表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
183/226

精霊の庭へⅤ ~覗くものの思惑

「遅いぞ、小鳥。足をもらったなら、とっとと歩け」


「小鳥じゃない」


「なら走れ。庭へ行くんだろうが」


 ルルリアは苦笑した。


「イグニス、道は分かるの?」


「だいたい分かる」


「だいたい?」


「うるせえな。精霊の道なんざ、きっちり線が引いてあるもんじゃねえ。星の羅針盤が行く方向を指す。俺様が、危ない水と根っこを避ける。それで十分だ」


~本文より

 工房の外で、ルミナリスが星の羅針盤を持って待っていた。

 オルクスは静かに通りを見ている。

 イグニスは、ルミナリスの肩近くで乱暴に焔を揺らしていた。


「遅いぞ、小鳥。足をもらったなら、とっとと歩け」


「小鳥じゃない」


「なら走れ。庭へ行くんだろうが」


 ルルリアは苦笑した。


「イグニス、道は分かるの?」


「だいたい分かる」


「だいたい?」


「うるせえな。精霊の道なんざ、きっちり線が引いてあるもんじゃねえ。星の羅針盤が行く方向を指す。俺様が、危ない水と根っこを避ける。それで十分だ」


 ルミナリスは羅針盤を見た。


 針は、工房の外へ向いている。

 方角ではなく、何かの気配へ引かれていた。


 オルクスが頷いた。


「森王の泉という場所へ向かう。そこは、精霊の庭へ続く入口の一つだ。開いているとは限らぬ。だが、星の羅針盤が示し、イグニスが水と火の気配を読むなら、辿り着ける可能性は高い」


「隠れ里も、そこにあるの?」


 ルルリアが尋ねる。


 オルクスは少し沈黙した。


「分からぬ」


 その答えは、はっきりしていた。


「マギア・ルーメで得た手がかりから、精霊の庭にアルゲントルム魔法人の隠れ里がある可能性は高い。だが、儂らはまだ見ていない」


 イグニスが割り込む。


「あるだろうよ」


「分かるのですか」


 ルミナリスが尋ねる。


「隠れるなら、あそこはちょうどいい。人間の地図は役に立たん。帝国の道具も狂う。悪魔の紙切れも濡れて台無しだ。逃げるには面倒で、守るには悪くない」


 ルルリアが眉を寄せる。


「分かりやすいけど、言い方がひどい」


「分かりゃいいんだよ」


 イグニスは偉そうに言った。

 ルミナリスは、そっと栄光の星の杖に触れた。


「フィリア様の手がかりも、そこにあるかもしれません」


「行って確かめるしかねえ」


 イグニスは短く言う。


「悩んでも道は開かん。歩け」


 オルクスは遠くを見る。


「王子は、そこに間違いなくおる」


 その声は揺れなかった。


「儂が、この手で精霊に預け、森の古きものたちは、王子を受け取った。あの庭が王子を害することはない」


「なら、心配ないんじゃないの?」


 ルルリアが言う。

 オルクスは静かに首を横に振った。


「問題は時の流れじゃ」


「時間?」


「精霊王の庭は、こちらと同じ時を刻まぬ。一日が一年になることもあれば、百年が朝露ほどで済むこともある。王子が生きていることは疑わぬ。だが、どのような時間を過ごしたかまでは分からぬ」


