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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠ⅩⅣ ~ ルルリアの技

「これは嫌な燃え方をする。地脈を焼くつもりだぞ」


 火花が高く散った。


「土の記憶を盗む気か。ますます気に食わん」


 イグニスの焔が、ほんの少し強くなった。

 オルクスが視線だけで制する。


「燃やすな」


~本文より

 ルルリアは薬箱の前に膝をついた。


 箱そのものは普通だった。

 表には、止血布、鎮痛薬、消毒油、熱冷ましの粉薬と記されている。


 支援物資としては、どれも必要なものばかりだ。


 ルルリアは箱を開け、中身をひとつずつどかした。

 底板に触れる。

 木目の一部が、ほんのわずかに不自然だった。


「記録核」


 ルルリアは呟いた。


 底板の裏に、爪の先ほどの黒い核が埋め込まれている。

 持った者の魔力、血の匂い、体温の癖を拾い、あとで照合するためのもの。


 ただ薬を持っただけで、誰がその薬を必要としたかを記録される。


 ルルリアの指が止まった。


 昔、これと似たものを見た。

 逃げた奴隷の足取りを追うために。

 借金を背負わされた者が、どの施療院に寄ったかを知るために。

 保護された孤児が、どの道へ逃げたかを調べるために。


 助けに触れた手を、あとから掴むための仕掛け。


「壊すな」


 オルクスが言った。


 ルルリアは小さく頷く。


「分かってる。壊したら、外へ知らせる。これは壊すものじゃない。寝かせるもの」


 針を取り出す。

 細く、曲がった針。

 昔は鍵を開けるために使った。

 誰かの部屋へ忍び込むために使った。

 逃げた人の隠し場所を暴くために使った。


 今は違う。


 ルルリアは記録核の周囲に走る術式の糸を探った。

 切らない。

 折らない。

 外さない。


 ただ、眠る方向へ押す。


「ルミィ、ここ。流れが戻ってくるところ、分かる?」


「はい。右側に二つ、細い返しがあります」


「片方は罠。もう片方が記録の戻り道。罠の方に触らないように、戻り道だけ少し緩めたい」


「では、私が流れを抑えます」


 ルミナリスが手をかざす。

 淡い魔力が、箱の底を包んだ。


 その動きは不思議だった。

 強く押さえつけるのではない。

 流れに逆らうのでもない。

 まるで、騒ぐ子供の背を撫でて落ち着かせるように、魔力の線を静かに沈めていく。


 セフィリアが、それをじっと見ていた。


 値をつける目だった。

 だが、それだけではなかった。


 ルルリアは見ないふりをした。

 今は、見るべきものがある。


「……よし」


 針の先が、小さく震えた。


 記録核は壊れていない。

 術式も消えていない。

 外から見れば、機能しているように見える。


 だが、もう誰の名も拾わない。

 薬箱に触れた人がいることだけは残る。

 誰が触れたかは、霧の中へ沈む。


「一つ」


 ルルリアは息を吐いた。


 次は武器箱だった。


 短剣、槍の穂先、予備の柄、弓の弦。

 その中の柄に、微細な記録環が仕込まれていた。


 握った者の手の幅。

 力の入れ方。

 戦い方の癖。

 武器をどちらの手で持つか。


 戦える者を見つけるための仕掛け。


 ルルリアは眉を寄せた。


「支援物資にこれを入れるの、本当に趣味が悪い」


「戦える者を把握したい者には、有用でしょうね」


 セフィリアの声は冷静だった。


 ルルリアは振り返る。


「そういう言い方、嫌い」


「ええ。あなたは、そう言えるようになったのね」


 その言葉に、ルルリアは少しだけ詰まった。


 昔なら言えなかった。

 嫌いだと思っても、黙っていた。

 黙って笑って、蜂蜜入りのお茶を飲んで、鳥籠の止まり木に座っていた。


 今は違う。


「嫌いだよ」


 ルルリアはもう一度言った。


「助けるふりをして、誰が戦えるかを見るのも。怪我をした人を助けるふりをして、誰が薬を持ったか見るのも」


 針を入れる。


「そういうの、全部嫌い」


 記録環が眠る。

 武器箱は、ただの武器箱に戻る。


 次は補修具箱だった。


 杭、縄、金具、布、車輪の軸。

 避難所を直すにも、荷車を動かすにも、壊れた扉を塞ぐにも必要なもの。


 その杭の中に、地脈反応の記録機構があった。


 どこで使われたか。

 どの土地へ打たれたか。

 誰がその場所に留まったか。


 避難民の拠点を見つけるための仕掛け。

 ルルリアの指先が、また冷えた。

 イグニスが低く唸る。


「これは嫌な燃え方をする。地脈を焼くつもりだぞ」


 火花が高く散った。


「土の記憶を盗む気か。ますます気に食わん」


 イグニスの焔が、ほんの少し強くなった。

 オルクスが視線だけで制する。


「燃やすな」


「誰に言ってんだ? 俺様はそこらの癇癪持ちの火精じゃねえ」


「そうか」


「信じていないな、老いぼれ」


「燃えそうな顔をしていた」


「顔ではない。焔だ」


 ルルリアは少しだけ笑いそうになった。

 だが、杭を握ると、その笑いは消えた。


 これも眠らせる。

 地脈の反応は残す。

 ただし、場所が特定できないようにする。


 点を線にしない。

 線を地図にしない。

 地図を狩り場にしない。


 ルルリアは針を進めた。

 最後に、通行証の小箱が残った。


 小箱を開けると、薄い金属札が整然と並んでいた。

 表には、支援区域の通行許可を示す簡素な印が刻まれている。


 避難者が関所を通るための札。

 食糧を受け取るための札。

 怪我人が治療所へ入るための札。

 生きるための札。


 ルルリアは、その一枚を手に取った。


 瞬間、札の内側が、指先に吸いつくように反応した。


 手の温度。

 指の力。

 魔力の癖。

 誰から誰へ渡ったか。

 どの順番で持たれたか。


 全部を記録する術式。

 ルルリアの中で、何かが静かに切れた。


「最低」


 声が、自分でも驚くほど低かった。

 セフィリアは何も言わなかった。

 ルミナリスも、オルクスも、イグニスも黙っていた。


次回、ルルリアとセフィリアのそれぞれの思いを描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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