精霊の庭へⅣ ~ 工匠バルカとルルリアの翼
「よし。終わりだ。行け」
「え、それだけ?」
「鍛冶屋の仕事は終わった。あとはおまえの仕事だ」
「見送りとか、ありがたい言葉とか」
「戻ってきたら調整してやる」
「戻ってこなかったら?」
バルカは不機嫌そうに眉を寄せた。
「戻ってこい」
ルルリアは、少しだけ目を丸くした。
~本文より
夜明け前のバルカの工房には、まだ炉の熱が残っていた。
火は落とされている。
それでも、石床には赤い温もりが沈み、壁に並んだ工具は薄い光を受けて鈍く光っていた。
ルルリアは工房の中央に立っていた。
腰には、潮翼機甲メル・アラ。
右手には、籠手型の武装テンフラウ。
バルカは無言でしゃがみ込み、メル・アラの脚部を叩いた。
銀青鋼の薄い装甲が、小さく澄んだ音を返す。
「膝を曲げろ」
「こう?」
「違う。逃げる曲げ方じゃねえ。跳ぶ曲げ方だ」
「細かい」
「細かくねえ。そこで足を食われる」
バルカは機嫌の悪そうな声で言い、腰部の留め具をさらに締めた。
ルルリアの顔が少し歪む。
「きつい」
「きつくしてる」
「優しさは?」
「炉に落とした」
「拾ってきてよ」
「溶けた」
バルカは取り合わず、腰部から左右へ伸びる補助翼を指で押した。
折り畳まれていた銀青鋼の翼が、薄く開く。
羽根ではない。
風を受けるためのものでもない。
跳ぶ瞬間、体の軸を逃がさず、着地の衝撃を散らし、次の一歩へつなげるための機構だった。
「こいつはおまえを飛ばす道具じゃねえ。届かせる道具だ。忘れんな」
「何回も聞いた」
「何回でも言う。おまえは忘れそうな顔をしてる」
「忘れないよ」
ルルリアは小さく息を吐いた。
メル・アラは軽い。
軽いのに、体の癖を逃がしてくれない。
後ろへ下がろうとすれば、腰が残る。
横へ消えようとすれば、足が前を向く。
逃げるために沈もうとする体を、前へ送る。
性格の悪い翼だった。
バルカは次に、ルルリアの右手を取った。
魔法籠手、テンフラウ。
手首から肘近くまでを覆う、魔鉄鋼の籠手に魔導銃の雷球をはめ込んだもの。
甲の部分には、小さな鋼球がいくつも収められている。
鋼球の表面には細い溝が刻まれ、雷を受けるための導線が蜘蛛の糸のように走っていた。
指を握れば、籠手の内側で微細魔導環が噛み合う。
手首を返せば、一つの鋼球が射出口へ送られる。
魔力を通せば、鋼球は雷を纏い、短く唸って雷を敵に放ちながら飛ぶ。
近すぎる相手を払うため。
逃げる時に足止めするため。
味方へ迫るものを横から弾くため。
ルルリアのための、武装としてバルカが仕立て上げていた。
バルカはテンフラウの甲を開き、中の鋼球を一つ摘まみ出した。
「雷の通りが荒い」
「荒いとどうなるの」
「撃った瞬間、おまえの指まで痺れる」
「それは困る」
「困るで済めばな。下手すりゃ右手がしばらく飾りになる」
「すごく困る」
バルカは鼻を鳴らし、鋼球を小さな台座に置いた。
細い針のような工具で溝をなぞる。
青白い火花が散った。
「こいつは強い武器じゃねえがよくできてる。便利な武器だ。勘違いすんなよ」
「強くないの?」
「倒す武器じゃねえ。強いやつの足を止める武器だ。目を逸らさせる。膝を崩す。盾を跳ねる。仲間が一歩動く時間を作る」
バルカは鋼球を籠手に戻した。
「おまえ向きだ」
「褒めてる?」
「使い方を間違えなけりゃな」
右手を握ると、テンフラウの内側で小さな音がした。
鋼球が一つ、射出口へ送られる。
ルルリアは工房の奥に置かれた古い鉄板へ腕を向けた。
「撃っていい?」
「一発だけだ。調子を見る」
ルルリアは息を吸う。
右手を軽く握り、手首を返す。
籠手の中で雷が鳴った。
短い青白い光。
鋼球が飛ぶ。
鉄板に当たった瞬間、雷が弾けた。
大きな爆発ではない。
細い雷が鉄板の表面を走り、鎖のように絡みついて、重い音を立てて鉄板を揺らした。
ルルリアの右手にも、少しだけ痺れが残る。
「痛っ」
「痛いくらいで済むようにした」
「ありがとうって言うべき?」
「言え。鍛冶屋は礼で飯は食えねえが、気分は悪くねえ」
「ありがとう、バルカ」
バルカは答えず、テンフラウの留め具を最後に締めた。
「右手だけで撃つな。腰で撃て。メル・アラと合わせろ。跳ぶ前に撃てば道が開く。跳んだ後に撃てば追手が止まる。真上に撃つな。自分に落ちる」
「最後の、私やりそう?」
「やりそうだから言った」
「信用がない」
「信用してるから、先に言ってる」
バルカは立ち上がった。
ルルリアを上から下まで見る。
潮翼機甲メル・アラ。
魔法籠手テンフラウ。
まだ慣れない立ち方だが、機甲の調整はできた。
バルカは、短く息を吐いた。
「よし。終わりだ。行け」
「え、それだけ?」
「鍛冶屋の仕事は終わった。あとはおまえの仕事だ」
「見送りとか、ありがたい言葉とか」
「戻ってきたら調整してやる」
「戻ってこなかったら?」
バルカは不機嫌そうに眉を寄せた。
「戻ってこい」
ルルリアは、少しだけ目を丸くした。
それから笑った。
「分かった。戻ってくる」
「壊すなよ」
「私を?」
「装備をだ」
「そこは私も心配してよ」
「装備を壊さず帰るなら、おまえもだいたい無事だ」
「雑」
「鍛冶屋だからな」
ルルリアは右手を軽く振った。
テンフラウの内側で、鋼球が小さく鳴る。
メル・アラが腰を支える。
足が前を向く。
逃げるためではない。
間に合うために。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回、旅だつ一行を描きます。
また是非ご一読ください。




