しだけ持ち上げた。


 黒い欠片は、朝の光を吸い込むように鈍く光っていた。

 魔石の光ではない。呪具の光でもない。

 それ自体が光を重々しく発している。


 イグニスは、じっとそれを見た。


「ただの鱗じゃねえな」


 イグニスの焔が、少しだけ変な揺れ方をした。

 ルルリアはそれに気づく。


「知ってるの?」


「知らん」


「今の言い方、絶対知ってる」


「うるせえ」


 イグニスは黒い鱗を睨む。


「龍王の鱗の欠片だ。しかも、かなり古い。龍王の中でも変わり者の奴の欠片だな」


「龍王……」


 ザイムの声が震えた。

 周囲の商人たちも、息を呑む。

 ルルリアが小さく首を傾げた。


「龍王って、龍の王様?」


「雑に言えばそうだ」


「雑じゃない言い方だと?」


「面倒だ。今はそれでいい」


 イグニスは鱗を睨み続ける。


「龍王の中にも、いろいろいる。空の上でふんぞり返ってる奴、海の底で寝てる奴、山みたいに動かねえ奴、人間なんざ虫だと思ってる奴」


「怖いですね」


 ルミナリスが言う。


「怖くねえ龍王なんざいねえよ」


 イグニスは、少しだけ黙った。


「そいつは変わり者だ。地上の小さい命が好きなんだよ。獣も、人間も、火トカゲも、鳥も、虫も、勝手に生きて、勝手に転んで、勝手に立つ。そういうのを見てるのが好きな変な奴だ」


「優しい龍王なのですか」


 ルミナリスが尋ねた。

 イグニスはすぐには答えなかった。


「優しい、で済むような奴じゃねえ」


 声に、ほんの少しだけ昔を思い出す響きがあった。


「でかい。重い。強い。腹が立つくらい強い。まあ……悪い奴じゃねえよ」


「戦ったことがあるみたいな言い方」


 ルルリアが言った。

 イグニスの焔が、ぼっと大きくなる。


「ない」


「あるんだ」


「ないと言ってるだろうが」


「負けた?」


「燃やすぞ」


 ルルリアはすぐに両手を上げた。


「はい、言いません」


 イグニスはそっぽを向いた。


「とにかく、それは売るな。捨てるな。悪魔に見せるな。変な術師に触らせるな。そいつは気まぐれだが、守ると決めたものはしつこく守る」


 ザイムは、お守りを両手で包んだ。


「この鱗は、私たちを守ってくれていたのですね」


「たぶんな」


 イグニスは少しだけ焔を弱めた。


「持ち主を王様みたいに守るんじゃねえ。小さい命を、もう少しだけ生かす守りだ。火を逸らす。悪意を鈍らせる。死ぬはずの一撃を、少しだけずらす」


 ザイムは、深く息を吐いた。


「先祖が助かったのは、このおかげだったのかもしれません」


「かもしれねえな」


 イグニスはそっぽを向いたまま言う。


「大事にしろ。他の奴には絶対に渡すな」


 最後の言葉だけ、火が強くなった。


 ザイムは深く頷いた。


「分かりました。これは、家の守りです」


 ルミナリスは、黒い鱗を見つめた。


 何かが分かったわけではない。

 鱗が呼んだわけでもない。


 ただ、守るという言葉だけが、胸に残った。

 小さい命を、もう少しだけ生かす守り。

 その響きが、なぜか忘れられなかった。


次回、精霊の庭へ進む一行の旅の一時を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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