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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第20章

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精霊の庭へⅠ ~監察官の眼差し


 帝国監察局監察官。

 帝国十二星将、金の異端者の配下。

 監視者であり、試験官。


 その役目は、敵を討つことではない。

 帝国の武装、装備、機構、戦術、補給、指揮系統に問題がないかを観察し、評価すること。


 失敗を責めるのではない。

 失敗の形を記録する。

 そして、それらを改善しより強力な帝国を作り出す。

 それが、ヴェルドリクの仕事だった。


~本文より

 アステル・リーフの夜は、湿った鉄の匂いを含んでいた。


 港から流れる潮風。

 鍛冶場の煙。

 商館の灯。

 倉庫の奥で眠る帳簿。


 そのすべてを、帝国監察局の仮設拠点は静かに見下ろしていた。


 外から見れば、使われなくなった古い倉庫の二階にすぎない。

 木壁は潮で傷み、窓枠は歪み、階段は踏むたびに小さく鳴る。


 その奥に、帝国の目が置かれていた。


 机の上には、記録片が並んでいる。


 西倉庫の照合術式。

 支援物資の搬送経路。

 ゴルデンオスト商会の関与。

 バルカ・レムノスの工房へ搬入された素材。

 潮翼機甲メル・アラの初動記録。

 星の羅針盤に関する断片。

 王国残党へ流れたと思われる補給線。


 ヴェルドリク・ゼナは、それらを一枚ずつ読み直していた。


 帝国監察局監察官。

 帝国十二星将、金の異端者の配下。

 監視者であり、試験官。


 その役目は、敵を討つことではない。

 帝国の武装、装備、機構、戦術、補給、指揮系統に問題がないかを観察し、評価すること。


 失敗を責めるのではない。

 失敗の形を記録する。

 そして、それらを改善しより強力な帝国を作り出す。

 それが、ヴェルドリクの仕事だった。


「西倉庫の件は、失敗として処理してください」


 そばに控えていた部下が、わずかに顔を上げた。


「失敗でよろしいのですか」


「ええ。失敗です」


 ヴェルドリクは、筆を動かしながら答えた。

 声は冷たく、丁寧だった。


「記録核は眠らされ、通行証の人物照合術式は名を失い、支援物資に仕込まれた追跡機構は人数だけを残して個人を見失いました。運用上は失敗です」


「では、処罰を」


「不要です」


 即答だった。


「処罰は、改善の代わりにはなりません。失敗から得るべきものは、誰を罰するかではなく、どこが破られたかです」


 部下は黙って頭を下げた。

 ヴェルドリクは、通行証に関する記録片を指先で軽く叩いた。


「人物照合術式は、個体識別に偏りすぎています。人数と経路を残したまま、名だけをぼかす改変への耐性がありません。これは重要な欠陥です」


「監察官の作成された改修案をすぐに本部へ送ります」


「お願いします。ただし、詳細な解除手順は添えないでください」


「なぜでしょうか?」


「悪用されます」


 ヴェルドリクは視線を上げない。


「優れた欠陥報告は、優れた侵入手順書にもなります。帝国には、読み手を選ぶ文書が必要です」


「承知しました」


 別の記録片が、机の中央へ寄せられる。


 潮翼機甲メル・アラ。

 製作者、バルカ・レムノス。

 使用者、ルルリア。

 素材、銀青鋼、中空魔導骨、帝国規格微細魔導環、純度の高い魔鉄鋼、火喰い玉石。

 火性反応、原初級精霊焔に類似。


 ヴェルドリクは、その項目で筆を止めた。


「原初級、ですか」


 冷たい瞳が、炉の残り火を見るように細まる。


「白い冥界から戻った者たち。星が巡るもの。そして原初級の焔。偶然として処理するには、項目が多すぎますね」


「捕縛命令を出しますか」


「出しません」


 ヴェルドリクは、静かに首を横に振った。


「今捕らえれば、分かるのは捕らえられた時の反応だけです。動きを止めるには早すぎます」


「では、追跡を継続しますか」


「入口までは追います」


 その言葉に、部下がわずかに眉を動かした。


