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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠ⅩⅥ ~思い出と覚悟と

 セフィリアのまつげが、ほんのわずかに伏せられた。

 その表情を見て、ルルリアの胸が痛んだ。

 嫌いになれたら楽だった。

 セフィリアがただの悪人なら、もっと簡単に背を向けられた。

 蜂蜜入りの温かいお茶をいれてくれたその手が、鳥籠の扉を閉める手でもあったとしても、助けられた事実まで消えるわけではない。


~本文より

「素材は、約束どおりバルカの工房へ運ばせるわ」


 セフィリアが言った。


「監視術式は?」


「入れない」


「ルミィたちの行動は?」


「記録しない」


「完成品の詳細も?」


「残さない」


 ルルリアは、じっとセフィリアを見た。


「商人として答えるわ。取引は成立した。こちらは条件を守る」


「約束?」


 セフィリアは少しだけ笑った。


「契約じゃなくて、約束なのね」


「そこは普通に、約束するって言ってよ」


「努力するわ」


「もう」


 ルルリアは呆れたように息を吐いた。

 昔はセフィリアの声の温度を読もうとして、目の動きを追って、怒っていないか、失望していないか、捨てられないか、そればかりを考えた。


 セフィリアは怖い。

 昔はその期待を裏切ることがもっと怖かった。


 雨を避ける屋根をくれる。

 空腹を埋めるパンをくれる。

 眠る場所をくれる。

 生き延びるやり方を教えてくれる。


 でも、今では良く解っている。

 セフィリアは、そのすべてに、値段をつける。

 愛情らしいものまで値札をつけていた。


 ルルリアは一歩だけ、セフィリアに近づいた。


「私は戻らない。必要なら取引はする」


「ええ」


「いつかまた、あたしの生きざまを正しく伝えるよ。約束だからね。でも、その時も、私を買おうとしないで」


 セフィリアは答えなかった。

 沈黙が落ちる。


 ルルリアは、その沈黙を見つめた。

 昔なら、そこで負けていた。

 答えてくれないことが怖くて、笑って、ごまかして、鳥籠の中へ戻っていた。


 今は違う。

 答えがなくても、自分の足で立っていられる。


「そこも、努力するわ、じゃないの?」


 ルルリアが少しだけ皮肉を込めて言うと、セフィリアは困ったように微笑んだ。


「あなた、本当に変わったわね」


「変わったよ」


「寂しいわ」


「うん」


 ルルリアは頷いた。


「私も、少し寂しい」


 セフィリアのまつげが、ほんのわずかに伏せられた。

 その表情を見て、ルルリアの胸が痛んだ。

 嫌いになれたら楽だった。

 セフィリアがただの悪人なら、もっと簡単に背を向けられた。

 蜂蜜入りの温かいお茶をいれてくれたその手が、鳥籠の扉を閉める手でもあったとしても、助けられた事実まで消えるわけではない。


 ルルリアは唇を結んだ。


「ありがとう」


 声は小さかった。

 風が通れば、すぐに消えてしまうほど小さかった。


「お姉ちゃん」


 セフィリアは何も返さなかった。

 聞こえなかったふりをした。

 たぶん、それがいちばん高くつかない返事なのだ。


 ルルリアも、無言のまま、ただ、背を向けた。


 ルミナリスが隣に立っていた。

 何も聞かない。

 何も言わない。


 選んでいいのだと、ただそこにいる。


 オルクスは少し後ろにいた。

 必要なときだけ支える距離で、黙って歩き出すのを待っている。

 イグニスは宙に浮いたまま、腕を組むように焔を揺らしていた。


「人間どもの別れは湿っていてかなわん。乾かすにも燃やすにも手間がかかる」


「イグニスさん」


 ルミナリスがたしなめるように名を呼ぶ。


「事実を言っただけだ」


「ルルリアさんは疲れています」


「だから温めてやった。俺様にしては破格の慈悲だ。感謝して崇めてもよい」


「ありがとうございます」


「素直すぎる。調子が狂う」


 ルルリアは少しだけ笑った。


 胸の奥の痛みは消えていない。

 それでも、笑えた。


 セフィリアから離れても、自分は壊れない。

 鳥籠から出ても、息はできる。


 ミレーネが静かに歩み寄る。


「搬送の手配はすでに済ませております。素材は半刻以内にバルカ様の工房へ」


「早いね」


 ルルリアが言うと、ミレーネは涼しい顔で答えた。


「必要になる頃合いかと」


「それ、嫌な言い方」


「失礼いたしました」


「謝るのも早い」


「必要になる頃合いかと」


「そこも読まないでよ」


 ミレーネはわずかに目を伏せた。

 笑ったのかどうかは分からなかった。


 セフィリアが横から言う。


「ミレーネ。余計な札はつけないで」


「承知しております」


「保証印も」


「はい」


「商会の刻印も」


「残しません」


「搬送人は?」


「荷の中身を知らない者を選んでおります。道順も通常搬送と同じに見せます」


「よろしい」


 そのやり取りは、流れるようだった。

 命じる前から、答えが用意されている。

 ゴルデンオストの怖さが、そこにあった。


 ルルリアは、その流れを見て息を吐く。


 鳥籠には戻らない。

 それでも、鳥籠の中で教わった目は、今も自分の中にある。


 なら、捨てなくていい。

 使い方を変えればいい。


 人を売るためではなく。

 人を守るために。


「行こう、ルミィ」


「はい」


 ルミナリスが頷く。


 ルルリアは一度だけ振り返った。


 セフィリアは、まだ倉庫の前に立っていた。

 蜂蜜色の髪が風に揺れている。


 昔のように手を振ることはなかった。

 呼び止めることもなかった。


 ルルリアも手を振らなかった。


 それでよかった。


 別れは、いつもきれいな形をしているわけではない。

 言えない言葉もある。

 返せない言葉もある。

 約束できない優しさもある。


 それでも、終わったわけではない。


 鳥籠の扉を閉めたままの関係では、もうない。


 ルルリアは前を向いた。


次回、ルルリア用の機甲が完成するところを描きます。


此処まで読んで頂き、ありがとうございます。

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