精霊の庭へⅧ ~小さな隊商
ルルリアは、跳んでいた。
メル・アラの腰部補助翼が薄く開く。
足元の土を蹴る力が、腰へ、背へ、次の一歩へ流れる。
視線から外れ、気配を消し、相手の背後を取っていた。
荷車の前へ出る。
間に合うために。助けるため、手を取れる間合いに飛び込む。
右手のテンフラウが、もう一度鳴った。
~本文より
森へ続く道は、さらに細くなっていた。
アステル・リーフの喧騒は、もう背後に遠い。
鳥の声が増え、草の匂いが深くなる。
星の羅針盤は、ルミナリスの手の中で時折震えた。
イグニスは、前を行ったり、ルミナリスの肩近くへ戻ったりしながら、乱暴に道を選んでいく。
「そっちはだめだ。水が濁ってやがる」
「見た目は普通の小川です」
「普通に見せるやつほど面倒だっていい加減覚えろ」
別の分かれ道で、イグニスは右を指した。
「こっちだ。根っこが怒ってねえ」
ルルリアは地面を見た。
「根っこが怒るって何」
「踏まれたくない根っこは、踏んだ足を覚える。あとで転ばせる」
「本当に嫌すぎる」
「嫌なら足元を見ろ」
イグニスの言葉は乱暴だったが、役に立った。
ルルリアはメル・アラの歩幅を少し変えた。
装具は嫌がらず、むしろ体を軽く前へ送る。
新しい翼は、少しずつ体に馴染み始めていた。
その時だった。
風の中に、別の音が混じった。
車輪の軋み。荷馬のいななき。
誰かの怒鳴り声。金属がぶつかる音。
ルミナリスが鋭く伝えた。
「前方で戦闘音。何者かが襲撃しています」
オルクスの手が、剣の柄へ近づく。
ルミナリスは羅針盤を胸元へ寄せ杖を構えた。
イグニスの焔が、ぼっと強くなった。
「血の匂いだな。大した奴らじゃない」
「賊ですか」
「たぶんな。だが、臭いが変だ」
イグニスは前方を睨む。
「獣の臭いに、小細工が混じってる」
ルルリアは眉を寄せた。
「どういうこと?」
「見れば分かる。走れ、小鳥」
「小鳥じゃない」
「ほら、先に届け。じじいとルミナリスは俺と後から行く」
その言葉に、ルルリアの足が動いた。
メル・アラが、腰を押す。
足元の土が軽く弾ける。
銀青鋼の補助翼が薄く開いた。
声のする方へ、音も立てず風のように進んでいく。
オルクスは剣を構えながら驚き、ルミナリスは計算通りという顔をしながら、ルルリアの背を見送る。
ルルリアの視界に、木々の間を抜けた先の、街道の広い場所が見えた。
数台の荷車。
倒れかけた馬。
荷を守ろうとする人間種の商人たち。
その前に立つ、赤銅色の鱗を持つ火トカゲ人。
そして、刃を持って隊商を囲む獣人種の賊たち。
火トカゲ人の首元では、黒い小さな鱗のようなものが、朝の光を吸い込むように鈍く光っていた。
ルルリアは右手を上げた。
テンフラウの内側で鋼球が鳴った。
雷が、短く走る。
「悪い奴らにはお仕置きね」
雷を纏った鋼球が、獣人種の賊の足元へ撃ち込まれた。
狙いは体ではない。
地面。
湿った土に鋼球がめり込み、青白い雷が蜘蛛の巣のように広がる。
前へ踏み込もうとしていた賊の足が止まった。
「ぐっ」
獣人種の男が膝を折る。
確実に足を止めた。
ルルリアは、跳んでいた。
メル・アラの腰部補助翼が薄く開く。
足元の土を蹴る力が、腰へ、背へ、次の一歩へ流れる。
視線から外れ、気配を消し、相手の背後を取っていた。
荷車の前へ出る。
間に合うために。助けるため、手を取れる間合いに飛び込む。
右手のテンフラウが、もう一度鳴った。
鋼球が射出口へ送られる。
雷が走る。
二発目は、刃を振り上げた賊のみぞおちを直撃し、族は意識を失い派手に倒れた。
「何だ、こいつ!」
「小娘が!」
賊の一人がルルリアへ向かってくる。
大柄な獣人種だった。狼に似た耳と牙。
粗末な革鎧。
だが、足運びが妙に揃っている。
訓練を受けた兵士の動きだ。