「入口、ですか」


 ヴェルドリクは、断片記録を開いた。


 精霊の庭。

 その文字が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ重くなった。


「精霊の庭へ通常部隊を出すことは認めません」


「精霊領域への踏み込みを避ける、ということですか」


「ええ」


 ヴェルドリクの声には、迷いがなかった。


「精霊を、魔獣や妖霊と同じものとして扱う者は長生きしません。精霊の理は、帝国の法とも軍規とも異なります。交渉できる相手もいます。見ただけで名を奪うものもいます。こちらの観測機構を入れれば、機構そのものが向こう側の目になる危険もあります」


「そこまで危険なのですか」


「危険です」


 短い答えだった。


「精霊の領分では、知識のない者から死にます。少し知っている者は、もっと悪い目に遭います。よく知る者は、必要な時まで距離を取ります」


 ヴェルドリクは筆を置いた。


「私は、三番目でいたいのです」


 部屋は静まり返った。

 港の方で、夜の荷車が軋む音だけが聞こえた。


「では、観察は中止しますか」


「いいえ。入口の手前までは観察します。そこから先は、観察できないことを記録します」


「観察できないことを、記録するのですか」


「重要な記録です。帝国の機構が届かない場所を知ることは、届く場所を知ることと同じ価値があります」


 ヴェルドリクは、支援物資の流れを示す記録へ視線を移した。


 西倉庫。

 ゴルデンオスト商会。

 表に出ない受領印。

 ノビリスの名を迂回した補給路。

 王国残党が潜むと思われる山間域。

 ベルセクオール残存兵力との連絡可能性。


 点は多い。

 線はまだ薄い。

 ヴェルドリクは、それを急いで結ばなかった。


「王国残党は、まだ完全には死んでいませんね」


「拠点を特定しますか」


「特定した、と言うには早いです」


 冷たい丁寧語が、灯の下に落ちる。


「ですが、候補は絞れます。物資の量、薬の種類、補修具の偏り、武器箱の規格。常駐兵力は大きくない。ですが、敗残兵の群れを養うには荷の質が高すぎます」


「隠し拠点があると」


「通常の意味での拠点ではないでしょう」


 ヴェルドリクは、精霊の庭という文字を筆先でなぞった。


「兵を置き、城壁を築き、旗を掲げる場所ではない。地図に載らない場所。精霊の領分。こちらの測量術式では座標を固定できない隠里」


「アルゲントルム魔法人の潜伏先でしょうか」


「可能性はあります」


 ヴェルドリクは、断言しなかった。

 断言するには、まだ情報が足りない。


「白い冥界を越えた一行が、アステル・リーフで機動装具を整えた。ゴルデンオストは素材を渡した。西倉庫の照合術式は、名をぼかされた。支援物資は王国残党側へ流れる。そして、星が精霊の庭を指し始めている」


 部下は沈黙した。


「偶然として処理するには、接点が多すぎます」


「そこに何があるとお考えですか」


「象徴でしょうね」


「象徴」


「ええ。王国という死体を、もう一度立たせるための象徴です。血統かもしれません。古い契約かもしれません。アルゲントルム魔法人の生き残りかもしれません。詳細を断じるには、まだ早い」


 ヴェルドリクは報告書に一行を書き加えた。


 精霊の庭方面。

 王国残党再結集に関わる象徴存在、または隠里の可能性あり。

 要観察。

 精霊領域内への通常追跡は禁忌。

 入口手前までの監察に留めること。


 部下が尋ねる。


「精霊の庭へ入った場合は」


「追いません」


「選ばれた場合も、ですか」


「なおさら追いません」


 ヴェルドリクは、静かに笑った。


「精霊の庭を試験場と呼ぶほど、私は愚かではありません。あそこは、測る側が測られる場所です」


 部下は深く頭を下げた。


「アラン卿への共有はどういたしますか」


 その名が出ると、ヴェルドリクの筆が止まった。


次回更なる目がルミナリスたちを追っていきます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非是非、ご一読ください。

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