 ルルリアは黙った。

 生きている。

 それでも、同じままではないかもしれない。


 赤子のままか。

 幼子になっているのか。

 こちらより長い歳月を生きてしまったのか。


 オルクスが心配しているのは、死ではなかった。

 預けた命が、どんな時間に包まれてしまったのかという不安だった。

 ルミナリスは羅針盤を胸元に抱えた。


「それでも、会いに行かなければなりません」


「そうだ」


 オルクスは頷いた。


「儂は、そのためにここまで来た」


「私も、フィリア様の手がかりを探します」


 イグニスが焔を強くする。


「だったら行くぞ。森王の泉は待ってくれん。精霊の入口ってのは、気まぐれだ。ぼさっとしてると閉じる」


「急ぎましょう」


 ルミナリスが歩き出す。

 ルルリアも続いた。

 メル・アラが、かすかに鳴る。

 右手のテンフラウが、小さく重さを主張する。

 新しい翼。

 新しい籠手。


 逃げるためだけではない装備。

 ルルリアは、工房を振り返った。

 バルカは入口に立っていない。

 鍛冶場の中から、もう次の鉄を叩く音が聞こえている。


 見送りはない。

 ありがたい長話もない。

 道具を作り、調整し、送り出した。

 それだけだった。


 だからこそ、ルルリアは少し笑った。

 どうやら、武骨なバルカを気に入ってたらしい。


「行ってくるよ」


 小さく呟き、前を向く。

 星の羅針盤の針は、街道を外れた森の方角を指していた。


 アステル・リーフの夜は、港町特有の湿りを帯びていた。

 表通りの灯が消えても、裏の灯は消えない。

 商館の奥。

 倉庫の隅。

 帳簿室の明かりは静かであり、監察局の仮設拠点として文句はない。。

 今、この町のあちこちで、人に見えない目が動いている。

 その一室で、男が報告を読んでいた。


 名は、ヴェルドリク・ゼナ。

 帝国監察局局員。

 帝国十二星将、金の異端者の配下で、監視者であり、試験官。


 机の上には、いくつもの記録片が並んでいる。

 西倉庫の記録。支援物資の搬送経路。

 ゴルデンオスト商館への出入り。

 バルカ・レムノスの工房に運ばれた素材。

 そして、先ほど観測された軽量機動装具の初動記録。


 ヴェルドリクは、怒っていなかった。


 記録核が眠らされた。

 通行証の人物照合術式が改変された。

 個人名の追跡が曖昧化された。

 工房外の微細観測片に気づかれた。

 新型機甲の加速性能も、一部を見られただけで追跡を中止された。

 どれも、監察局の運用としては失敗に近い。


「興味深いですね」


 ヴェルドリクは、細い筆で報告書に一行を書き加えた。


 破壊ではなく、沈黙。遮断ではなく、曖昧化。

 追跡反応あり。 ただし誘引には乗らず。

 筆先が止まる。


「よい試験結果です」


 そばに控えていた部下が、わずかに眉を動かした。


「失敗ではありませんか」


「失敗ですよ」


 ヴェルドリクは、あっさりと言った。


「ですから、よいのです。成功した試験は、こちらが用意した答えしか教えてくれません。失敗した試験は、こちらの知らない穴を教えてくれます」


 部下は黙った。

 ヴェルドリクは記録片を一つ持ち上げる。


「記録核は外部破壊に強い。ですが、内部から眠らされる場合に弱い。通行証の術式は、個体識別に偏りすぎています。人数と経路を残したまま、名だけをぼかす改変への耐性がありません」


「改修しますか」


「当然です。ただし、今はまだ触れないでください」


「なぜですか」


「試験は続いています」


 ヴェルドリクは別の記録を見る。


 潮翼機甲メル・アラ。

 製作者、バルカ・レムノス。

 素材、銀青鋼、中空魔導骨、帝国規格微細魔導環、火喰い玉石。

 特殊火性反応、主精霊に類似。原初の精霊と推測。

 その項目で、筆先が止まった。


「原初級、ですか」


 ヴェルドリクの目が細くなる。


「白い冥界から戻った一行。古い杖。星の羅針盤。精霊の庭への接近。そこへ原初級の焔。偶然として処理するには、項目が多すぎますね」


「捕縛命令を出しますか」


「出しません」


 即答だった。


「今捕らえれば、分かるのは捕らえられた時の反応だけです。動かしましょう。庭へ向かわせてください」


「危険ではありませんか」


「危険だからこそ、試験になります」


 ヴェルドリクは記録片を机に戻した。


「金の異端者様へ上げる報告は三つに分けます。一つは機構の欠陥。一つは装具の性能。一つは同行者の異常性」


「アラン卿への共有は」


 ヴェルドリクは薄く笑った。


「必要な分だけでよいでしょう。アラン卿は友人ですが、悪魔の目は人間種の名を好みすぎます」


「敵対なさるのですか」


「まさか」


 ヴェルドリクは、静かな笑みのまま言った。


「友人だからこそ、渡す札と渡さぬ札を選ぶのです」


 部下は深く頭を下げた。


 机の上で、小さな観測片がかすかに光る。

 バルカ工房の外で砕けたものと同じ型の欠片だった。


 ヴェルドリクはそれを指でつまむ。


「ルルリア、ですか」


 名前を口にし、記録の上に置く。


「逃げる小鳥ではありませんね。観察結果を修正しましょう」


 筆が動く。

 対象、ルルリア。旧ゴルデンオスト系斥候技術保持。

 解除技術、高。倫理的抵抗、増大。

 保護対象への執着、形成。

 新装具により、逃走性能ではなく救出到達性能が向上。


 ヴェルドリクは、そこでまた笑った。


「面白いですね。ゴルデンオストの密偵さんは」


次回ヴェルドリクの観察をさらに監察する者を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