賊の動きではない。
雑に見せてはいるが、包囲の間合いがきれいすぎる。
荷車の逃げ道を塞ぐ位置。
商人たちの前で刃を大きく振る位置。
叫び声が道の後ろまで届く位置。
奪う動きではない。
「変」
ルルリアは呟いた。
大柄な賊が腕を振る。
ルルリアは後ろへ逃げかけた。
その瞬間、メル・アラが腰を残す。
「うわっ」
体が勝手に前へ流れた。
逃げるために沈ませた重心を、機甲が跳ぶ力へ変える。
賊の腕の下へ潜り込む。
右手を上げる。
テンフラウの鋼球が、賊の膝横へ撃ち込まれた。
雷が弾ける。
賊の脚が崩れた。
「ぐあっ!」
大柄な体が横に倒れる。
その背後で、荷車の下に隠れていた子供が悲鳴を上げた。
ルルリアは即座に振り返る。
別の賊が、子供を見つけていた。
「そこか!」
賊が手を伸ばす。
間に合うはずのない間合い。
メル・アラの補助翼が開いた。
ルルリアの足が地面を叩く。
視界が一気に近づく。
子供と賊の間に、ルルリアが滑り込んだ。
右手の籠手で賊の手を弾く。
金属同士がぶつかる音。
テンフラウの内側で、雷が低く唸った。
「その子に触らないで」
ルルリアは右手を握り、雷撃の拳を放った。
周囲に雷が走り、賊の後ろにまで青白い光の線を描く。
その一瞬で十分だった。
数名のうめき声が聞こえ、ルルリアが目を向けた時には、オルクスが涼しい顔で立っていた。
いつの間にか、残りの賊たちが軒並み地面に突っ伏している。
「殺したの?」
「殺さぬよ。弱い者いじめは好かぬ」
足元に横たわる賊たちを見下ろしながら、ばつが悪そうに告げた。
ルミナリスは荷車の脇へ走ると、杖を掲げる。
栄光の星の杖から淡い光が広がり、倒れかけた荷車を支える。
木材の軋みが止まり、下敷きになりかけていた商人の腕が抜けた。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ……」
人間種の商人が呆然と頷く。
ルミナリスは次に、荷馬の前へ出た。
怯えた馬が暴れかけている。
足元に折れた槍が刺さり、血が少し流れていた。
「動かないでください」
ルミナリスは馬へ向けて静かに言った。
言葉が通じたわけではない。
それでも、杖の光が馬の周囲を柔らかく包み、暴れる足を落ち着かせる。
イグニスが上空で燃え上がった。
「おい、そこの毛むくじゃらども!」
賊たちが見上げる。
「荷を奪う気がねえくせに殺意は満々だな。人間種と仲良くする獣人種は目障りか?」
「……」
「おいおい。俺様相手にだんまりとはいい度胸じぇねえか」
イグニスがそう叫ぶと、焔が、賊の頭上で大きく揺れ巨大な炎の鳥となって、翼を広げた。
「飼われた犬の臭いがするぞ」
「帝国の犬?」
ルルリアが小さく言った。
その声は、すぐ近くの賊に届いた。
賊の目が鋭くなる。
「黙れ!」
賊が腰から短い筒を抜こうとした。
武器ではない。
合図具だ。
帝国式の信号筒に似ている。
ルルリアの右手が動いた。
テンフラウが鳴る。
鋼球が飛び、賊の手首の横をかすめた。
雷が弾け、信号筒が地面へ落ちる。
賊の顔が歪んだ。
隊商を囲む形は崩れている。
荷を奪う機会はある。
だが、誰も荷には向かわない。
逃げるか。続けるか。
迷いが生まれていた。
その迷いを、火トカゲ人の隊商主人が見逃さなかった。
赤銅色の鱗を持つ大柄な獣人種。
商人の衣を着ているが、背筋はまっすぐ伸びている。
手には荷車の横棒を切った即席の棍棒。
首元には、黒い小さな鱗のようなものが下がっていた。
「引け」
火トカゲ人の主人は、低く言った。
次回、さらなる秘密を得て、一行は更に進みます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また是非ご一読ください。




